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ブラック・ミュージックの真髄とは?

ディアンジェロ&ザ・ヴァンガード『ブラック・メサイア』の謎

30歳の中頃ぐらいまで、僕はブラック・ミュージックが苦手だった。黒人アーティストが放つ圧倒的な本物感と濃厚で熱いエネルギーを受け止める器が備わっていなかったのだ。例えるなら、砂糖とミルクを入れないと苦くてコーヒーが飲めないお子様のようなリスナーといった感じだろうか。

僕が長年愛聴してきたのは、黒人音楽に憧れる白人ミュージシャンが奏でる、ぎこちなくも個性豊かなロックンロールやブルース、ブルー・アイド・ソウルといった音楽だった。成人になってから夢中になったモダン・ジャズも、黒人特有のノリや熱気のあるものよりもどちらかというとクールでリリカルな白人系の方に惹かれていた傾向があったくらいだ。

しかし、そういった苦手意識が払拭されるきっかけになったのがヒップホップだったのである。意識的にヒップホップを広く深く漁るようになって気付いたのが、黒人と白人の節回し(フロウ)の微妙な違いだった。エミネムを筆頭に、白人ラッパーのフロウは縦ノリで直線的なものが多いのだが、黒人ラッパーのフロウには先天的な後ノリ感覚がある場合が多く、これこそが黒人音楽の真髄なのではないかと、まるで世紀の大発見でもしたかのように僕の頭上で100ワット電球がパッと点灯した気がしたのだった。

それ以前は、ブルース、R&B、ソウル、ファンク、ゴスペル、レゲエ、ジャズといった生粋の黒人音楽から真髄である後ノリ感覚の醍醐味を聴き取ることができなかったのだ。そんな僕にとってラップという音楽表現は、大人への階段に設けられた手すりのようなものだったと言える。よくよく考えると、ヒップホップとは、ファンクやレゲエの原始的なグルーヴ感、R&Bやソウルの洗練されたメロウネス、ゴスペルのほとばしる熱気、ブルースの猥雑なメッセージ性、ジャズの知的なクールネスといった黒人音楽の主要成分がハイブリッドされた音楽なのだから、それは至極当然の結果だったようにも思える。

そういった紆余曲折を経て、人並みに黒人音楽を楽しめるようになった僕に今最もグルーヴを感じさせてくれるアーティストが、ネオ・ソウルのボスキャラ的存在、ディアンジェロなのである。ネオ・ソウルと称されているジャンルの定義は曖昧なのだけれど、僕の感覚で言うと「ジャズやヒップホップ要素の濃いリズミックでクールな音響に独特の浮遊感が漂う音楽」といった感じだろうか。女性ヴォーカルが得意ではない僕が抵抗感なく聴けるエリカ・バドゥとジル・スコットも同じくネオ・ソウルに属することから察するに、人並み以上の相性の良さが自分とネオ・ソウルには確かにあるのだと思う。

ディアンジェロのオリジナル・アルバムは25年間でわずかに3枚しかリリースされていないのだが、そのどれもが傑作と呼ぶに相応しい内容であり、正直なところ「迷わず全部聴いてください」で話は終了してしまうのだけれど、この場でどうしても記しておきたいのが2014年にリリースされた現時点での最新作『ブラック・メサイア』の事である。

この作品にはファーストの『ブラウン・シュガー』やセカンドの『ヴードゥー』とは明らかに異質で異様な雰囲気が随所に漂っており、その混沌とした音とリズムの間には得体の知れない何かが潜んでいるように感じられる。前作『ヴードゥー』から14年という長いインターバルの間に、ディアンジェロの身に一体何が起こったのかと勘ぐってしまうほどに、それまでの洗練されたネオ・ソウル的な音空間とは隔絶した奇妙な世界が顔を覗かせている。

そんな異物感を最も体現しているのが2曲目に収録されている「1000 デス」という不気味なタイトルがつけられたナンバーである。この原始的かつ暴力的なリズムといびつに歪んだ音響をどう言葉で表現したらいいのだろう・・・もしかして、『ブラック・メサイア』に漂う異様な気配の正体とは、ディアンジェロのプリンスに対する狂おしいまでの敬愛の念なのではないだろうか。そう思いながら「1000 デス」に耳を傾けると、この曲が黄泉の国をさまようプリンスの魂を現世へ蘇らせるための禁断の呪文のようにも響いてくる。

アルバムの随所に見られるプリンス流のパーカッション・アレンジ、サンプリングによって再構築されるプリンス・ナンバーのごとき断片、まるでプリンスが憑依したかのような独特の歌唱表現・・・そんな目に見えぬはずのプリンスの存在が、ディアンジェロの背後にぼんやりとあるような気がしてくるのである。謎めいたアルバム『ブラック・メサイア』に込められたディアンジェロの意思とは、同じ黒人ミュージシャンとしてどうしても挑まなければならなかった、巨星プリンスへの肉薄、呪縛からの解放、そして超越だったのではないだろうか。

もちろん、ディアンジェロの本心なんて知るすべもなく、これは僕の単なる妄想に過ぎない。しかしながら、『ブラック・メサイア』に漂うただならぬ気配と熱気を体感すると、その震源地は一体どこなのかと余計な詮索を重ね、空想に浸ってしまいたくなるのだ。これは、ディアンジェロに限ったことではなく、世の中に数多く存在する想像力を掻き立たせる音楽に魅せられてしまった僕の、他愛もない性であり密やかな楽しみでもある。

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