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ラブレターの行方

King Gnuの音楽だけで幸福になれる方法

2019年に大ブレイクしたKing Gnuの快進撃はアルバム『CEREMONY』によって鮮烈な序章を終えたと私は感じている。メジャーデビューアルバム『Sympa』で新派のファンを獲得し、『CEREMONY』で華やかな儀式が始まり、その音楽はライブツアーへ続き、次元を変える次章が始まるはずだったが、新型コロナのために公演は中止となった。無期延期となった今、私もツアー再開を心待ちにしているファンの一人である。

昨年後半以降、King Gnuを知らなかった友人たちから「雑誌の表紙になってた人たちでしょ」「ママのパンケーキが食べたい〜ってラジオで叫んでるよね」と聞くようになり、テレビCMや映画主題歌のタイアップ情報も続き、代表曲となった『白日』をカラオケで歌う人も増えてきた。実力に人気が追いついたと強く感じた。日本の音楽シーンでは避けられない〝多くの聴衆にウケなければ稼げない現実〟の壁を一気にぶち壊し、セールス記録を打ち出す彼らを見て清々しい気持ちになった。

私がKing Gnuに夢中になった理由は多くのファンと変わらないだろう。J−POPをも聴き込んで血肉とした彼らの、自由に奏でる技量と音楽の多様性に魅せられた。全世代にウケることが必須となる時代に、50代の「ふつうのおばさん」である私の、ふつうの音楽歴にも通じる魅力を次々に繰り出す玉手箱のごとくKing Gnuの曲は多彩である。ミュージックビデオやベストヒットUSAで耳かじった洋楽の懐かしさも感じるし、陽水、ユーミン、オフコース、サザン、ミスチルの成分も入っていながら極めて新鮮である音楽が衝撃だった。ワンフレーズを聴くと「あの曲と似てるな」と感じるアーティストと異なって(似てることを否定する意味ではなく)、曲の個性が際だち、それぞれの世界が深く、感情の隙間を揺さぶられるのである。眠れない夜の数時間を感じた曲はこれまでにも聴いたことがあったが、夜ふけに窓を開けた「瞬間」の呼吸、思いをめぐらせて携帯を置いた「刹那」のためらい、自分自身も忘れてしまったくらいの微かな気持ちを呼び起こしてくれたのはKing Gnuが初めてだ。例えば『ユーモア』(アルバム『CEREMONY』収録)。ベッドを出たり入ったり、思考だけを頼りに時計の針を眺め、あれこれ悩んだあげく、結局は楽観的になるしかないな、と夜明けを迎えたときの外の空気。その空気が、曲とともにふっとよみがえってきた。全曲大好きになるバンドは生まれてからこれまでになかったので、私にとっては驚愕のバンドがKing Gnuなのである。おそらくプロの音楽家においては、互いに向き合ったときに感じとる音楽の出自というものがあると思う。その潤沢さと確実な技量が圧倒的な場合、そして表現する力に限界がないと感じた場合、その相手に熾烈に嫉妬し、そして猛烈に愛するものではないだろうか。音楽ファンはもちろん、プロにも愛されるとなったら、これはもう奇跡に近いことだろう。

自分の仲間を増やすために小説を書いている。河野多惠子の文章で読んだ記憶があったが、久しぶりに思い出したのは、昨年、常田大希のインタビューを読んだときだった。
『基本的に、音楽を伝えるということは、自分と似た人を探す、友達を作る、ということとすごく似てると思うんですよね。ちゃんと伝わってるなって思えて、俺と同じような感じ方をしてくれているなって思う人がひとりでも増えることが、自分にとっての幸せだと思うから』
(『Rolling Stone Japan vol.7』2019年6月)
表現者は黙々と作品を作り、発表していく。受け手の中でどのような化学反応が起こり、旋律が響いていくのか。そこに制限はないのだ。

魅力ある表現者/アーティストはときにファンの心を過分に奪ってしまうもので、ファンと表裏一体となって世の中に浸透していくこともある。
小学生の頃、オフコースのファンになった私は、友人と一緒に愛知県体育館のライブに行った。「小田さ〜ん」と絶叫し、子どもながらに熱唱した。40年経
っても暗唱できるほど歌い込んだオフコース。あの頃、胸にささりまくった小田さんの歌声は、完璧に私あてのラブレターだった。曲の中のせつなさ、別れの余韻は現在になって冷静に味わえて、これだけ大人の歌をよくまあ、あんなに大声で歌って平気だったものだ、と笑ってしまう。まさに小田さんに恋した日々だった。今、KingGnuの曲が強烈なラブレターとなって、彼らに恋しているファンもたくさんいるだろう。年齢も性別も関係ない。誰にでも起こりうる通過儀礼なのかもしれないが、40年前と異なるのはアーティストのSNSにファンがじかに書き込むことができること、沸騰したままの気持ちを礫のようにSNSで投げることも可能なことだ。大好きな音楽を聴ければ幸せなはずが、熱量が歪んでしまうとSNSとの繋がりは凶器にもなってしまう。

ラブレターの行方は不特定多数であり、受け取っているのはひとりではない。ファンはたくさんいる。こんな当たり前のことも、音楽が胸に響き、涙を流し、辛い日々を励まされているほど見えなくなってしまう。自分だけのアーティスト、私にだけ届けてくれる音楽だと信じてすがりやすい。新型コロナ肺炎の感染を防ぐため自粛が続き、閉じられた日常の住人でいることが長引くほど、アーティストへの沸騰した感情も沸きやすいかもしれない。人と人の間は2メートルのフィジカルディスタンスをとろう、と感染予防策で呼びかけられているが、アーティストとファンの間にも、場合によっては健康的な心の距離が必要かもしれない。もしも、思いのままに書きなぐり、激しい言葉を書き込みたくなったら、それを自分で読み直し、本当に伝えていい言葉なのか、自分が表現者となって推敲し、受け手側の感情を想像してはどうだろうか。

King Gnuの『Slumberland』、millennium paradeの『lost and found』をこの春に再び聴いていて、時代との重なり、私たちが生きている時代が織り込まれていることになんども驚かされている。そして『白日』は私にやさしい癒しを与えてくれる曲へと、さらにさらに深化した。井口理の声はとてもやさしく繊細で、曲の世界を成り立たせている。井口は役者、ナレーションの仕事もしているが、東日本大震災で行方不明になった人たちを懸命に捜し続ける捜査員たちを追ったドキュメンタリーのナレーションでは、彼の持つやさしさが伝わってきた。前回よりも映像を印象づけるナレーションに徹していて、やはり琴線の敏感なアーティストなのだと思った。やさしさを失わないまま、逞しさと他者を躱(かわ)すテクニックを身につけたら、さらに素晴らしい表現になるだろう。
『鳴らしてる音がすべて』。晴れてライブに戻っていける日を楽しみに、King Gnuの次章の始まりを待っていたいと思う。

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