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1983年の清志郎を見ながら2020年の私たちを考える

『OK』と「SUMMER TOUR '83」

コロナ禍が世界を覆い数多の活動が停止している5月2日、今年も忌野清志郎の命日が訪れた。CSでは「SUMMER TOUR ’83」「ロックンロールショー」を始めとするアーカイブ番組が放送されている。それらをぼんやり観ながらいろんなことが脳裏をよぎる。

脆弱な基盤の上に立っている社会。
不安が生む諍い。
不要不急が意味するもの。
一人ひとりが成すべきこと。

清志郎が生きていたら何を歌うのだろうか。30代前半の清志郎の姿を見ながらそんな事を考える。

1983年のRCサクセションは人気の絶頂期だったが、リリースされたアルバム『OK』は陰鬱で閉塞なトーンが支配するヘヴィーな作品であった。
「ねむれない」「うんざり」「ぼくの心が死んだところさ」
一方で愛おしいものを慈しむ曲が切々と歌われる。
「きみの涙よりも 悲しいものはない」「そばにきみがいれば 何も 変わりはしないさ」
ダウナーな気分を払拭するために大切なものを希求するというストーリーが組まれている、という訳ではない。それらは並列で等価。どちらも重要で大切な感覚として表現されている。83年のライブでも「指輪をはめたい」で感動的な本編が終わった後、アンコールの1発目がウクレレ片手に「うんざり」なのだからギャップの落差に笑ってしまう。このバランス感覚こそが清志郎のスタンスなのだと思う。

非常時には様々な事柄の本質があぶり出される。普段誰も気に留めないことにどんな意味があって、何のために存在して、必要か不必要かの議論まで生まれている。
非常時なんだから不要不急の仕事、不必要な存在ですね、と言われるのは切ないものだ。誰かの役に立っている、必要とされてると皆信じて働いているのだから。
SNSで繰り広げられる数々の運動はそんな内なる声をポジティブなエネルギーに転化させそれなりに感動的だ。しかし、どこか言い訳がましさ、周りくどさも感じてしまうのだ。そんな事言わなくても貴方の仕事を見て価値をわかってる人はいるのに。

『OK』の前後、清志郎はDANGER、JL&Cとのユニット活動のほか、『FEEL SO BAD』をリリース。怒涛の東芝期に入る。デインジャーもJL&Cも素晴らしくカッコよかったが、一回切りだったのはガス抜きだったのかもしれない。RCを継続させることに必死だったのだろう。
そしてRC解散後の90年以降は数多のバンド・ユニットが生まれては消えた。まるでバンドなんか解散させればいいんだ、とばかりに。
それだけにRCの中で踠き苦しむ清志郎を赤裸々に映す83年のライブは貴重な記録だ。プラスもマイナスもポジティブもネガティブも曝け出す姿に論理的な整合性はない。そんな清志郎の真に自由であり続けようとする意思を見る。それは大きな指針を与えてくれているようだ。

清志郎が生きていたら何を歌うのだろうか。
実は2003年に恋の病と病原体を掛けた『ウイルス』という曲を出している。さすがお茶目で抜け目ない。最高だ。

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