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わたしが結婚式で流すのは『糸』ではない

中島みゆきのヨーソロー

中島みゆきと言えば『糸』、
そして『糸』は結婚式の定番となっているらしい。

結婚。それは、わたしが幼い頃は「みんないずれはするもの」と当然のことのように思っていた。しかしながら近頃ではそうでもないらしい。言われてみれば、わたし自身も結婚できる自信もなければ明確な予定もない。近頃では結婚せずとも個人の幸せを追い求め、満足な暮らしを送っている者も多いらしい。
しかし、某結婚雑誌のキャッチコピーにあった[結婚しなくても幸せになれるこの時代に私は、あなたと結婚したいのです。]というもの(※1)。これはかなり共感を呼んだらしい。今、結婚に対する価値観は一昔前と比べれば変化しているらしいが、選択肢の一つとしてその価値は十分にあるようだ。

とは言え、わたしは結婚に対して未だに華やかで、幸せの象徴といったイメージを抱いている。それは、幼心で参加した親族の結婚式の絢爛さが記憶の写真に焼き付いているからか。しかし『二隻の舟』に出逢ったことで、前向きな意味で現実を初めて目の当たりにしたように思えた。『二隻の舟』の解釈はさまざまであると思うが、わたしはそれがまるで結婚とその後の生活のように見えた。

結婚。それはまるで一つの大きな船に夫婦二人で乗り込み、果てのない航海の旅路をスタートさせる号砲のような響きを持つ。沢山の愛を与え、与えてくれた人たちに見送られその船に乗り込む。まさに「大船に乗った」ように二人で一つの船を力強く操縦していく。行先はよく話し合わなければならない。良くも悪くも見通しのきく大海であるために。時にどちらかが倒れたら、もう一方がいつもの倍以上の力を出して船を進めなければならない。時には穏やかな波に身を任せ、甲板で大きさの違う幾多の星を一日中眺めるのもいいかもしれない。偶然見つけた穏やかな浜辺に降りることがあってもいいかもしれない。また、旅の途中で強力な仲間という名の小さな命を授かるかもしれない。

これは『二隻の舟』に出逢う前の結婚観であり、それはよく晴れた日の海のように綺麗な青写真に過ぎなかった。
 

「二隻」は「にそう」と読ませる。「隻」は船を数える単位であるが、それと同時に「ただ一つの」という意味がある。

「船」ではなく「舟」であることに引っ掛かるものがあった。どうやら「船」は大型のものを、「舟」は小型で手漕ぎのものを指し示すらしい。

このタイトルの時点で既に大きくイメージは覆されていた。二人で一つの船に乗り込むのではない。それぞれが一つの舟に乗る。

[おまえとわたしは たとえば二隻の舟 暗い海を渡ってゆくひとつひとつの舟 互いの姿は波に隔てられても 同じ歌を歌いながらゆく二隻の舟 時流を泳ぐ海鳥たちは むごい摂理をささやくばかり いつかちぎれる絆 見たさに 高く高く高く]という歌詞(※2)。

結婚というものは、互いが別々の舟に乗り込み、荒れた大海を自力で、己の腕力のみで漕ぎ続けながら進むものらしい。しかしながら完全に舟は独立しているわけではない。二つの舟は「舫い綱(もやいつな)」という千切れる恐れのある綱で結ばれている。

舫い綱によって結ばれているという表現は妙にしっくりきた。一心同体、運命共同体などとは言わない。結婚後に訪れる試練の波を乗り越えられないこともある。
幸せが滲み出る結婚ソングの影響か、ハッピーエンドのドラマの影響か、美化されたすぎたわたしの中のイメージを、静かに変えてくれた。

慣れてしまえば、あまりに自由に操縦できる個人舟は、時に誘惑という波に流されるかもしれない。それによって舫い綱は段々と張りを失くしいつしか千切れてしまうことがあるかもしれない。あるいは逃れようのない大きな大きな波が運んできた尖った破片が、悲しいほど純粋に、その固く結んだはずの綱をも引き裂いてしまうかもしれない。いつか切れてしまうかもしれない関係の弱さを思い知らされる。やはり結婚生活は厳しいものなのか。溜め息が漏れかけてしまう。

[わたしたちは 二隻の舟 ひとつずつの そしてひとつの]という歌詞(※3)。

1という数字に1を加えたら2とするのが摂理に従った行いである。ただ、二人を足し合うだけだろうか。結婚は互いに持ち合わせたものを出し合ってそれらを掛け合わせるものかもしれない。その場合、1と1とを掛ける。世の摂理では、その解は1と決まっている。しかしそれを覆すのがこの曲の持つ力であり、結婚の真理なのではないか。中島みゆきに言わせてみれば、1+1=1にも、1×1=2にもなり得るのかもしれない。
 

結婚には妙な力があるように思えてきた。しかしそれと同時に大きな覚悟を伴わなければならないようだ。このような厳しい航海であったとしても尚、わたしは結婚したいと思う。数ある選択肢の中から結婚を選ぶのは、ともすれば荒れた大海で波に飲まれる運命を辿ることになるかもしれない。しかし、それは決して孤独ではない。結ばれているに違いない。痛みを分け合い、喜びを膨らませることができる仲間と繋がっている。だからわたしは結婚したい。
 

そして、結婚式では「糸」よりも遥かに強い「綱」を携えて舟出を誓うだろう。
 
 

(脚注1):坂本美慧、「ゼクシィ/私は、あなたと結婚したいのです 風船篇・噴水篇 30秒」、東京コピーライターズクラブ(TOKYO COPYWRITERS CLUB : TCC)、2018年.

(脚注2・3):中島みゆき、「二隻の舟」、『EAST ASIA』、1992年.

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