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もう僕は無垢ではないけど

KinKi Kidsと光GENJIも、かつて少年だった

お出かけにはもってこいの季節が来たけれど、なにぶん、こうした情勢ということもあり、隣県に住む女友達と、LINEで語り合っていた。もう「きれいごと」だけでやっていける年ごろではないのだろうし、そういった状況でもないのかもしれないねと、そういうようなことを話した。かつて我々は少年だった(少女だった)けど、それはそれで尊い時節だったけど、この先、無垢なままでは生きてはいけないのかもしれないと。

彼女は最後に、あなたも「硝子の少年」ではなくなったねと、にこやかに語りかけてくれた。それで我々の会話は終わった。

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いま僕が、年齢相応の見識や洞察力を身に付けているかは何とも言い難いことだと思うし(自己評価と他人様からの評価は往々にして食い違うものである)、相変わらず未熟なところが多いのは間違いないとも思う。それでも、たしかに彼女の言う通り「硝子の少年」ではなくなったとは言えるだろう。もちろん僕だって(いい歳になった男だって)傷ついたり途方に暮れたりすることはある。それでも少しずつ<<硝子>>のような繊細さは失われていることを感じている。それと引き換えに、したたかさ(あるいは老獪さ)を獲得してきているような気がする。

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「硝子の少年」の主人公は、あまりに無垢だ。あるいは無防備だ。

<<君は誰かに抱かれ>>
<<立ちすくむぼくのこと見ない振りした>>

<<誰かに抱かれ>>る人は、かつて<<愛してた>>女性なのだと思う。その姿を見て<<立ちすく>>んでしまう彼。かつての恋人が誰かに愛されていることを喜べないのは、まさに<<少年>>のようにイノセントなことであると思うし、言い方を変えれば、ナイーブで無様なことであるようにも思える。

イノセントであること、無様であること。それはある種の輝きを持っていると、この歳になった僕でも思う。

僕自身が、むかしのガールフレンドに何処かで出くわした時、恐らく<<立ちすくむ>>ことはないだろうと思う(そういうことは実現してみないと分からないものだとも思うけど)。つまり僕は、もう自他ともに認めるほどに、年を重ねてしまっているわけだ。<<少年>>であるどころか「青年」でさえない、中年、あるいは初老と呼ばれるような年齢に達している。滅多なことで激昂することはなくなった。それでも「激昂」できた<<少年時代>>を、いま懐かしんだりもするのだ。

高校時代のことだろうか、ミュージシャンになろうと練習を重ねていた知己が、スタジオで「このままじゃプロになれない!」と叫んだという話を(別の知己から)訊いた。それを耳にした皆が笑っていた、何を熱くなっているんだか、大して技量もセンスもないくせにと。それでも僕は、彼が叫べたということ、それほどまでに「何かを叶えたい」と願えていたことは、決して無様なことではないと思ったし、それを嘲笑する人のほうが間違っていると思い、激しい怒りに駆られた。

もっとも僕は、その「叫んだ」知己と、特に親しいわけではなかったし、音楽の趣味も違っていたので、彼のライブに足を運んだり、デモ音源を買ったりするような「積極的な協力」はしなかった。そして彼が結局、夢を叶えられたかは、ここに書くことを避けたい。とにかく強調したいのは、<<少年>>であるがゆえに持てる不安定さというのは、<<きらり>>と光るものだという私見である。

<<ぼくの心はひび割れたビー玉さ>>

いま、あらためて「硝子の少年」を聴いてみると、そこに含まれる上記のセンテンスにふれると、光GENJIの「ガラスの十代」が連想される。

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光GENJIの「全盛期」とでも呼ぶべき数年、まだ僕は幼かったので、彼らのキャリアについて詳しいことは知らない。大ヒット曲の歌詞くらいしか覚えていない。それでも、世間知らずの僕にさえ、その名とメロディーが届いてくるほどの活動をした光GENJIが、言うなれば<<硝子の少年時代を>>音楽に賭けたことは察せる。ものすごい数のファンから声援を届けられるというのは、青少年にとって嬉しいことであると同時に、とてつもないプレッシャーを感じさせることでもあったのではないだろうか。

若さというのは、あらゆる言葉を過剰に鋭く感じさせるものではないかと、個人的な経験から考える。称賛されることに時として疲れ、批判されることに時には怯え、そんな風に光GENJIは歩んだのではないかと想像するのだ。光GENJIは、その(客観的には)輝かしく見えるキャリアのなかで、どのような人生経験を獲得し、どのような思い出を得られたのだろうか。

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「ガラスの十代」では、自身の心のうちが不安定であることを認める、そんな主人公の姿が描かれる。

<<行ったり 来たりさ 光と影を>>

たしかに僕も<<十代>>、まさに<<光と影を>>味わいつづけていたように思う。その中間のような状態、つまり強い歓びも深い悲しみも感じない、平穏な心的状況になることは、あまりなかったように記憶している。ある時は(今にして思えば過剰なほどに)悩みすぎたし、また別の時には、大それたことを成し遂げてもいないのに喜びすぎた。でも、それは<<少年>>にとっては、悲嘆に暮れるほどの、あるいは感極まるほどの出来事だったのだ。

<<こわれそうなものばかり 集めてしまうよ>>

ここには光GENJIの(楽曲の主人公の)嘆きが込められているように感じられる。作詞者が、そして光GENJIが、何を<<こわれそうなもの>>と呼んだのか、十全には理解できない。だから僕は、かつて<<少年>>だった自分が、何を<<集めてしま>>っていたのかを回想してみる…いや、それはやめよう。たしかにそれは<<こわれそうなものばかり>>だったし、それを書いてしまうことで誰かのプライバシーを損なうことになりかねないとも思えるからだ。

それでも光GENJIは、嘆きのようなフレーズを放ちつつも、こんなことを歌いもするのだ。

<<輝きは飾りじゃない>>

きっと光GENJIが<<集め>>たものも、僕が(あるいは各地の少年少女が)<<集め>>たものも、何かしらの<<輝き>>を持っていて、それは少なくとも当時の僕たちにとっては、<<飾り>>などではない、愛でざるを得ないものだったのだと思う。

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<<何かが終わってはじまる>>
<<つまずきは いつだって 僕達の仕事だから>>

前述したように、もう僕は若くない。それでも何かしら、望ましいものが新たに始まっているのだとしたら(そう信じたいものだ)、まだ<<蒼い日々>>を過ごすことも不可能ではないのかもしれない。そして、この歳になっても、時として<<つまず>>くことがある僕を、光GENJIが温かく見守ってくれているのだとしたら、その手の挫折を<<仕事>>だと受け止めて、歩ける限りは歩いていかなければと思う。

※<<>>内はKinKi Kids「硝子の少年」、光GENJI「ガラスの十代」の歌詞より引用

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