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サニーデイ・サービスの歌う”東京”と、「雨が降りそう」で見た希望

挫折と諦めの中で

2020年1月1日に、サニーデイ・サービスの新曲が発表された。

丸山晴茂が急逝し、追悼ライブにて1年間のライブ活動の休止とアルバム制作を発表していた。元日に突然公開された楽曲は復活後1作目になる。

その日、私は地元の祖母の家にいた。大晦日に東京から愛媛へ夜行バスで帰って、祖母の家で親戚に挨拶をし、そのまま泊まっていたのだった。ここにはいられないと思って上京したけれど、たまには家族と電話して、両親の誕生日にはプレゼントを送って、お正月には帰省する。東京に出て何かが変わった実感はない。東京で一人挫折を繰り返すのはなかなか苦しい。

地元にいると救いがないと感じる。母がご飯やお菓子をたくさん用意してくれていることも寂しい。家族と会話が微妙に噛み合わなくて、すぐに噂話やテレビの中の人の悪口になる。こういうところが嫌だったなんて言うつもりもないけれど、地元の息苦しさと、東京で味わった挫折がすべて今ここに降り注いでくる気持ちになる。

多くのバンドが”東京”を歌ってきたが、東京で挫折を繰り返し、東京で生まれ育った人たちへの劣等感に日々苛まれ続けている人間にとって、”東京”という曲はある種の信仰のようなものだ。中学生の頃から日比谷野音でライブを観て、高校生の頃から森美術館で芸術に触れて、大学生になる頃にはルミネで磨かれたおしゃれが板についているような子たちとのスタート地点の違いと感じて「もう最初から負けとるやん」と思うときなんかは、特に。

サニーデイ・サービスの”東京”といえば、その名も「東京」という名曲があるが、歌詞には”東京”という文字は出てこない。それどころか「田舎道」という言葉が出るのだ。しかし、この曲は都会的だ。そして切ない。刹那的なのだ。一瞬の切り取りなのだ。
春はつらくなる。これまで諦めようとして見ないようにしてきたことを否応なしに考えさせられたりする。けれど、そんな自分のじめじめした心さえなければ、とてもきれいな季節だ。暖かいし、風も気持ちいい、花まで咲いている。今日で世界が終わるならば、こんな美しい季節はないのだ。その気付きのような、すべてをふっと解いたときの”一瞬”が、サニーデイ・サービスの「東京」に描かれている”東京”なのだと思う。

しかし、「雨が降りそう」の”東京”はどうだろう。
「東京」で描かれた”東京”とは違う。桜の咲いた晴れた春の日でも、土砂降りの雨に打たれている日でもない。雨が降りそう、なだけ。花は瞳の中に咲いてなくて、花は咲きほこっていても哀しい知らせでしかない。
この”東京”は、挫折と閉塞感の”東京”である。自分を苦しめた場所。しかし、まったく憎しみは感じない。そこに絶望はないのである。もしかすると、「東京」よりも希望が強い曲なのではないかとすら思う。

曲中に、強烈な光がある。そこの歌詞は簡単に書き写すものではないのだろう。
サニーデイ・サービスは音楽好きなら誰もが知っているロック・バンドだ。再結成してからも名曲を作りまくっているし、ライブだって最高にかっこいい。それでも、この曲を作って、弾いて、歌うのだ。
なんとか生き延びることでで精いっぱいになって気がつけば終わってしまいそうな毎日の中でも憧れを手放さないことが、雁字搦めになっていても自分のことを遠くから優しく見つめることが、どれだけ苦しいことなのかわかる。

この曲を2020年の元日に発表したサニーデイ・サービスを、同じく四国から飛び出してきた一人として憧れに思う。

 


 
講評
サニーデイ・サービスの名曲と新曲に描かれた東京を通して、上京してきた人間が抱え続ける「東京観」をぴたりと言い当てています。地元でのリアルな情景から、バンドの変化と不変へとつながっていく構成も、説得力がありました。春という季節に、そしてコロナ禍の時期に、改めて「東京」について考えさせられた文章です。

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