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恋する時節が過ぎたあとでも

GLAYとclassの楽曲から感じたこと

友人から「あまり夫婦仲がうまくいっていない」というような愚痴を聞かされた。「相手に対する愛情がなくなったわけではない。もちろん、そんなわけではない。それでも出会ったころの昂揚はなくたったような気がするし、互いに思いやりが欠けてきているのを感じてしまう」と。

<<結婚はしたけれどあまり幸せではないらしい>>
<<何をしてあげられるという訳じゃないけど>>

それは「醒めた」というのとは違うんじゃないか、というようなことを僕は言ってみた。たとえ恋情が消えたのだとしても、べつの何かが始まっているからこそ、きみたちは一緒に暮らしていられるんじゃないかと。

すぐに気付いたのだけど、それは「受け売り」に近い発言だった。GLAYの楽曲に、それと似たような発想が含まれているのを思い出した。そしてclassの楽曲が(その収録されたアルバムが)その考えを強めてくれたことに思い当たった。

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GLAYは「pure soul」のなかで、こんなことを歌う。

<<愛は愛のままじゃいられず いつか形を変えるだろう>>
<<共に生きる家族 恋人よ 僕はうまく愛せているのだろうか>>

GLAYは「pure soul」を発表する前に、強い恋情を歌い上げる佳曲を多く生みだしてきており(たとえば「BELOVED」や「HOWEVER」など)、そのGLAYが<<愛は愛のままじゃいられず>>と歌ったことが、当時の僕には印象深かった。これが作詞者の直情なのかは分からない。それでも僕は思ったのだ、何かが「失われる」ということは滅多になく、それは「変化」なのではないかと。もしかすると「進化」でさえあるのかもしれないと。

男女が(あるいは同性のカップルが)長く時を伴にすることで、所謂「倦怠期」を迎えたり、互いに幻滅したりということは、現実として「ある」と認めざるを得ない。それでも、相手に飽きるほどの時間を一緒に過ごしているというのは、それはそれで尊い達成なのだと思うし、幻滅するというのも相手の本音や本性を知ったがゆえにもたらされる、言うなればポジティブなことなのではないか。

知りたくはないことを知ったことを、さらに時を重ねることで「善きこと」だと思いなおせることはあるのだろうし、ドラマチックな恋情をいだいたまま日々を過ごしていくというのは、あまり安楽なことではないだろう。

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classの楽曲「夏の日の1993」を聴いてみるようになったのは「R35 Sweet J-Ballads」のテレビCM、そこで口にされた桜井幸子さんのセリフ、そしてCDのキャッチコピー<<もう一度、妻を口説こう。>>というものが、あまりに印象的だったからだ。桜井幸子さんは、微笑みながら言う。<<ねえ…いい曲だね>>と。

多くの出会いに、忘れがたいメロディーが付随するものだと思う(少なくとも僕は、一時期を伴に歩んだ、どの女性についても「元気で生きているのかな」と不意に考える時、何かしらの楽曲を思い出す)。僕が(一時期ではあれ)女性の心を引き寄せられたり、逆に相手に引き寄せてもらえたりしたのは、自分たちの手柄ではないとさえ思うことがある。その時代、その時代に流れているメロディーが、僕の背中を押してくれたり、相手の心を開いたりしてくれたのではないかと。

「夏の日の1993」は、僕にとっての「そういう曲」ではないのだけど、本曲で歌われるフレッシュな恋情は、若き日の自分や、そのとき傍にいてくれた女性を思い出させてくれる。

<<ざわめく街を切るように君は トビウオになった>>
<<普通の女と思っていたけど>>

楽曲の主人公は、その女性と生きていく過程で、あるいは昂揚を失ったのかもしれない。今や彼の目には、彼女は<<トビウオ>>のようには見えず、いわば<<普通の女>>に戻ったのかもしれない。それでも僕は思うのだ、大事な妻や交際相手を<<普通の女>>と思えるようになるというのは、ある種の達成でさえあるし、そこに辿り着いてこそ見えてくる<<宝の山>>があるのではないかと。

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他人様の家庭事情(恋愛事情)について、あまり余計なことを言うべきではないような気がする。それでも僕は、友人の全員が、妻(あるいは恋人)を、何らかの形で愛しつづけていけることを願ってやまない。そして、かつて心を通い合わせたガールフレンドが、どこかで誰かから、やはり何らかの形で愛されつづけていることを願ってもいる。

もう彼女が<<トビウオ>>のような煌めきを失っているのだとしても(僕だってもう「初老」と称してさえいいはずの年齢に差しかかっている)、そして彼らが<<うまく愛せて>>はいないのだとしても、何らかの形で思いが繋ぎ止められていますように。その助けとなるのは、やはり音楽なのではないかと考える。

<<もう一度、妻を口説こう。>>
<<平凡で手アカのついた言葉でも 愛してると伝えてほしい>>

その呼びかけに応えるように、できるならば僕たちは、傍にいる人の新たなる魅力に気付き、それに驚かされ、しばし言葉を失いながらも、口に出してみたいものだ。

<<こんなに一緒にいたのに>>。

そのあとに、どんな言葉を続けるかは、きっと各位に委ねられることだろう。

※<<>>内はMr.Children「友とコーヒーと嘘と胃袋」、GLAY「pure soul」、class「夏の日の1993」の歌詞、コンピレーション・アルバム「R35 Sweet J-Ballads」のCMとキャッチコピーより引用

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