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すぎやまこういちが彩った物語

ドラゴンクエストは卑俗なゲームではない

初めて生演奏の「オーケストラ」というものを聴いたのは、たしか10歳の時だったと思う。すぎやまこういち氏が手がける、ゲーム「ドラゴンクエスト」のBGMをダイナミックに奏でるという催しで、それは幼かった私の心を熱くさせた(たとえば「ドラゴンクエスト(※1作目)」の「りゅうおう」との戦闘テーマでは、たしか銅鑼(どら)が打ち鳴らされたと思う、それはゲーマーが味わうスリルを巧みに表すものだった)。

テレビゲームの善し悪しというのは、もしかすると長く議論されつづけていくテーマなのかもしれない。ゲームを好まない人、とりわけ「ドラゴンクエスト」に興味がない人には、それが(少なくとも)「高尚なもの」には感じられていないのだろう。たしかに「画面」に向かって黙々とボタンを押すというのは、あまり健康的な行為ではないだろうし、モンスターと「闘う」という発想が、ある層の人たちに受け入れなくても仕方あるまいとは思う。

ただ個人的には、ゲームを通して育まれる友愛といったものはあると思うし(実際に私は「ドラゴンクエスト」について語り合うことで何人もの友を作れた)、ドラゴンクエストが「退廃的に戦闘を繰り返すだけのもの」だったとしたら、これほどに多くの人の心を奪いはしなかったとも思うのだ。シナリオの思想性、モンスターデザインのコミカルさ、ウィットにあふれるキャラクターの会話といったものは、とても魅力的なものだと(この歳になった今でも)私は考えているし、それにはオーケストラという「高尚な芸術」さえ似合うのではないだろうか。

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私は「ドラゴンクエスト7」までしかプレイしていないので、あまり偉そうなことは言えないのだけど(「8」以降の面白さは、読書などが優先になってしまって味わえていない)、「7」の物語性は素晴らしいものだった(発表から20年ほどが過ぎるので、ある程度のネタバレは許されるのではないかと思う)。以下、すぎやまこういち氏の音楽が秀でているという本題からは逸れてしまうのだけど、ドラゴンクエスト7の内容について書きます。

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現在と過去を行き来するというストーリーなのだけど、ある時、主人公の親友が、過去に居座ることを決意するのだ。この時代の人びとを守るために生きる、だから一緒に「現在へ戻る」ことはできないと。これ以上の「隔絶」というのは、そうそうないのでは。ある意味、死別よりも哀しい別れだと思える、互いに生きているのに会えないのだから。

主人公は別れを受け入れ、冒険の旅をつづけ、ついに魔王を倒す。そして、ある日、思わぬ便りを受け取る。生き別れた親友からの手紙だ。過去を生きる(つまり主人公の生きる時代には死んでいる)親友は、いつか発見されることを信じて、石のかけらに文字を刻んでいたのだ。

「二度と会えないこと=友情の終わり」とは限らないのだと、私は「7」をプレイして考えた。過去が今を励ましている、という解釈もできると思った、陳腐といえば陳腐な解釈かもしれないけど。私もまた「過去に友達を置き去りにしてきた」と言えるかもしれない。たとえば小学校時代に別れたままの友達は、私のなかでは今も「あの時代」を生きている。優しくて元気な小学生のままで。いま再会したとして、昔と同じように笑い合うことはできないとしても、あの時に彼を友達だと思い、彼から友達だと思ってもらった事実は、いわば石に刻まれた文字として、たしかに遺されているわけだ。

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このような物語性は、私の感じる限り「3」あたりから強まっており、それをすぎやまこういち氏の生み出すメロディーが彩りつづけてきたと思う。戦闘シーンで奏でられる勇壮なBGMも魅力的なのだけど、出会いの場面で鳴るメロディーや、町に戻ってきた時に聴くことのできる心を和ませるような旋律が、ドラゴンクエストを「殺伐としたゲーム」などではない、重層的なものにしているのではないだろうか。

本記事で、何度か「ドラゴンクエストにはオーケストラさえも似合う」という持論を述べたけど、やはり原作のなかで奏でられる電子音というのが、最も強く私の心には焼きついている。時として用いられる「単音」によって、ここまで鮮やかに何かを描き出せるのかと、息を呑んだことさえある。たとえば「3」で、闇の世界に光が差す瞬間、鳴り響くBGMの流麗さ、それを文章化することなど私にはできない。夜明けというものを、メロディーによって、しかも(しつこいようだけど)単音で表したという意味で、ドラゴンクエスト3は「音楽」というものの新たなる可能性を示しさえしたのではないかと思っている。

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いま私はゲーム機というものを持っていない。だからドラゴンクエストというのは、もはや「思い出」でしかないのだけど、それが私を「偏見」のようなものを(ほとんど)持たない人間に育ててくれたのではないかと、深く感謝している。私は友人知己が、自分の好まない娯楽(たとえばパチンコなど)に熱中していても、それを揶揄しはしないことに決めている。何が人間を育んでくれるのか、どんな場所で素晴らしい旋律を聴けるのかは、なかなか分からないものだと思う。

ゲームばかりをやっているお子さんの姿を見て、いくぶん不安になる親御さんの気持ちは分からなくもないのだけど、プレイを通して少年少女が聴くことができるBGMというのは、相当に良質なものだと言えると思う。とりわけ、すぎやまこういち氏の紡ぎ出したメロディーラインは、こうして今宵、私の心のなかに(前ぶれもなく)流れはじめ、少年期の友人の存在を想起させさえしている。

本文は、すぎやまこういち氏に敬意を表したくて書いたものでもあり、ドラゴンクエストの制作に携わった全ての人に感謝を伝えたくて書いたものでもある。そして、もう何十年も会っていない少年時代の友人が、もし読んでくれているのだとしたら、いつか俺たちは友だちだったよなと伝えたくも思う。さらに言えば、ゲームというものが無意味なもの、あるいは卑俗なものだと考えている人に、その偏見を捨てていただきたいと願いもしている。

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