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2017年8月24日

フナムシ (38歳)

星野源の歌詞の世界の車窓から〜「Family Song」の世界〜

愛という言葉を使わずに表現される愛の世界観

 

言葉にならない。

星野源の最新シングル Family Songを聴いた最初の感想はこの一言だった。

新曲の発表を待ち望んでいたからかもしれないし、
星野源のファンだからかもしれない。
 

でも、SUNをひと聴き惚れしたとき、
アルバムYELLOW DANCER で音楽の楽しさを思い出したとき、
ばかのうたやエピソードなど過去のアルバムを聴いてその繋がりを感じて胸が熱くなったとき、
恋を聴いてとにかくウキウキしたとき、
Continues を聴いて心が震えたとき、
YELLOW VOYAGEを観て鳥肌が立ったとき、
そのどれとも違う感覚だった。

ミドルテンポのリズムをしっかりと感じながら
ストリングスの心地よい響きにうっとりしながら、
誰も置いてきぼりにしない、
どちらかといえば抽象的でもあるFamily Songの歌詞は、
確実に一発で私の心に染みわたった。
 

ただ 幸せが 一日でも多く 側にありますように
悲しみは 次のあなたへの 橋になりますように
遠い場所も繋がっているよ

今年の5月に亡くなった母の顔が脳裏に浮かんだ。

忙しい人だった。誇張ではなく、朝から晩まで働いていた。なのに、食卓にレトルトのものが並んだことはなかった。いつも家族の健康を気にしていた。
18歳から一人暮らしをしていたので、もう人生の半分は母と共に過ごしていない。
それでも、私にとってあまりに大きな人だった。

進学するとき、就職するとき、結婚するとき。
人生の岐路に立ったとき、母は一度も自分の意見を言わなかった。
ただ、私が決めたことを応援してくれた。
そういえば、小学校のマラソン大会でビリになる程足が遅いのに中学で陸上部に入ったときも笑ったりしなかったし、小学生になっても補助輪を外した自転車に乗れなくてからかわれた時には暗くなるまで付き合ってくれた。
学生時代、頑張りなさいと言われたことはあったけど、勉強しなさいと言われたことは一度もなかった。

母はいつも祈ってくれていた。偉大な人だ。
人生は幸せばかりではないからこそ、私の幸せが1日でも多くあるようにいつも祈ってくれていたのだと思う。
自分の考える幸せに導いたり、口出ししたりはせず、ただ祈ってくれていた。そのことを、分かっていたようで、分かっていなかったなと、曲を聴いて思い知らされた。

つい先回りしたり、自分の考える幸せを押し付けたり、口出ししてしまいそうになる自分の母親としての未熟さを思い知らされたりもした。
また、それさえも認めてもらえているような気もした。

子供達の寝顔を見ながら聴くと、涙が溢れた。
妹からLINEで4月に産まれた双子の甥の写真が送られてくるたびに脳内にFamily Songが流れた。

あなたは 何処へも行ける
あなたは 何にでもなれる

○○だからいいとか、
○○が△△だから素晴らしいといった感想を何度も書いては消し、書いては消した。
全て嘘くさく思えた。

ただ、言葉にならないのだ。
 

愛という言葉を使わずに、
愛を表現する星野源の歌詞の世界が好きだ。

愛を言葉にすることは難しいと思う。
好きだとか、愛してるとか、そういう言葉は単なる記号でしかなくて、
私は子供をどんな風に愛しているか、
具体的に語れば語るほど真実からは遠ざかった分析になってしまう。
愛情の表現方法も千差万別で、そもそも表現していようがいまいが、愛は日々の暮らしの中に、それぞれの中にあるものだと思う。
…こんなことを言っていても結局は嘘くさい。
どんなに言葉を尽くしても、家族への愛を語り尽くすことができないように、
Family Songを聴いて震えた私の心の有り様は説明できる気がしない。
 

1stシングル「くだらないの中に」の歌詞の一節が浮かんだ。

僕は時代のものじゃなくて
あなたのものになりたいんだ

私にとって、「恋」は時代のものだった。
「恋」といえば恋ダンス。ウキウキするし、楽しい。
2016年を象徴する1曲になったが、
それは一気にスターダムへ駆け上がった星野源と自分との間に、
ある種の隔たりを感じたような出来事でもあった。
ラジオで流れた弾き語りの「恋」を聴いて、やっと「恋」が私のものになったと感じた。
 

Family Song は、聴いたとき、歌詞を見たとき、
一瞬で私のものになった、と感じた。

正直言って動揺を抑えられなかった。

いいんだけど。凄くいいんだけど。
心が震えすぎて、まともに聴くと感情が溢れ出してしまいそうだった。
口ずさむと、未だにサビのところで声が詰まり、
まともに歌えなくなる。
切なくなるとか、辛くなるのとはまた違う。

家族を定義するのに、血の繋がりや、距離は関係ない、と星野源は言う。
同性同士であっても、ペットでも、離れていても、家族になれると。
私も、家族とは、必ずしも血縁や同居が必要なものではなく、愛情によって繋がった共同体だと思う。

そう思うと、天国の母と私は、まだ家族なんだと思えた。
 

奇想天外なミュージック・ビデオが公開された。
性別がごちゃ混ぜの、昭和の家族のパロディには心が和んだ。

「そうは言っても楽しい気持ちで聴いて欲しい」

そんなメッセージが込められているような気がした。

ピンクの家で女装した星野源が踊る。
やっと、動揺から少し落ち着きを取り戻せた気がした。

天国の母に、もう泣かなくてもいいんだよ、
と言われた気がしたのだった。

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