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下を向いて生きてきたけど

それでも見える坂本九の笑顔

<<上を向いて歩こう 涙がこぼれないように>>

この歌詞、というか着想は秀逸だと思う。そう思うのが僕ひとりではない(なかった)からこそ、楽曲「上を向いて歩こう」は海外でさえ知られるようになったのだろう。誰もが口ずさめるような、ひねられない旋律に、シンプルな歌詞がつけられ、それが笑顔の似合う坂本九さんから放たれたこと。それは多くの人を励ましてきたはずであり、今後も力づけていくはずである。

ただ、ごく個人的なことを言えば、ほとんどの時間を僕は「下を向いて」過ごしている。パソコンのモニターを眺めながら(たとえば)こうした駄文をせっせと書いたり、数字を扱ったりしているわけだし、余暇(というか何というか)はベースを弾くなり本を読むなりしているので、本当に「日がな一日」、下を向いていると言っても過言ではない。たまに「スキヤキ」を焼く際にも、もちろん下を向いているわけである。

よく考えてみると、洗濯ものを干す時くらいは<<上を向いて>>いるわけだけど、とにかく首がガチガチにこるほどに「下を向いて」生きている。心ゆるせる人と食事をとったり、お茶を飲んだりすることは好きなのだけど、あまりジロジロと顔を見ると本音を語ってもらえないという持論があるので、ここぞという時にしかアイ・コンタクトをしない(昨冬は所属する市民バンドのドラマーに、もう少し目を合わせてシンクロの精度を高めようやと諭された)。

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それでは僕が、つねにネガティブ思考で生きているかというと、必ずしもそうではない(と自分では思っている)。明朗快活な人間ではないけど、他人様の(ご当人の気付いていない)美点を見出すのは、かなり得意なほうだと自負している。自慢するようだけど、ガールフレンドに「私の長所を箇条書きにしてほしい」と頼まれ、一夜にしてA4用紙を埋め尽くすほどの「長所」を挙げたことさえある。

そういった(ある種の)ポジティブさや観察眼といったものは、僕が<<一人ぽっちの>>時というものを大事にしてきたがゆえに、いつしか与えられたのではないかと自己分析している。文章を書くことを通して、そして(あまり気が進まないことではあるけど)数字を管理することを通して、ベースの弦や本の頁を見つめることを通して、いつしか「誰かの美点」や「この世界にある(かすかな)希望」といったものを見出せるようになったのではないかと考えているのだ。

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それでも今、うつむかざるをえない情勢にあることには、多くの人にご賛同いただけるのではないだろうか。不要不急の外出ができない今、たとえば公園に出かけて、空を見上げることは難しい(いつしか花見の季節、つまり桜を鑑賞するために<<上を向いて歩>>く春も過ぎてしまった)。これほどの苦境に(特に日本に住む人が)あえぐことになるのは、あるいは東日本大震災以来のことではないかと考える。

そこまで考えて、ふと気付いたのだ。

あのころ、大地震の被害から、何とか日本が立ち直ろうとしていたころ、サントリーのCMソングで「見上げてごらん夜の星を」が(多くの著名人によって)歌われ、それに心を震わされたではないかと。そして「見上げてごらん夜の星を」を、坂本九さんがカバーしたという出来事も、たしか音楽界の歴史に、あったはずだと。

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サントリーの、あのCMは、本当に素晴らしいものだったと(今さながら)思う。「頑張れ」だとか「闘おう」だとか、パワフルな呼びかけは、甚大な被害を受けた人には、あまり届かないのではないか、むしろ傷つけてしまうのではないかと(ごく個人的に)考えていた。そういう情勢下「激励」の歌ではなく「促し」の歌を選んだサントリーのセンスには脱帽するし、その詞を紡ぎ出した永六輔さんの功績、それをカバーした坂本九さんの朗らかさといったものも、尊いものだったと思うのだ。

<<見上げてごらん夜の星を>>
<<ささやかな幸せを祈ってる>>

いま僕はキーボードを叩くのを中断し、窓から顔を出し、夜空を見上げてみる(つまり<<上を向いて>>みる)。

首都圏では、それほど多くの星は見えない。それでも僕が、夜空を見上げようと思い立てたこと自体が、もしかすると<<ささやかな幸せ>>なのではないだろうか。そして夜空を見上げるだけの体力や気力があることが、<<ささやかな幸せ>>なのだとも思う。いま多くの人が病臥しているなかで、こうしてキーボードを叩けるのは<<苦しくなんかない>>、かなり恵まれたことなのではないだろうか。

<<上を向いて歩こう>>

いつもそんな風に生きていくことは難しいだろう。

<<見上げてごらん夜の星を>>

その呼びかけに、いつも応じられるわけではないだろう。

それでも僕が、下を向いて生きつづけることで何かを得られたように、いまエネルギーを失っている人が、その床のなかで「何か」を得られるのだとしたら、それは<<小さな光>>を手にしたことになるのではないだろうか。

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いま少しばかりの余力を持つ人たちが、全く余裕を持たない人のために、それぞれに知恵を絞っているところだと思う。ある人は誰かを笑わそうとし、ある人は情報を精選しようとし、ある人は「いつも通りの自分」を演じる努力をし、そうやって皆が力を持ち寄っている結果、この世界は辛うじて存続しているのだと思う。

僕自身は医療従事者ではないし、所謂「識者」にも分類されないだろうし、タレントでもコメディアンでもない。それでも何か、自分にできることはないかと考えた結果が、このように「優れた楽曲」を紹介させていただくことだった。いつの日か人びとが、気楽に外出して食材を買い集めることができ、家族や友人知己と「スキヤキ」でも、つつける日が来る時まで、僕は僕なりに、人の力を借りながらではあるけど、誰かに一瞬、不安を忘れさせるような発信を試みていきたいと思う。自分に少しでもエネルギーが残っている限り。

※<<>>内は坂本九「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」の歌詞より引用(2作とも作詞は永六輔による)

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