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「日常」についての一考察

“小沢健二『彗星』に寄せて”

今日は、2020年4月29日水曜日、僕たち家族はまだ生きている。

2020年1月9日、東京新聞。「新型コロナウイルス検出 TV報道 中国の原因不明肺炎」という記事が載る。
2月27日、文科省が小中学校・高校・特別支援学校の臨時休校を決定。
4月7日、安部首相から7都府県に「緊急事態宣言」が出される。
ありふれた「日常」は失われ、新年度から自宅勤務が始まった。

NHKの「爆問学問-爆笑問題のニッポンの教養-」(2009年6月9日放送)で東京大学・先端科学技術研究センターの福島智教授(ご自身も視覚と聴覚に「障害」がある)は「障害とは社会的なものである」という主旨の発言をしている。
番組を見てから11年、今僕も同じように考えている。

「特別支援教育」に関わる教師を20年間続けてきて、今僕が思うことは、「障害児」とか「障害者」という言葉は表現として適切ではないということだ。
正しくは、「時代背景やその国の社会システムから『障害』を背負わされている、子どもたちや大人たち」なのだと考える。

こんな真面目な文章を臆面もなく書いている僕だが、大学3年になるまで教師になるという将来像はなかった。教職課程は履修していたが、未来はぼんやりとしていた。
自分の偏差値で入ることのできる大学に入り、何となく「経済学」を学べれば良いかな、という考えだった。なので、大学に入ったは良いが、まあ、授業が面白くない。
どうにも冴えない「日常」、あまり陽の当たらない毎日だった。

1991年、フリッパーズ・ギターを解散した(終わらせた?)小沢健二と小山田圭吾(Cornelius)は、各々違う方向性(とも思われる)の「音楽」を紡いでいった。小沢健二は世間から「オザケン」と呼ばれるようになっていた。

1994年発表の2ndアルバム『LIFE』は、陽の当たらない僕の「日常」にパラダイムシフトをもたらした。

「それで
 LIFE IS COMIN’BACK IS COMIN’BACK 僕らを待つ 
 OH BABY LOVELY LOVELY
 こんなすてきなデイズ
 
 世界に向かってハローなんつって手を振る
 OH BABY LOVELY LOVELY
 気嫌無敵なデイズ」

(『ラブリー』1994)

当時、僕の父は腎臓がんを患い闘病中であった。父は特別支援学校(当時は養護学校)の教師であり、研究者であり、子どもたちの教育条件を良くするための活動をしていた。偉大過ぎる父の背中を見ていたので、自分なんかが教師になれるはずがないと諦めていた。

そんな僕の唯一の「光」が、オザケンの音楽を聴くことであった。
ポータブルCDプレイヤーで聴いた『LIFE』
何となく薄曇りだった僕の「日常」が、光のシャワーで彩られていくような、体中の細胞が音を奏でて再生していくような、不思議な感覚。

「世の中に対する考え方や見方を変えるだけで、こんなに毎日は楽しいんだよ♪」
「生きていること、そのこと自体が、かけがえのない奇跡なんだよ♪」

そんなシンプルなメッセージが、どの曲にも込められているように感じた。あらゆる「生命」への賛歌だと思った。
漠としていた自分の将来について「決断の時」が来たと考えた。

どんな仕事をしたいのか、散々考えても見つからなかった。
ずっと自分のそばにあった、ということに気が付いた。
1994年、大学3年の時、僕は教師になろうと決意した。

「1995年 冬は長くって寒くて
 心凍えそうだったよね

 だけど少年少女は生まれ 作曲して 録音したりしてる
 僕の部屋にも届く」

(『彗星』2019)

1995年8月に父は他界した。
1996年、教師になるために地方にある国立大学の大学院に進学した。
父が亡くなったことでの喪失感はあったが、オザケンの音楽を聴きながらキラキラとした「日常」を生きていこう、と考えていた。

原宿あたり風を切って歩きながら、仲間たちとテーブルのピザとかチキンとか、ビールでいっきに流しこみ、曲を作っていたら、日本の音楽史に遺る名盤を作ってしまったオザケンこと小沢健二。

そんな僕の前から、オザケンは突然姿を消した。1998年のことだった。

一体どんな「旅に出る理由」があったのか。

「ぼくらの住むこの世界では旅に出る理由があり
 誰もみな手をふってはしばし別れる」

(『ぼくらが旅に出る理由』1994)

試験に合格し、希望して特別支援学級の教師になった。
2000年4月、27歳になっていた。
毎日が楽しく、ようやく自分にも『LIFE』のような「日常」がやってきた。
恋人ができて、下北沢を手をつないで歩いた。

「夏にもぎとったオリーブ
 秋に読みあったストーリー
 幸せだけでI’m sorry
 僕の簡単単純なメモリー
 
 やがて夜が来て
 2人ベッド飛びこんで
 あー君とずっと眠りたい!」

(『ドアをノックするのは誰だ?』1994)

幸せだった。「日常」が輝いて見えた。

「電光石火の早業で
 結婚式をすませて
 でっかい黒い犬でも飼って
 子供たちを育て」る日々。

(『それはちょっと』1995)

2000年代は「ミレニアム」「構造改革」なんて言葉が、世の中を席巻していた。
1972年生まれの僕は、第2次ベビーブーマーで「普通」にいってれば、第3次ベビーブームが起こり、日本は「多子高齢化社会」になっていた、はずだった。
ところが、僕たちの世代は「ロストジェネレーション」所謂「ロスジェネ」と呼ばれ、社会から無情にも「放置」され続けた。信じがたいことに、それは今も続いている。

「2000年代を嘘が覆い
 イメージの偽装が横行する
 みんな一緒に騙される 笑」

(『彗星』2019)

「年功序列、終身雇用、そんなの昭和のシステムでしょ?」
気が付かないうちに、僕たちは「経済成長」を是とする新自由主義的なマネーゲームに参加させられていた。富める者は富み、貧しくなる者はどんどん貧しくなっていった。
2000年代に入ったという、何となくHAPPYな「気分」が蔓延し、世の中が明るくなったように見えた。だが、僕たちロスジェネにとっては、ヒリヒリするようなリアルな「日常」しか無かった。必死で生きていた。
「経世済民」とは、程遠い社会がそこにはあった。

一方、オザケンはNYにいるとか、いないとか。
たまに発売されるアルバムを聴いても、「いい音楽だな」とは思うけれど、『LIFE』のように、CDが擦り切れるまで(実際には擦り切れないけれど)聴く気持ちにはなれなかった。

仕事と子育ての真っ最中。一体いつになったらオザケンは日本に戻り、ふたたび『LIFE』のような名盤を作り、ツアーをやってくれるのだろうかとずっと想っていた。想い続けて、想い続けて、それでも僕たちの前には現れてくれなくて。たまに、ゲリラ的に現れて、昔の曲を演奏する。『LIFE』を作ったオザケンは、もういなくなってしまったのかと悲しくなった。

2017年2月、シングル『流動体について』で、小沢健二は「再始動」する。あんなに、待ちわびていたのに、なぜか聴き込むことはしなかった。
自分でも不思議だった。

『LIFE』から25年、2019年の秋、YouTubeで『彗星』を聴いた。

震えた。
身体中の細胞が音を立てて再生していくようだった。
オザケンが帰ってきた。
この男の子はオザケンの息子?
様々な感情が溢れ過ぎて、どんな表情をしたら良いのか分からなくなった。
涙した。

長い長い旅に出たオザケンが、やっと帰ってきてくれた。本当に嬉しかった。「旅に出る理由」なんて、もうどうでも良かった。僕は47歳になっていた。

「そして時は 2020 全力疾走してきたよね」

“うん、してきた”

「今ここにある この暮らしでは すべてが起こる
 儚い永遠をゆく 波打ち砕ける

 真っ暗闇を撃つ 太陽みたいに とても冴えた気持ち
 グラス高くかかげ 思いっきり祝いたいよね

 今遠くにいるあのひとを 時に思い出すよ
 笑い声と音楽の青春の日々を

(中略)

 あふれる愛 止まらない泉
 はるか遠い昔 湧き出した美しさは ここに

 今ここにある この暮らしこそが 宇宙だよと
 今も僕は思うよ なんて素敵なんだろうと」

「あふれる愛がやってくる その謎について考えてる
 高まる波 近づいてる 感じる」

(『彗星』2019)

父は49歳で他界した。僕は、家族や友人たちに「50歳の誕生日を迎えることがリアルに夢なんだ」と言う。するとだいたい「またぁー」なんて茶化されるが、事実である。

冴えない大学生だった僕は、2020年の今、特別支援学校で教師をしている。
父への喪失感をオザケンの音楽が救ってくれた。そして、オザケンの音楽が聴けなくなることで喪失感を感じた。そして、また「歓喜の音楽」を聴くことができる。そんなふうに考えていた。

今日は、2020年4月29日水曜日。
今、世界中を震撼させる事態が続いている。大好きなライブやフェスにも行けない。「アベノマスク」なるよく分からないものが、わが家にも届くそうだ。「笑」というか「呆」

まだ、外に出ても良かった頃、娘2人と「原宿あたり風を切って歩いて」タピオカ・ミルクティーを飲みながら、表参道をスキップした。

「世界に向かって ハローなんつって手を振る」と歌っていたオザケンが、帰ってきた。
再び「日常」を再定義する音楽家になって、旅から帰ってきてくれた。

今、その「日常」が危機を迎えている。

まだ、死ねない!

もっと、特別支援教育を前進させたい!

全ての「生命」に価値がある、ということを伝えたい!

娘たちの結婚式に出たい!

孫をこの手で抱きしめたい!

愛する妻と退職後、まだ見ぬ「世界」を旅してみたい!

オザケンのライブで「LIFE IS COMIN’BACK!」と大きな声で叫びたい!!

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