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Everything Going To Be Alright

ポール・バターフィールドのハーモニカがぶっ飛んだ感覚を吹き抜ける今このひとときに不安なんて無い

Everything Going To Be Alright 
すべてうまくゆく、大丈夫だ
だいじょうぶだ
だいじょうぶだぁ

僕らが今必要としているメッセージはこれだと思う。
先行きは見えない。この不安を早く乗り越えたい。
大丈夫と言ってほしい。また笑いたい。
 

“Everything Going To Be Alright”
ポール・バターフィールドがそう歌ったのは、1970年、THE PAUL BUTTERFIELD BLUES BANDのライブアルバム「LIVE」での事だ。アルバムを再生すれば最初に厳然と現れるこの曲は、掴みとして完璧な素晴らしい名演だ。そしてこれがまったく強烈なのだ。
吹き鳴らされるハーモニカは、アンプリファイドハープといって、ハーモニカを吹いた音をマイクからアンプを通して聞かせるというものらしい。ポール・バターフィールドは素晴らしすぎる肺活量と声量によって、今まで聞いたことのない自信に満ちた世界を現出させる。バターフィールドがハープを吹き鳴らせば、音楽それ以上に、その空間全体が揺らぐのだ。列車が走る様に、向こうからこちら側へと響き鳴らされてゆく蒸気機関車の汽笛のように、迫り来る音は威風堂々だ。これがロックでなくて何がロックだ。まったく感嘆すべき体感だ。
もしもロックを、ギターによる焦燥音楽、と思って信じている人がいるなら、これは聴かせたい。
空間を切り裂くギター、というのはロックの名演奏に多々あるが、空間を揺るがせる如くのギターはなかなか出逢えないものだ。それをポール・バターフィールドはハーモニカでやるのだ。これは凄いぞ。

“Everything Going To Be Alright”に於けるハーモニカのソロ演奏は第一波から二波、三波、四波へと大胆な展開のなかに組み込まれている。ブルースハープが始まれば、息を呑むように、聞き耳を立て、心を静かに、音に引き込まれてゆく自分は、無力であるにもかかわらず、理由もなく自信に充ちる。何故かは分からないが、音楽の体感というのはやはり素晴らしいものだと思う。

“Everything Going To Be Alright”
この言葉をタイトルとする曲はシカゴブルースのハーモニカ奏者リトル・ウォルターによる名曲らしい。
またこの言葉のフレーズは、そのシカゴブルースの伝説、偉大なる歌手、マディ・ウォーターズの名曲”MANNISH BOY”の最初に、かならず歌われる必殺フレーズでもある。”MANNISH BOY”の冒頭で、マディ・ウォーターズが”オーイェー””オーイェー”と2回繰り返せば、その後に続いて”Everything’s gonna be alright this morning”と、言葉が繰り出される。大丈夫だ、だいじょうぶだ、と言い聞かされるが如く。そしてこのブルースの、自信に満ちた世界は、揺るぎない強烈なリズムによって、聴き手をまったく自然にも鼓舞し、その自信にさえなってゆくように聞こえてくる。ブルースのビート、リズムはワンコードでじゅうぶんなのだという、シンプルかつ大胆な主張は、マディ・ウォーターズを支えるバンドの面々による合いの手、あるいは聞き手、観客による掛け声、繰り返される”イェー”の声によって確信へと変わる。ここでも肝要となるハーモニカ音である。ギターと共に、ブルースには不可欠な楽器なのがよく分かる。
マディ・ウォーターズといえば、彼がローリング・ストーンズと共演した1981年の映像があって、僕はそれを高校生くらいの時に見た記憶がある。その頃は簡単に映像を探すのもむずかしかった時代だったが、今の時代は直ぐにその記憶を現実のものとして観ることが出来るのだから良いものだ。記憶を確かにする、という行為が楽になったのかもしれない。
ストーンズがウォーターズと共演した曲のなかに、”MANNISH BOY”があった。ストーンズによるカバーバージョンは「Love You Live」と「Sucking In The Seventies」のアルバムで聴くことが出来る。”MANNISH BOY”のブルースが表す強烈なリズムはいつ聴いても素晴らしい。ザ・バンドの映画「ラスト・ワルツ」でもこの曲はマディ・ウォーターズの出演により演奏されていたが、自分が若い頃は、この単調さがよく分からないもので、退屈だと思ったのかもしれない。だが今はこれが最高に響くのだから、時と共に心境も受容も変わるものだと思う。
 

僕は最初ロックを聴き始めた頃、ローリング・ストーンズの「ブルース」が好きだった。特に1970年前後、70年代初期のストーンズはブルース解釈が素晴らしかった。初めに夢中になって聴いた曲は、”Stop Breaking Down”で、それはラジオ放送で聞いたものだったと思う。初めて感じた通り、今思ってみても、このブルースは腰に来る。腰から背中を這い上がってリズムが揺らいで心拍までを奮わせる魅惑のビートだ。オリジナル曲が、何十年前の伝説のブルースマン、ロバート・ジョンソンによるものだとして、このローリング・ストーンズの解釈は如何に冴えていることかと思う。ここでも強烈な響きを撒き散らすアンプリファイドハープの音である。
ミック・ジャガーも素晴らしいハーモニカ奏者だ。例えば、1969年の「LET IT BLEED」のアルバムにも、ストーンズのブルースとミックのハーモニカの名演が聞ける”Midnight Rambler”という曲がある。何年経っていつ聴いても刺激的な音響で鳴るストーンズのオリジナルブルースだが、この時代は、ブルースがロックのなかに強く息づいていた時節だった。ただ、”伝説の”「ブルース」を新たな解釈で変革させるという以上に、ブルースに根差した新しい「ロック」の独立性。そしてロックはブルースの影響なくしてこれほどの強烈さを身に付けることは出来なかったのだと思う。そこから時代は進めば、次の世代は「ロック」に影響を受けたロックになり、ブルースが次第に見えづらくなっていく面はあるだろう。今の時代から見て伝説のロックバンドには確かに「ブルース」があったのだ。

ローリング・ストーンズ「レット・イット・ブリード」のCDを、僕は高校生の時に聴き始めたが、その当時、CDの解説の一部にコメントを寄せていたのは、ブルーハーツの甲本ヒロトさんだった。ストーンズの来日公演で一番聴きたかったのが”Midnight Rambler”だというような事だったと思う。この「レット・イット・ブリード」の時代、ミック・テイラーがギタリストだったときのストーンズが演奏したブルースは強力だった。その後のストーンズはブルースを強烈にやらなくなったと僕は感じる。70年代後期ロン・ウッドがギタリストの時代にブルース曲をいくつか作っているが、それはかつてほどに響いてこないのだ。それは何故か。例えばローリング・ストーンズ1972年の名作「メイン・ストリートのならず者」の時が境目である。理由は分からないが、起点はここだ。そもそもローリング・ストーンズの音楽のリズム解釈自体が、1973年のアルバム「山羊の頭のスープ」から変革する。ブルース解釈に及ぶその影響は強いと思う。
ストーンズがブルースを本当に本気で取り戻したのは、近年2016年の傑作「BLUE & LONESOME」だと思う。ここではミック・ジャガーのハーモニカ奏者としての実力が遺憾なく披露される。リトル・ウォルターのブルースは実に4曲も取り上げられている。

それらのなかの1曲のタイトル”Hate To See You Go”を見て思い出した。僕はリトル・ウォルターのブルースを大学生になった頃に聴いたが、その時に手にしたCDはアルバム「Hate To See You Go」だった。これは強烈なインパクトだ。ジャケットに映るリトル・ウォルターの顔は生々しい傷跡をあらわにした凄みのある形相だった。リトル・ウォルターは1968年に喧嘩がもとで亡くなっているらしい。だとしたら顔の傷跡が喧嘩に依るものなのかもしれないと思えば、ブルースに捧げる人生も生半可じゃないと思う。

リトル・ウォルターを聴くきっかけは、なんだったのか今思い出せないけれど、同じ時に聴いたのがたぶんポール・バターフィールドだったのだと思う。バターフィールドがリトル・ウォルターに影響を受けたという話を何処で聞いたのかも思い出せないが、つながりはそこだった。
ストーンズ”Stop Breaking Down”は素晴らしいハーモニカを響かせるブルースだが、それが流れてきたラジオ番組のなかで同時に紹介されたのが、ポール・バターフィールズ・ベターデイズの”New Walkin’Blues”だ。
これも伝説のロバート・ジョンソンのブルースカバーだった。ロックに於けるロバート・ジョンソンカバーを3つ選ぶとエリック・クラプトンのバンド、クリームの”Crossroads”と合わせて決定版だ。「ロック」は「ブルース」を強烈に拡大しようと試みた。しかし、結局のところ、原初性、原色には敵わないのかもしれない。そうであるにせよ、若さと情熱は、常に革新を求めるものだ。
PAUL BUTTERFIELD’S BETTER DAYS
“New Walkin’Blues”は1973年の傑作だ。このブルースはエレクトリックギターとオルガン、ハーモニカによるソロ演奏が順に回される展開になっている。ソロではないがスライドギターの音色も強い。これを過激に鳴らすジェフ・マルダーもブルースのミュージシャンだ。また、アメリカンルーツミュージックの界隈で絶品の美しいギターを弾く印象が強いエイモス・ギャレットがここでは軋轢のエレキを鳴らしているのが刺激的だ。ベター・デイズのバンドはこの時代のアメリカのルーツミュージックの名手が寄せ集まっている稀な共同体だった。ニューオーリンズのロニー・バロンがオルガンのソロを拡張すれば、ブルースはさらに「ブルース」以上に、間隔と感覚を逸脱する。そして締めは流石のポール・バターフィールドである。バターフィールドのアンプリファイドハープはやはり世界を変える。空間を揺るがせる。その一音が鳴るだけで聞き手の心はそこに止まるのだ。

ポール・バターフィールドが影響を受けたリトル・ウォルター、と自分は思い込んでいたのか、しかしそれ以外にも伝説のブルースミュージシャンにハーモニカの名手は多い。調べてみれば、ビッグ・ウォルター・ホートンの方がポール・バターフィールドのスタイルに通じているのかもしれない。ジュニア・ウェルズ、サニー・ボーイ・ウィリアムスン、など他にも素晴らしい名手がいる。僕はロックばかり聴いて、黒人ブルースを深く追究してこなかったのだから、ブルースを語る資格がない。好きなブルースマンはマディ・ウォーターズとハウリン・ウルフという所で止まる。
自分にとってブルースと言えばまず、1960年代のイギリスのブルースロックだった。ジョン・メイオール、ピーター・グリーン、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジだった。僕らの若い頃は三大ギタリスト、クラプトン、ベック、ペイジが必修のように言われていた。僕はそれを信じた純粋な高校生だった。しかし、好きなのはピーター・グリーンだったというところで道を違えたのかもしれない。ギタリストはもっと素晴らしい名手が幾らでもいるというのにどんどん引き込まれていって、どこまでゆくのか分からなくなった。クラプトン、ベック、ペイジの全貌を未だ把握していない。

ピーター・グリーンのバンド、フリートウッド・マックに”NO PLACE TO GO”という曲がある。1968年の曲らしい。これは聴けば分かるが、歌詞の通り”How Many More Years”というハウリン・ウルフのブルース曲の改題である。ここでもハーモニカの演奏が聞こえるが、一番の印象はシンプルなワンコードリズムだ。ブルースギターの名手ピーター・グリーンのギターはここにあまり響いてはこない。繰り出されるビートは単調だが強い。
そして、ハウリン・ウルフの”How Many More Years”をまたもや改題したのは、翌年1969年のレッド・ツェッペリンである。ファーストアルバム「LED ZEPPELIN」の最後にある”How Many More Times”のタイトルはほとんどそのままだ。大胆な展開はあるが、これもいわばシンプルなワンコードリズムが支配するブルースを基調にする。

僕はアメリカのロックバンド、リトル・フィートの初期の2枚のアルバムは、レッド・ツェッペリンに非常に影響されていると思う。ロックが好きな人なら気付いておられるかもしれない。1971年のリトル・フィート「LITTLE FEAT」にも実にハウリン・ウルフの”How Many More Years”がカバーされているのだ。ここは改題ではなく、”Fourty-four Blues How Many More Years”のメドレーの1曲となっている。リトル・フィートのヴォーカル、ローウェル・ジョージは、初期のアルバムでは意識的にダミ声で歌うようなことがよくある。これはリトル・フィートがフランク・ザッパ人脈の派生であり、そこにいたキャプテン・ビーフハートの影響ではあるのかもしれない。
ローウェル・ジョージは戦前のブルースマンであるかの如く歪ませたような音響で声をそこに通している。しかし、これは、レッド・ツェッペリンの1970年「Ⅲ」に於ける”Hats Off To(Roy)Harper”の手法、スタイルではないのか。過度に強調されたブルース感覚と過激な解釈。ロバート・プラントの声も同じく歪ませたように加工されているのだ。

この時代のロックミュージシャンが、影響を受けたのは間違いないキャプテン・ビーフハートのブルース解釈だが、ジョン・レノンもその一人だったのかもしれないという曲がある。2000年にCD化された1970年作品「ジョンの魂」のアルバムのボーナストラックに”Do The Oz”というのがあった。僕はこれをキャプテン・ビーフハートだと感じてしまった。そしてこの曲と並べてよく聴いたのが、1972年のローリング・ストーンズ「メイン・ストリートのならず者」のアルバムにある”Ventilator Blues”だった。違和感がない。

僕は初め、リトル・フィートを聴くきっかけは、高校生の時分にCD店の壁に飾られていたところに書いてあった紹介文によるものだったのだと思う。そこにはあのローリング・ストーンズのメンバー、レッド・ツェッペリンのメンバーがリトル・フィートのライブに通ったという情報だった。それがほんとかデマかは分からないが、とにかく若い時分にはそういう話が大好物なものだ。
実際にリトル・フィートを最初に聴いたアルバムは1972年の「SAILIN’SHOES」と1973年の「DIXIE CHICKEN」だった。「セイリン・シューズ」は好きだけど、「ディキシー・チキン」には理解が及ばなかった。この2枚は続く作品であるにもかかわらず大いに違った。後から知れば、「ディキシー・チキン」はニューオーリンズとアラン・トゥーサンの影響が強いらしい。自分には解らなかった。そういえば「ディキシー・チキン」の解説を書いていたのは細野晴臣さんかもしれない。僕はその時この人の事は全然知らない。
後々になって「セイリン・シューズ」を聴き、遡って前作「リトル・フィート」を聴いていて気づいた。これはレッド・ツェッペリンじゃないか。例えば「セイリン・シューズ」のアルバムにある”Cold Cold Cold”のヘヴィーなドラムのリズムとビートはジョン・ボーナムだ。ツェッペリンの”When The Levee Breaks”みたいだ。”A Apolitical Blues”は、またもや異形のデルタブルースを模している。”Teenage Nervous Breakdown”の性急なロックンロールはまさしく、ツェッペリンの”Rock And Roll”と通ずる。
そう思えば、「セイリン・シューズ」はツェッペリン1971年のアルバム「Ⅳ」の翌年である。だとしたら、「リトル・フィート」のアルバムでハウリン・ウルフの”How Many More Years”をカバーした意図も見えてくるのかもしれないと思うのだ。

代わってローリング・ストーンズはたぶんきっとリトル・フィートに影響されていると思う。その情報は間違っていなかったのかもしれない。例えば「リトル・フィート」のアルバムにある”Truck Stop Girl”を聴くと、これはストーンズ「メイン・ストリートならず者」に入っていてもおかしくないような歌だ。ストーンズが標榜したスワンプロックムーヴメントの視野にはリトル・フィートが居たのだと思う。当時のギタリスト、ミック・テイラーは後年リトル・フィートのライブに参加していて、逆にミック・テイラーのソロアルバムにはローウェル・ジョージが参加しているのだから交流はあったのだろう。

話は超絶に逸脱した。こんなことばかり考えてるから内容はまとまらない。
ブルースに話題を戻せば、
レッド・ツェッペリンの「Ⅳ」の最後を締める”When The Levee Breaks”は、おもいっきりデルタブルースである。ここでもブルースは過激に解釈されている。そしてここにも最強度のアンプリファイドハープが鳴り響かされるのだ。ロバート・プラントもけっこうなハーモニカ奏者だと思う。しかしこの音響はジミー・ペイジの才覚と加工かもしれない。

僕はロックを聴きながらこういう強烈なブルースに影響を受けた。
今日の本当の主役はポール・バターフィールドである。バターフィールドを知らない人には勧めたい動画がある。
1977年のスタジオライブを映した”Slow Down”という曲では、ザ・バンドのドラム奏者リヴォン・ヘルム、キーボードにドクター・ジョン、サックスにデヴィッド・サンボーン、歌にハーモニカがポール・バターフィールドというめちゃ濃いメンバーでロックンロールクラシックをスローダウンなスタイルで繰り広げてゆくのだ。これが素晴らしいグルーヴで堪らない。
ここでもバターフィールドのアンプリファイドハープは空間的だ。何よりリヴォン・ヘルムのあの揺らめくビートにそれが乗るのだから豊潤に豊潤は重なる。

もうひとつは1979年のライブを映した”Born In Chicago”という曲だ。ここにはベースでザ・バンドのメンバーだったリック・ダンコが参加している。79年という時代もあるか、ここで繰り広げられるのは、スピード感鋭い性急なロックンロールだ。パブロックのムーヴメントの一員と捉えてもおかしくない若々しさである。ポール・バターフィールドのアンプリファイドハープのソロ演奏はやはり強烈だ。共に演奏するバンドメンバーでさえもみんなが手を止めてそれを見るくらいだ。速いうえに強い。そして空間は絶対的に揺らぐ。

みっつめは1969年のライブを映した”Everything Going To Be Alright”である。ポール・バターフィールドのハーモニカはこれでもかと言わんばかりに晴れ晴れしている。先ずもって動きが美しい。ハーモニカを吹きながら、”イェー”と言っているのが聞こえてくるのがとんでもないことだ。そんなハーモニカ奏者は他に知らない。バターフィールド・ブルース・バンドを編成しているところを見れば、4管ないし5管のブラスセクションが配置されているが、それらにひとりで対峙するほどの強烈さを示すリーダーのポール・バターフィールドである。ここでもハーモニカのソロ演奏を皆が手を止めて見るのが映し出されている。
これは凄いぞ。とんでもないことだ。

Everything Going To Be Alright
きっとすべてがうまくゆく
音楽が伝えるものを別の形でも良いから信じてみたい。

大丈夫だ。

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