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SWEET 39 BLUES

安室奈美恵と櫻井和寿が「歌えなくなった」瞬間

本記事の題は「SWEET 39 BLUES」ですが、誤入力ではありません。当方が39歳ですので、そういう題を付けてみたのです。安室奈美恵さんが、40歳のお誕生日を区切りに引退した、その時節を自分が迎えようとしていることが感慨深く、その楽曲を聴きはじめたころのことや、紅白歌合戦での「あの名シーン」が、いまクッキリと浮かび上がってきました。

そして櫻井和寿氏が(Mr.Childrenのフロントマンという立場を離れて、Bank Bandの一員として活動する時、桜井さんは「櫻井」と名乗ります)、2005年のフェスで「あの曲」を歌い、やはり「名シーン」を作り上げた時、櫻井和寿氏は30代の半ばであったはずで、今の私ならその心情を、いくらか推し測れるのではないかと思いもしました。

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安室奈美恵さんも櫻井和寿氏も「現象」を作り上げたという共通項を持つ、と言えるだろう。安室奈美恵さんのメイクやファッションを模した、所謂「アムラー」が一時、爆発的に増えたことは昨日のことのように感じられるし、Mr.Childrenの作品が飛ぶように売れて「ミスチル現象」が起こったことも、昔のことには感じられない。

もっとも(いちおう)男性である私にとっては、「現象」としての安室奈美恵さんには、さほど興味がなかった(もちろん容姿端麗な御方だとは思うけど、単に楽曲や歌声に心を奪われていたということです)。そして「ミスチル現象」が起こった時、あまり小遣いを持っていなかったので、それをリアルタイムで深く心に刻むことはできなかった(アルバムを買うほどのお金は持たなかったということです)。

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高校に入って、少し経ったころのことだろうか、私は安室奈美恵さんのアルバム「SWEET 19 BLUES」を購入した(Mr.Childrenの「BOLERO」を買った、すぐあとだったと思う)。そのころ「SWEET 19 BLUES」は、とうにミリオンを超えるヒット作となっており、これを今さら買うのもどうかと自分でも思ったし、友人にからかわれもした(世事に疎いきみが買うほどのアルバムなんだねえ、というようなことを言われました)。

それでも、遅まきながら「SWEET 19 BLUES」を入手し、安室奈美恵さんの歌を繰り返し聴いたことは、私という人間の礎(いしずえ)を築く、貴重な時間だったと今でも思う。「You’re my sunshine (Hollywood Mix)」や「Don’t wanna cry (Eighteen’s Summer Mix)」といった、それまでは「どこからか聴こえてくる大ヒット曲」でしかなかったものを、身銭を切ることで自室に流したことには、とても大きな意義があった。

歌声からは安室奈美恵さんの闘志のようなものが感じ取れたし、歌詞からは小室哲哉氏や前田たかひろ氏の「女性の心中を推し量ろうとする誠意」を、幼いなりに感じもした。あるいは小室氏と前田氏は、心中を推し量るだけではなく、こんな風に生きていってほしいという、励ましのようなものを詞に込めたのではないかと、今にして思う。当時から朧気ながら思えていたことが、こうして今、自分なりに言語化されているわけだ。

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アルバム「SWEET 19 BLUES」のなかで、いちばん印象に残ったのは、楽曲「SWEET 19 BLUES」(※7thシングルです)である。軽やかな音で幕を開ける本曲で、安室奈美恵さんは、こんなことを歌うのだ。

<<もうすぐ大人ぶらずに 子供の武器も使える>>

この歌詞には本当に、圧倒された。人間は年を重ねることで、言うなれば「鎧」のようなものを脱ぎ捨てて、むしろ無邪気になれるのかと、そんなことを思わされた。もっとも私が20歳になろうとしていた時、<<大人ぶらずに>>生きていられたかは、かなり怪しいところである。背伸びをし、虚勢を張っていたようにも思う。そういう意味では私の成熟は、安室奈美恵さん(楽曲の主人公)よりも、ずっと遅かったわけだ。

たしかに安室奈美恵さんは<<子供の武器も使>>いながら、それからの活動をつづけていったようにも思える。時に見せる笑顔からは、少女のような「屈託のなさ」が感じられたし、また憂いを帯びた眼差しから、それこそ<<子供の>>ような寂しさが伝わってくることもあった。安室奈美恵さんは<<大人>>であり、そして<<子供>>でもあるまま、アーティストとしての長い道を歩きつづけた。

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その安室奈美恵さんが(パワフルな面と可憐な面を併せ持ったアーティストが)、歌えなくなった瞬間が、私の心に焼きついている。1998年の紅白歌合戦で「CAN YOU CELEBRATE?」を歌おうとした安室奈美恵さんは(もちろん途中までは実際に歌ったわけだけど)ステージの前方に歩み出て、万雷の拍手を浴びた時、涙を流して歌声を発しなくなった。

それについては色々な意見があると思う(たとえば「プロフェッショナルとして歌いぬくべきだったのでは」というような声もあるだろう)。そして安室奈美恵さんが、何を思って泣いていたのかは、もちろん私には100パーセントは分からない。それでも思ったのだ、今や人の親となった安室奈美恵さんが<<大人ぶらずに>>、その感情を解き放ったことは、とても美しい達成なのではないかと。

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櫻井和寿氏が「歌えなくなった」のは、前述のとおり2005年のことである。楽曲は「HERO」だ。櫻井氏は感情表現が豊かなヴォーカリストだと感じてきたけど、泣いて歌えなくなる場面を観るのは、あるいは私にとっては初めてだったかもしれない。最後のサビに差し掛かろうとするあたりから、櫻井氏の声は覚束ないものになっていく。

<<そうこうして繰り返していくことが 嬉しい 愛しい>>

何ゆえに櫻井和寿氏が泣いたのかは、やはり私には分からない。安室奈美恵さんが泣いた理由は、何となくは察せる、恐らくは彼女は、出産という大仕事を終え、しばらく音楽活動から離れ、それでも第一線に戻ってこられたこと、それを大声援で迎えられたことに歓びを感じたのだろう。しかし櫻井和寿氏の心情を読むことは、少なくとも私にとっては、想像することさえ難しいことだ。

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前提的に「HERO」というのが、どういう楽曲なのかを考えてみる必要があると思う。「HERO」は<<ただ一人>>を守り抜きたい、そんな気持ちを歌い上げるものである。私は本曲を、恋愛感情を歌うラブソングではないと(ごく個人的に)受け止めている。これは明日を担う幼子に向けられた、成人男子としての決意と慈愛が込められた曲なのではないだろうか。

<<ちっとも謎めいてないし>>
<<今更もう秘密はない>>

たしか櫻井氏も、人の親であったはずである。子どもは成長の過程で、育んでくれる人の「正体」のようなものに、徐々に気付いていくものだと思う。最初は<<謎めいて>>さえ見えた、自分を守ってくれる<<ヒーロー>>は、いつしか「普通の人間」にも見えてくる(それは勿論「悲しいこと」ではないとは思うけど)。そして、大抵の親が、何かしらかの<<秘密>>をもって子を育み、いつしかそれを悟られ、それを機に子の成熟を感じたり、いくばくかの寂しさを感じたりもするのではないだろうか。

それでも櫻井氏は<<でも>>と書きつづった。

<<でもヒーローになりたい>>

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推論ではあるけど、いくつもの願いを叶えた櫻井氏は、いつしか自分が「育まれる側」ではなく「育む側」に立っていたことを思い、それを<<悲しくはない 切なさもない>>と感じられている自分に気づき、育ててくれた人、育てたい人の存在が心にあふれ、泣いたのではないだろうか。

他人様が泣く、その本当の理由は、もちろん私には知りようがない(ことによるとご当人さえ、簡単には要約・言語化できない感情にとらわれて泣くのかもしれない)。それでも私は、櫻井和寿氏が歌えなくなった瞬間は、その長いキャリアのなかに、宝石にも似た一粒の涙のように、輝きつづけているのではないかと思うのだ。

いま39歳となり、むしろ若き日より涙もろくなったことを実感する私は、安室奈美恵さんと櫻井和寿氏が感情に抗えなかった、その気持ちだけは分かると思う。泣いた理由までは分からないけど、感情に抗えないという心的状況は理解できる。だからこそ楽曲「SWEET 19 BLUES」、そして「HERO」は、今を生きる私にこそ、切なくも力強いものに感じられるのだ。

<<さみしさは昔よりも 真実味おびてきたね>>
<<時には苦かったり 渋く思うこともあるだろう>>

たしかに私も、そんな風に思うことがある。大人になることは「強くなること」とは限らないと思うのだ。むしろ己の弱さに気付かされ、社会の世知辛さを思い知らされていく、そのような旅ではないかと感じている。

<<でも明日はくる>>
<<僕らが見ていたいのは 希望に満ちた光だ>>

もう私は「自分だけの幸せ」を願って赦されるような歳ではないと思っている。<<明日>>が、そして<<希望に満ちた光>>が、未来を担う幼子にもたらされることを願いたいし、すでに心から願いはじめているような気さえする。<<臆病者>>ではあるけど、<<自分だけで精一杯>>な時もあるけど、それでも、誰かの存在を思って泣けるような人間であれたら、安室奈美恵さんや櫻井和寿氏の背中に、少しだけ近づけるかもしれない。

※<<>>内は安室奈美恵「SWEET 19 BLUES」、Mr.Children「HERO」の歌詞より引用(「HERO」はBank Bandのアルバム「沿志奏逢」にも収録されています)

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