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新時代 無情に世界が覆われようと漂わせたいのはユーモア

ザ・フーの超絶グルーヴの向こう側からやって来るギターノイズのさらに裏側

イギリスのロックバンド、ザ・フーが今までに残してきた全アルバムの中で、決定版だと自分で勝手に決めつけてきたのは、1971年の「WHO’S NEXT(フーズ・ネクスト)」と1973年の「QUADROPHENIA(四重人格)」だった。アルバムとして、曲ひとつひとつの完成度、バンドサウンドならばこの2つは素晴らしい。僕はこれさえあれば良いと長年の間、思っていた。しかしザ・フーの音楽はそこだけでは充分に分からないのも事実だ。ザ・フーは1965年にデビューし、1983年に一度解散した。ザ・フーの音楽はその間にどういう風に変わってきたのか自分は知らなかった。1970年代中頃のザ・フーがよく分からなかった。

実に全盛期であるはずの1970年代のザ・フーは、しかしその後解散までの10数年の間に年数に合わせるようには、アルバムを完成させていないのだった。例えば、1970年のライヴアルバム「ライヴ・アット・リーズ」の後、「ザ・フーズ・ネクスト」から「四重人格」以降を順に追うと、1974年「Odds And Sods」は、60年代後期からそれまで数年間の未発表曲を集めたもので、アルバムとして制作されていない。ブランクは2年毎のように続く。1975年「Who By Numbers」は、前作「四重人格」のサウンドを引き継いだようにも聞こえる、澄んだ音の鳴りが印象的なアルバムだったがトータルコンセプトとは言えない。また存在感が地味なのか、あまり話題に取り上げられない作品なのかもしれない。今、僕は「フーズ・ネクスト」「四重人格」「フー・バイ・ナンバーズ」は連続で聴くのに良いと思っている。実はこの時期辺りでザ・フーの音楽がどんなものなのか分かりにくくなっているのかもしれない。例えば何かと調べてみれば、ザ・フーの特集で取り上げられているディスコグラフィーには、この時期が、あっさりと語られ、やり過ごされている感は否めないのだと思う。もっとも76年、77年はザ・フーの空白みたいなものか。この前後、バンドの傍らで、メンバーはソロ活動に移行している。だがそれらは、ザ・フーとはやはり感触が違う。個性の開花よりも、聴きたいのはザ・フーとしてのバンドサウンドだ。グルーヴなのだ。

ザ・フーの定番、ロックの古典、バンドをやるなら誰もが真似したくなる名曲は、革命の1960年代だからこそ為し得た刹那、永遠の時代世代”マイ・ジェネレーション”なのだと思う。それに加えて”キッズ・アー・オールライト”は、誰もが感じ得る青春の響きを感傷と感覚でよみがえらせるポップミュージックの規範にして、若者世代の複雑な心情を代弁するモッズムーヴメントの命題曲だ。しかしそれらの響きを情熱としてその体温として伝導させられたのだとしたら、1970年代の彼らの音楽はどうにも、低温にして真面目過ぎ、深刻すぎて、という面はあると思う。突き放した冷たさのなかでの孤独感、疎外感をロックの世界がどう受け止めるのか。重々しく歪みそれでも高く跳ねるビートのハードロックサウンドは、かつての歯切れの良い、速くて上手くて気安いビートサウンドとは大きく赴きを異にする。ザ・フーのグルーヴは初期から大きく変貌した。ザ・フーはいわゆるハードロックのバンドなのだろうか?という問いが延々と音模様のなかをさまよい迷宮入りする。ビートグループのフーには最高に魅力的な存在感があった。それはいつの時代の若者世代をも刺激する。しかしハードロックのフーを受け止めているのは実は大人世代なのかもしれない。ザ・フーは成熟したのだ。大人にならぬものがいないように。

時を隔てて、空白を抜け出て、1978年ついにザ・フーがアルバム「Who Are You」を作った。しかしそれがキース・ムーンの遺作となってしまっているのだった。彼らが1970年代にバンドとして充分に活躍してこなかったのはキース・ムーンの体調不良によるものだったらしい。実際に「フー・アー・ユー」のアルバムを聴けば、明らかにバンドサウンドが硬い感触に変わってしまっている。勢いが弱いのでもなく、ハードな感触はそのままだが、各個性が滑らかに噛み合っていないように硬い音像だ。これもひとつの形になったグルーヴではある。しかし今までとは感じが違う。

僕は、ザ・フーのアルバムを「フーズ・ネクスト」(1971年)を最初に聴いて聴き始めたのだけれど、次は年数を飛ばして78年の「フー・アー・ユー」だった。プログレッシブヴでポップでもあるタイトル曲”Who Are You”に違和感は無かったが、その全体の印象の落差は大きなものだった。自分が高校生の頃は、CD店に行っても売り切れが多かった。だからいつもどのバンドでも歌手でもその時に店にあるものを選ぶしかなかったのだった。本当なら発表された順を追って連続性のなかで捉えてゆくのが正しい受け止め方なのだと思う。
僕はザ・フーの音楽史にそこで挫折したのかもしれない。フーといえば「フーズ・ネクスト」が定番だった。だけれども、「フー・アー・ユー」を聴かないという理由もない。思っているのと違うからあんまり好きじゃないとして、手にしたものを聴かないのは損した気分だった。だから聴く。そうやって記憶して、好きな部分を探して見つけて、取っておいた。音楽を聴く上でそういうのが大切かもしれない。たとえそのとき気に入らなくても、後々になって、その記憶とよみがえった感覚がそこへと戻るきっかけになるものだ。

今になって、ザ・フーのなかでも「Who Are You」は大好きなアルバムだ。ここにはその1978年に相応しいキーボードサウンド、シンセサイザー、あるいは時代的にも無機質なイメージが音楽に重なる。アルバムジャケットの写真を見ても印象はそこにあるのだと思う。工業的退廃、残骸と都市の陰り、新時代への幻滅と共に在る希望。鍵盤楽器の音色がそこを捕捉するように光る。ビートの天才キース・ムーンの死はロックの不幸だが、そこに残る音楽の彩色とリズムの立ち振舞いは今も希望の光があると思う。「フーズ・ネクスト」から進んで辿り着いた果ての次の世界はまた別の見え方がするということかもしれない。70年代の終焉のロックはこの時代の新しいパンクロックの勢いよりも広く成熟に向かい、もう少しモダンに開かれた。だとすれば、その後のケニー・ジョーンズのドラムによる1980年代の新生ザ・フーにも聴くべきところはあるのだと思う。
「フーズ・ネクスト」も60年代の終焉を想わせる新時代へ向ける視点が感じられたが、アルバムジャケットのデザイン通り、無機質のしんとした音楽が重ねて展開されていた。ザ・フーの全盛のグルーヴ感は美しいものだ。そして71年あの時早くもすでにシンセサイザーがロックのバンドサウンドのなかで的確に扱われていたのは特徴的だったのだ。それから時を経て78年にもなると、もうこの時代には当たり前の楽器音となるシンセサイザーである。誤解はあるが、ザ・フーは”ギターロック”ではなかったのだと思う。
興味深いのは「フー・アー・ユー」に、ゲストでロッド・アージェントがキーボードで参加していることだ。ロッド・アージェントのバンド、ARGENTはキーボード、シンセサイザーを中心に据えたプログレッシヴロックバンドだった。1960年代ゾンビーズのメンバーから引き続いてきたアージェントの音楽性も、ある種の無機質なイメージを体現する、キーボードを効果的に扱うこの時代の特性的なロックバンドの存在として見逃せない。そういえば「フー・アー・ユー」と同じ1978年、ロッド・アージェントのソロアルバム「Moving Home」のジャケットデザインは、そこと共鳴するように無機的な瓦礫を背景に映したものだった。ここには演奏でフィル・コリンズが参加してドラムの全編を叩いているのだから実に面白い。自分には、この時期のジェネシスやブランドXというフィル・コリンズ関係のグループが興味深い。僕は旧世代のプログレッシヴロックと新世代のニューウェイヴが繋がってゆく時代の感触が知りたいのだった。これは余談に過ぎるが、「フー・アー・ユー」のキーボードサウンド、シンセサイザーの主体は、実のところピート・タウンゼントとジョン・エントウィッスルによるものだという事を忘れてはいけない。

ザ・フーはそもそもギターバンドだった。しかし同時に全肯定的にギターロックだと言い切れないところがあるのは、普段のギターバンド以上に彼ら二人が別の楽器をも使い、アレンジを加える才覚があったからなのだと思う。ザ・フーのバンドサウンドの要は、ベースとドラムだという説は誠実なものだが、それ以外に耳に残る鍵盤の音色もやはり聴き逃せない。
バンドサウンドのグルーヴを求めるなら、それだからこそキース・ムーン不調の「フー・アー・ユー」がぎくしゃくしているように聞こえるのかもしれない。だけれども自分が聴きたいのは、その不恰好さではあるのだと思う。もはや全盛期かどうかなんて気にすることもない。”時代の音楽”を旨く聴くには、そのバンドの歴史を辿る以上に、時代を並列で捉える感覚が必要なのだと思う。決してバンドの流れのなかでだけで理解されるべきものではないものが確かにある。まず、そのバンドの歴史上において駄作、凡作だという決めつけをやめるためには、同じ時代に在った別のバンドと、その時節の流行と、共鳴とを感覚として捉える聴き方が良いのだと思う。
例えばレッド・ツェッペリンは、1979年、ジョン・ボーナムの遺作となる「In Through The Out Door」がそれまでのバンドの歴史上で初めて賛否のある受け止め方をされている。要となるドラム奏者を同時代に失うというこのバンドの運命はザ・フーと似ている。ベース奏者が陰ながら音楽の鍵を握るのも似ていて、ギタリストが音楽を中心的に動かす存在だというのも似ている。これも余談だが、「イン・スルー・ジ・アウト・ドア」も、ツェッペリンのロックが、時代のシンセサイザーとキーボード中心に寄って行っている時期のものだ。つまり言うなればこれをハードロックとツェッペリンの歴史上で聴くから失敗が起きる。レッド・ツェッペリンはギターバンドだった。しかしキーボードロックの浸透された時代観に興味を持って聴けば、それらの水準と同等以上に素晴らしいものだと気付く事は出来る。僕はTHE WHO 「Who Are You」(1978)とLED ZEPPELIN「In Through The Out Door」(1979)を時代として共鳴させて聴きたいのだ。それもひとつの趣向だ。

音楽性以外に重要なものを考えるとき、時代を越えたもうひとつの面を見る事も必要だ。
ザ・フーの音楽を捉えるとき、見過ごせないのは、バンドサウンドに加えられたそのユーモア感覚だと思う。ザ・フーの面々にはお茶目なユーモアを漂わせるところがあった。それらを額面以上に実質的に担っていたのは、ジョン・エントウィッスルかもしれない。ロジャー・ダルトリーが体現するタフなイメージに融け合うピート・タウンゼントの繊細さの一方で、ジョン・エントウィッスルは別の視点を与える。例えばザ・フーのアルバムで時折聞かれるジョンの作風は全体のアクセントとして妙なポップ感を加える。「フー・アー・ユー」にも”905″というポップな曲があったりするし、「フーズ・ネクスト」には”My Wife”がある。音楽以外の噂を信じるなら、キース・ムーンの型破りなユーモア感覚は度を過ぎていて恐いけれど、ジョン・エントウィッスルの得体の知れないところも怖い感じがする。しかしここにはある種の笑いがあるのかもしれない。
音楽に於ける役割について考えるとき、真面目なのはピート・タウンゼントとロジャー・ダルトリーなのだと思う。彼らのソロアルバムを聴けば、可笑しさ不真面目さは見当たらないものだ。しかしジョン・エントウィッスルのソロアルバムはどうだろう。ジャケットのデザインにしても、音楽にしても、ザ・フーとはかけ離れた奇怪さがある。そんななかでも、ここでひとつ素晴らしいアルバムを挙げておかなくてはいけない。
JOHN ENTWISTLE「WHISTLE RYMES」は1972年のアルバムだ。ソロの全アルバム中、最も充実したベースとロックのグルーヴ感を押し出しているのがこれかもしれない。聴きどころは、意外にもピーター・フランプトンによるリードギターだ。僕はそこから興味を持った。加えて言えば、後にポール・マッカートニーのウイングスに参加するJIMMY McCULLOCHもギターを弾く。そして自分が好きな英国ロックバンド、JUICY LUCY(ジューシー・ルーシー)のドラム奏者ROD COOMBESがここに居ることも興味深い。
ジョン・エントウィッスルは個性派のメンバーを揃えて、ベース奏者の肩書き以上に活躍する。ザ・フーのバンド内では実現出来なかったロックミュージックであること以上のポップなセンスの総体。音楽のなかに管楽器の多彩なアレンジを加え、そのうえで実に効果的にシンセサイザーを扱っている。ピアノも弾くジョンは立派なキーボード奏者だった。そしてザ・フーの70年代後期のサウンドと同質の響きをすでにここで発散しているのが面白い。楽曲もそのアレンジも上質に組み立てられていて完成度が高い。ソロアルバムでは一番だ。

ジョン・エントウィッスルのユーモア感覚はクールなものなのだと思う。表立って感情には出さないシュールな笑い。例えばビートルズのジョージ・ハリスンが見た目では真面目そうに見えて、実は英国のブラックユーモアのコメディグループ、モンティ・パイソンとつながっているのとも通じるのかもしれない。実際、ジョン・エントウィッスルの最初のソロアルバムには、そのモンティ・パイソンの関係の音楽家ニール・イネスやヴィヴィアン・スタンシャルが参加していたりもするのだ。

ザ・フーの代表作「フーズ・ネクスト」「四重人格」にはシリアスなイメージが筋立てられている事もあり、ユーモア感覚は見出しにくい。それ以前の1960年代のアルバムに於けるザ・フーにはその時代のコミカルな遊び心があったのだと思う。やはりここにもジョン・エントウィッスルの存在感はあったが、ザ・フーには”ロックバンド”としての矜持と多様化に向かう音楽性のせめぎあいがあったのかもしれない。例えば、この時代のザ・フーの名曲”Quick One”には曲想を変化させてゆく展開、いわゆるロックオペラ風の演劇性が見られる。ここには素敵な英国流のユーモアの感性がある。この時節に幾つか見られる流行なのか、1曲のなかで曲想を展開させていく手法は同じイギリスのバンドではビートルズやキンクスがやっていた事だと思う。その時代の英国的ユーモアを音楽性に体現するのがビートルズとキンクスかもしれないとして、ザ・フーは、突飛なアイデアが抜きん出ている彼らのように上手く面白可笑しくには出来なかったのではなかったか。ザ・フーは、ピート・タウンゼントのソングライティングを主体として一角のモッズビートバンドに落ち着くことなく、その先の”ロックの時代と心象”を描いてきた。ピートの精神性、シリアスな側面、そこがネックだったのかもしれない。
“Quick One”の素晴らしい音楽性は、そのライブ演奏によって、1968年のローリング・ストーンズの「ロックンロール・サーカス」のテレビ番組で披露されている。そこにはユーモアがありつつも、バンドとしてのロックの強度が遺憾なく発揮されていて、ザ・フー史上奇跡の名演が映像で捉えられている。翌年1969年、ロックオペラの名作とされるトータルアルバム「TOMMY」以降、ザ・フーがコンセプトにとらわれず、かつてのロックバンドのグルーヴを取り戻そうとし、またそれを公にすることに成功したのが「ライヴ・アット・リーズ」だったのだと思う。ロックのハード化を図った時代、ヘヴィーロックの時節、そもそも強靭なライヴバンドだったザ・フーのビートとグルーヴ、ノイズの覚醒感は絶品だった。1970年の”Young Man Blues”は今も最強だ。
ライヴとスタジオでザ・フーは全然違う。「ライヴ・アット・リーズ」の本来のオリジナルの選曲が絞りに絞られて、繊細さを破棄され、激化の爆裂サウンドを選択されているのはその意図があったのだと思う。アルバムコンセプトはそこだった。後の時代、復刻された全編のライヴには名作「トミー」のライヴ再演がある。潜在的、本来的なライヴバンドとしての手応えがあるからこそ、彼らは「トミー」の複雑なストーリーをも、生の演奏のダイナミズムのなかで表現しようとしたのだと思う。
そうして、精神だけではなく、体感が必須なのだという道筋を悟ったうえで到達された、後の「フーズ・ネクスト」「四重人格」の研ぎ澄まされたグルーヴなのだろう。しかしグルーヴを得たからこそ見えにくくなったユーモア、という側面はあるかもしれない。ここで笑うのなら不明にして不謹慎なのかもしれない。だが、ザ・フーを厳かな気分になって聴きたいとは思えないのだ。ザ・フーは型破り、破天荒、そのロックイメージを体現する存在だった。そうであってほしかった。受け止め方が何であるにせよ、笑いは必要だ。音楽は笑って聴きたいものだ。

ザ・フーが洗練しハード化するなかでも変なユーモアを漂わせていたのはやはりジョン・エントウィッスルなのだと思う。ワイト島フェスティバルのライヴではジョンが顔下全身ガイコツの姿をしている。エディ・コクランのロックンロールクラシックカバー”Summertime Blues”の曲中で低い変声を出しているのはジョンだった。笑えるのかよく分からないが、面白いアクセントを示すのがこの人の存在感なのだ。
ザ・フーのライヴは、スタジオ録音に比べて激化する。そこではピート・タウンゼントのギターの比率が必然に高くなる。ライヴにおいては特徴的なキーボードの音色が消え、ギターノイズが覆い散漫する。ベースはさらに高音へとヘヴィーに唸る。ドラムはギターに呼応する。音楽を引っ張って行っているのは歌の余韻なのだと感じる。音の塊が轟音へと拡散するとき、聴き手の歓声もかき消されるのだ。ノイズは海へと向かう。
ロックの基本をノイズに変えたひとつのバンドはザ・フーだったのだと言ってしまおう。

大人気のビートルズがライヴでは歓声嬌声叫び声で演奏を聴いてもらえない時代があった。観客、聴き手の人たちはその時笑っていたのだろうか。真面目過ぎて思わず叫んでしまったのか。聞こえていたのは自分自身の大きな声。それもなんだか可笑しいが、ノイズはどちらの側だったのだろう。ザ・フーも然り、ビートルズのように、その時代を過ごして来たのだ。だからこそロックの成り立つまでのその世代の音楽は、”idol”でなく人気稼業でなく、多様にして真実味を目指して聴き手をも成熟する必要があった。空想世界を感情的な遊びに終わらせることなく、芸術と空間としてその音を響かせ続ける重要に迫られた。その時代性、ザ・フーの1960年代中期は瞑想と迷走の機運ではあったのかもしれない。しかし崇高な芸術よりも、今この瞬間、刹那に永遠にささくれるノイズを晒そうと気付いて修正したのがザ・フーだった。ザ・フーの本性は、動き、回り、うごめく轟音だった。

そしてそもそも最初の地点が凄すぎたのだと思う。
デビューアルバム「マイ・ジェネレーション」はカウンターカルチャー、若者文化、モッズアンセム満載の傑作で、同時代で考えるとひとつ抜きん出た音を鳴らしている。その後のザ・フーに比べ、ビートの効いたロックの速さと分かりやすさがある。何よりタイトル曲”My Generation”が見事だ。まずバンドが各楽器間の音の空白を活かしきっていて唖然とする。今の時代になってもこの音像は強烈だ。こういう音作りが何故だか現代のロックには受け継がれていないと思う。ロジャー・ダルトリーの歌う発音と歯切れと、リズムとクラップ、キース・ムーンのドラムビートの細かな叩き出しの感触を聴くだけでも時代を超越する前代未聞の傑作だと理解出来る。これは単純にロックの定番などではなかったのだ。練習曲でもない。古典の名作では決してないのだ。真似事では達成されないロックの時代の奇跡がある。今もなお鮮やかだ。
ザ・フーのバンドサウンドの基礎はここで完成されていたのだと思う。ピート・タウンゼントのギターがノイズと共にうねれば、ジョン・エントウィッスルのベースは導線の様に太く長く伸びてゆく。キース・ムーンのビートは中心だ。ロジャーの歌に合わせたリズム表現なのだと聴けば解る。自由な海を漂うのがベースとギターなのかもしれない。しかしこれはノイズなどではなかった。明白、明確な意思表示だった。態度だった。
残念ながら自身でさえ、この鳴動と激震を再現することは不可能だった、と言えるのかもしれない。ライヴバージョンで聞ける初期の名曲は多い。でもそれはあの時の感覚を枠組みとして残して終局的にノイズへと向かうのだった。転がる岩は、ノイズの海へと。しかしそこには図太い岩石のグルーヴが流されず居残り続けている。
ザ・フーは、しかしやはりギターバンドなのだった。ライヴではそうならざるを得ないのだ。技術の本領を発揮しているのは間違いなくジョン・エントウィッスルだ。ピートはノイズを晒し、ギタリストへと戻る。主役はキース・ムーンじゃなかったのかもしれない。

僕は、ザ・フーの代表曲に当たるものは、決して”マイ・ジェネレーション”ではないと思う。
例えばあの映画を観てみよう。1979年公開の「キッズ・アー・オールライト」の映画では、”マイ・ジェネレーション”の幾つかのライヴバージョンが散発されているが、他に発表されているライヴバージョンと比べてもそのなかでとりわけ素晴らしいのは確かだとして、真の感動はそこじゃないと思う。
感激はやはりハイライト、映画の為に撮影された1978年のライヴ模様、アルバム「フーズ・ネクスト」の2大名曲”Baba O’Riley”と”Won’t Get Fooled Again”なのだ。曲展開の劇性、ロックのカタルシスがここには厳然とそびえ立つ。音の鳴る方を見上げたらみるみるうちに降り注いできた音像の連動の渦に巻き込まれてゆく感覚だ。ザ・フーはプログレッシヴだった。キース・ムーンは不調じゃない。演奏後にキースがピートに抱きつく場面が大好きだ。愛すべき面々。
例えば、映画にもあった”Who Are You”の録音風景を映したプレイ画面でも、彼らのお茶目な振る舞いが目にとまり、そこが嬉しいのだ。大切なユーモア。激しいロックだからこそここに、ゆるませる笑いが必要なのだと思える。
これらの音源をアルバムで聴きたいのなら、「The Kids Are Alright」のサウンドトラックを聴くことになるが、実はもうひとつ聞き逃せないライヴバージョンの名演が残されているのを知る。ザ・フーの空白期1977年の演奏で、ジョン・エントウィッスルが歌う”My Wife”だ。これがなんとヘヴィーなことか。通年左側から響くベースのジョンの異常なグルーヴと、右側のノイズギターを波打たせるピートの不協和、協和の音響。真ん中で嵐を呼ぶ男キース・ムーンも絶叫だ。

僕はこれを聴いて、英国ロックバンド、PATTO(パトゥー)を想い起こした。それならば聴いてほしい。
パトゥーのメンバーがその後に組んだバンド、BOXER(ボクサー)の1976年録音のライヴ音源”Teachers”だ。ギターノイズが軋んだと同時に暴れまわる異常なグルーヴへの転換点にどこかでザ・フーを想わせるところがあると思う。ポイントはギターノイズと威圧のグルーヴなのだと思う。
だとしたらこれも聴いてほしい。パトゥーの1972年の超絶グルーヴ”Loud Green Song”だ。軋轢のギターノイズの裏側でうごめくベースとドラムの果たし合い。

最高のロックバンドはレッド・ツェッペリンやザ・フーだけではないのだと知ればまだまだ道はある。

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