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心を揺さぶるストリングスの音

スピッツとMr.Childrenを亡き祖母に聴かせるなら

<<母の優しき面影を 追いかけて唄う ふるさとの子守唄>>

学友(女性)と、もう20年ぶりくらいになるだろうか、LINEで話をする機会があった(共通の知己が「お互い懐かしいだろうし連絡を取り合ってみれば」と促してくれたのだ)。彼女は二児の母になっていた。恐らくは彼女のみならず、かつて伴に学んだり、話したり、食事をしたりした旧友の多くが、いま母親になっているのではないだろうか。もしかすると彼女らは、この情勢下、夜な夜な子どもたちを安眠につかせるべく、そっと<<子守唄>>を口ずさんでいるのかもしれない。

そう想像してみると、感慨深いものがある。私は相当に無神経で、がさつな青年だったけど(無神経でがさつなのは今も変わらないかもしれない)、彼女らも当時は未熟で自分勝手なところがあったわけで、その「女の子たち」が今、子どもに慈愛を注いでいることを思うと、胸が熱くなる。

もっとも「結婚すること」、そして「子どもを授かること」だけが人間の幸せではないとも思う。誰かと結ばれたいのに結ばれなかった人、子どもがほしいのに授からなかった人もいるだろうことを思うと、とても胸が痛むし、同時に「そういう運命にあっても人生に何らかの歓びを見出していること」を願わずにはいられない。

<<人生観は様々 そう誰もが知ってる>>

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私は実を言うと、1歳の時からの記憶がある。祖母に寝かしつけてもらったこと、絵本を読んでもらったことを覚えている。ただ残念なことに、どんな<<子守唄>>を祖母が歌ってくれたか、それは覚えていないのだ。そして私が、Mr.Childrenとスピッツという、いま好きなアーティストを2組に絞るとしたら挙げざるを得ないバンドの存在を知る前に、祖母は他界してしまった。だから「どんな曲を歌ってくれたの」と問いかけることは叶わないし、「Mr.Childrenとスピッツの、この曲を聴いてみてよ」と頼むこともできない(もし死後の世界があるなら、いつか訊いたり頼んだりできるのかもしれないけど)。

沢山ある、Mr.Childrenとスピッツの楽曲のうち、どれを喜んで聴いてくれるだろうか。手がかりになるのは、祖父(こちらも故人である、私が生まれる前に他界した)がクラシックの愛聴者だったらしいということだ。恐らくは祖母は、ストリングスの音色というものを、日常的に聴いていたのではないかと思う。そこまで考えた時、スピッツの「チェリー」が候補曲として浮上してきた。

本曲は私の感じる限り、開放的な、軽快なものだけど、終盤に抒情的なストリングスが重ねられ、それが「チェリー」を「軽快なだけではない曲」に仕上げているのだと考えている。実際、歌詞の内容は、もう会えるか分からない誰かとの再会を願うというようなものだし、プロモーションビデオで笑みを浮かべて、楽しそうに歌い奏でるスピッツの姿には、いくばくかの切なさが滲んでいるようにも思えるのだ。

これを祖母は「いい曲だね」と言ってくれるだろうか。あるいは言ってくれないかもしれない。それでも私は「チェリー」を聴くたびに、祖母が心のなかに生きていることを思うのだ。信仰を持たない私には、何かしらの行動規範のようなものが求められる(と個人的に考えている)。人間が品行方正に生き抜くことなど困難だし、時に少しばかり手を抜いたり、ふざけてみたりしなければ、心身がもたないのではないか。その手抜きや息抜きのようなものが、はたして赦されるものなのかを、私は神に問うより、そっと祖母に(心のなかで)問いかけてみることにしている。いま俺が、こんな風に過ごしているとしたらガッカリはしないですかと。すると大抵、ガッカリなんてしないという答えが届く(ような気がするのだ)。

<<ズルしても真面目にも生きてゆける気がしたよ>>

恐らくは私は拍動が止まるまで、時に<<ズルして>>、そして時には<<真面目に>>、過ごしていくことになるのではないかと思うし、それを祖母が支持してくれるはずだと思ってもいる。

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Mr.Childrenの楽曲のなかから、ストリングスパートが印象的な曲を挙げるなら「安らげる場所」である(Mr.Childrenの作品群から「最も好きな曲」を選ぶとしたら、別のものになるのだけど、ストリングスが耳に残るのは、やはり「安らげる場所」だ)。

<<何処からか愛しさが胸に込み上げたなら>>
<<セーターなど着てなくても そっと温もる>>

祖母は、私が体を冷やすことを、とても怖がる人だった。「寒いと感じる前に1枚、はおりなさい」と、よく言われたように記憶している。私は「体を締め付けるように感じさせる衣類」が好きではないので、マフラーを巻いたり手袋をつけたりすることは滅多なことでない(どうしても必要なとき以外は、ネクタイを締めもしない)。それでも本文をつづる今、もう四月も終わりかけているのに、半纏を羽織って、肩を冷やさないようにはしている。そういう意味では、祖母は近くに生きつづけている。

<<僕はなぜ繰り返す別れを受け入れてきたんだろう?>>

私が祖母との<<別れを>>、いま完全に<<受け入れて>>いるかは、何とも言い難いところだと思う。前述したように、ある意味では祖母は生きつづけているし、いつか再会できる可能性はあるのかもしれない。それでも、かつて祖母と訪ねた喫茶店で紅茶を飲んだり、お蕎麦屋さんで食事をとったりしていると(そういう店には本当に大事な人しか連れていかない)祖母の存在しない世界が、ひどく悲しいものに思えてもくるのだ。

<<孤独とゆう暗い海に ひとつの灯台を築こう>>

心ある友人をもつ私は、きっと<<孤独>>ではないはずだし、心のなかにある<<灯台>>は、<<ひとつ>>ではないとも思う、沢山の光があるようにも思える。それでも「安らげる場所」を聴くたびに、私の胸には恋情よりも、祖母に対する家族愛が<<込み上げ>>て切なくなるのだ。

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いつかまた私は祖母に会うことができるのか、その問いを他ならぬ祖母に(やはり心のなかで)放ってみたこともあるのだけど、確かな答えは得られなかった。それでもスピッツの楽曲「会いに行くよ」を聴いていると、そのなかで奏でられるストリングスに耳を傾けたりしていると、いつの日か「そういう日」が来るような気もしてくるのだ。

<<何気ないこと頭の中で やけに詳しく浮かべた>>

私がもつ、祖母にまつわる思い出は<<何気ないこと>>ばかりのようにも思える。叱責されたり、指導されたり、そういう年ごろを私が迎える前に祖母は旅立ってしまったから、強いメッセージのようなものは(少なくとも祖母の生前には)与えられていないのだ。それでも胸のなかにある<<何気ないこと>>を、きっと私は最後まで忘れはしないと思う。祖母が和菓子屋さんで何を選んでいたか、お蕎麦屋さんで何を注文したか、どのくらいの量の砂糖を紅茶に入れたか、ハッキリと覚えている。覚えつづけようと意識しなくても覚えていられるだろうし、忘れようとしても忘れられないだろう。

<<そしていつか 同じ丘で遠い世界を知る>>

その日が来るまで、私は<<ズルしても真面目にも>>、どうにかやっていくより他ないのだと思う。

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いま人の親となった旧友の、そしてなってはいない旧友の胸に、どんなメロディーが刻まれているのか、どのような幼少期の記憶が残っているのかは分からない。それでも、その口ずさむ<<子守唄>>が、幼子の「今」を守ること、あるいはかつて聴いた<<子守唄>>が当人の「今」を守っていることを、遠くから願う。

誰かを育むようになっても、きっと私たちはいつまでも、幼子のままなのではないだろうか。そして子どもを育む機会はもてなくても、すでに現世にはいない誰かを、心のなかに住まわせるという形で、その誰かは「人を生かす」役割を果たしているのかもしれない。

※<<>>内はMr.Children「デルモ」「花 -Mémento-Mori-」「安らげる場所」、スピッツ「チェリー」「会いに行くよ」の歌詞より引用

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