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自意識が暴走する季節に

集団行動・齋藤里菜が紡ぐ距離感

深い群青をたたえる空に八重桜が滲むのを見上げて、ただ「きれい」とだけ声に出せるのは幸福だ。やや紫がかった青と淡紅色のコントラストが何を刺激するのだろう。春は景色への感嘆に先んじて苛立ちが惹起される。ズカズカと遊歩道を突切って店先に折り重なったオフホワイトの新玉ねぎを乱暴にすくい取る。この新しい年度中に成し遂げたいこと、新しく出入りする場所での振る舞い方、不義理を重ねてしまっている人たちのこと、矢継ぎ早に頭に浮かんでくるものだから、半ばパニック状態で会計を済ますことになる。今年も自意識が膨張する季節がやってきた。

春は始まり。無数に広がる未来を前に浮き足立ったり、あるいは焦りをつのらせるあまり、多かれ少なかれ誰しもが自意識にバグを起こす時期。それを見越したかのように、毎年この時期に開催される「古い枠組みにとらわれない」何でもありのオーディションがある。講談社主催・ミスiDだ。元国民的アイドルグループのメンバー、セクシャルマイノリティ、噺家、元セクシービデオ監督、現在療養中、何でもござれ。間口の広さに加えてSNSやYoutubeを活用する選考方針も相まって、ネガティブさもひっくるめて自分をコンテンツにするのが当たり前となり、まさに自意識のせめぎ合いが繰り広げられる。そんな現場で大きな夢も過去への嫌悪も語ることなく、「特技とか今一生懸命やってることはありません」と言い放ったのが、ミスiD 2016ファイナリストにして現・集団行動ボーカルの齋藤里菜だった。

十年以上に及ぶ競技生活で培った芯の強さを感じさせるしなやかな体躯とニュートラルな視点から自分を評する姿勢は、あまりに健康的で眩しかった。実行委員長・小林司氏に促されるままにつらつらと話しているだけの動画に釘付けになった私は、彼女のポテンシャルが最高の形で花開きますように、そしてどうか彼女がこのまま誰にも消費されませんようにと願わずにはいられなかった。それから約二年後、音楽の「お」の字もつぶやいていなかった彼女が元相対性理論・進行方向別通行区分メンバーの真部脩一と西浦謙助に挟まれてバンドを始めるなんて、何という番狂わせだろう。

新バンド・集団行動。デビューアルバム『集団行動』。リード曲「ホーミング・ユー」で顕著に見られるように、ペンタトニックスケール主体のギターリフやマクロ的視点とミクロ的視点を自在に行き来する歌詞は健在で、真部さんの過去の仕事を思い浮かべずにはいられない。それに乗っかる齋藤さんの声は、中音が豊かに響いてとても人間らしい。わざわざ「人間らしい」なんて言うと、誰か人間らしくない人を念頭に置いているんですか、と問われるかもしれない。置いてますよ。バンド始動直後に音源を聴いた人の多くは、無意識に相対性理論を想起したはずだ。その記憶はフロントウーマン・やくしまるえつこさんの倍音成分をたっぷり含んだウイスパーボイスと不可分で、私の場合はステージ上で彼女の身体が粒子状になって散らばって再び凝固した光景とセットで思い出される。ある種やっかいな文脈に埋め込まれた聴き手がジリジリと新しいプロジェクトへ接近しようとする中で、相対性理論と比べられたくないと言い添えつつ、「曲ごとにその曲に合った最高のスパイスになれる存在でありたいです。私の声が乗ることで、真部さんのビジョンを上回るものになるような」(出典:Music Voiceインタビュー「相対性理論と比べられたくない、集団行動 齋藤里菜の目指す音楽」)と言い切る齋藤さんは、経験豊富なコンポーザーの添え物ではないという気概に満ちていた。

その宣言通り『充分未来』『SUPER MUSIC』と作品を積み重ねるにつれて、彼女の表現力が等加速度直線運動のグラフのように伸び、その成長に呼応するかのように真部さんの作風の幅も増した。これは共通了解であろう。でも私は「メンバーと一緒に齋藤さんの成長を見守る」というモデルに抗いたい。というのも、デビュー作『集団行動』の時点で、文脈を離れて暴れていた不可思議な歌詞に彼女の声が伴った瞬間、あるべきものがあるべきところに収まったというか、ある種の完成を見た気がしたからだ。自我を喪失するほどの恋慕を追尾ミサイルに見立てた「ホーミング・ユー」に始まり、この生活、そしてこの夜に没入できず遠くに意識を飛ばす「バイ・バイ・ブラックボード」「土星の環」を経て、遠くない終末を前に要領を得ないことばかり口を衝いてしまう「バックシート・フェアウェル」へ。それぞれが主題とする居心地の悪い距離感が、情動的でもなく他人事としてでもなく、絶妙なニュートラル感でもって歌われている。歌詞の意味を度外視して真部さんお得意の語呂合わせを楽しむでもなく、逆にどっぷり浸かって自分の経験を手繰り寄せるでもなく、不思議な見地に座らせられて、ただ内面に何かが満ち引きする感触に向き合わされる。私には技巧や音楽史に即して批評する力能はないけれど、集団行動のボーカルは齋藤さんしかいない、と一聴して確信した。上滑りを覚悟して言えば、彼女になら集団行動の辛辣な歌詞で心を踏み荒らされても構わないと思ったのだ。私は彼女との距離感を見誤っているのかもしれない。

「みなさんお家時間いかがお過ごしですか?」

2020年4月23日に集団行動は新曲「距離感」を動画サイトで公開した。電話越し、カメラ越し、フィルム越し、マスク越しのコミュニケーションから始まる新しい距離感が花を撫でるような柔らかな声で紡がれる。世界史の転換点に立たされている私たちはきっともう元の生活に戻れない。自意識がパンパンに充満した自室で私は液晶画面越しに微笑みかけている。

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