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同じ時を過ごせる幸せを噛み締めて

BUMP OF CHICKENが歌う「終わり」と「別れ」

「終わり」や「死」というものの衝撃の大きさは計り知れないほど大きいのに、日常生活でそれらを意識する事はほぼない。

けれどBUMP OF CHICKENは、ずっと長い間、一貫してそれらを歌い続けている。

深刻になるのではなく、真剣に。
ただ、1つの事実としてそれらを歌うのだ。
 
 

祖母がホームに入った。
もう、この家に帰ってくることはない。
 
8年間介護用ベッドが置かれていた、今はもう何もないその場所を見て、寂しいような、安心したような不思議な気持ちになった。そして同時に、これまでの色々なことが頭の中を駆けめぐった。
 
脳梗塞をして、左半身の麻痺や言動の不安定さが目立つようになり、今まで出来ていたことがどんどん出来なくなったこと。
 
まだ辛うじて一人で入浴が出来ていた頃、祖母が浴室で転倒したこと。
動かして良いものかと冷静に考えながらも、とにかく祖母の上半身を抱き上げた時、小さな声で「汚れるよ」と聞こえたけれど、必死で抱きしめながら大声で母を呼んだこと。
 
一人で出来ないことが多くなるにつれ、祖母の顔からどんどん笑顔が無くなったこと。
 
朝起きて1階に降りると、祖母がベッドから落ちていて驚く回数が増えていったこと。
  
  

たくさんの事があったけれど、一番衝撃だったのは、母が「誰かわかる?」と私を指さし祖母に尋ねた時だった。
 
祖母は私の顔を見たまま、何も言葉を発しなかった。
私が誰か、一瞬分からなかったのだと思う。
  
  

この頃はもうずっと、何も一人では出来なくて、ショートステイから1日2日帰宅する時の食事も、移動も着替えも、何もかも介助が必要になっていた。
 
「ホームに入ることが出来ます」と連絡を受けた時、安堵と一緒に「家に居させてあげられない」という申し訳なさもあった。それは母も同じようだった。
  

それでもこの機会を逃したら、次に順番がまわってくるのが何年後になるか分からない。入居の順番を待っている人は大勢いるのだから。
  

けれど、祖母がホームに入れるということ、それは同時に「誰かが亡くなった」という事でもある。ホームのベッドに空きが出るという事は、そこにいた誰かが亡くなったのだ。
その事実をありありと感じた時、普段は意識をしない「死」が形を持って目の前に現れたような気持ちになった。
  
 

身近な人がいなくなってしまう経験は初めてではない。
幼稚園の頃に祖父が亡くなった。
小学校2年生の頃には、伯母が糖尿病の合併症で。
中学校の時に、心臓に持病があった友人が。
社会人になってから伯父が。
 
それでも日常をこなしていく中で、その事実がだんだんと遠いものになって、「死」を意識しながら過ごすことは少ない。
祖母がホームに入る、という一見「死」とは何の関係もない今回の事で、ありありと「誰かの死」を感じてしまった。
 
そして、いつかは必ず祖母に会えなくなるのだという事も。
  
  

『ああ 僕はいつか 空にきらめく星になる』
―ガラスのブルース
 
『どうせいつか終わる旅を 僕と一緒に歌おう』
―HAPPY
 
『歳を数えてみると 気付くんだ
些細でも歴史を持っていた事
それとほぼ同時に 解るんだ
それにも終わりが来るって事』
―supernova
 
『わざわざ終わらせなくていい
どうせ自動で最期は来るでしょう』
―モーターサイクル
 
藤原基央はいつも「終わり」を歌詞に織り交ぜる。「終わりがないものなんて嘘だ」ともいつか話していたと思う。それでも私は、自分が寂しいからという理由で「出来れば終わり(別れ)は来て欲しくない」と思ってしまうのだ。
 
今回のように「終わり」を怖いほど感じた時は、特に。
  
  
 

祖母と家で過ごす最後の夜。
不思議なことに祖母の調子がすごく良く、私の顔を見て「〇〇ちゃん」と名前も呼んでくれていた。なんだかそれが無性に切なくて、泣きそうになってベッドの上の祖母の手を握った。
 
ホームに入っても、会えなくなるわけじゃない。会いたいなら、会いに行けば良い。
そう言い聞かせたけれど、眠るために入ったベッドの中で涙は止まらなかった。
  
 
『怖かったパパが 本当は優しかった事
面白いママが 実は泣く時もある事
おばあちゃんが 君の顔を忘れたりする事
ひげじい あれは犬だって 伝え様がない事』
―魔法の料理~君から君へ~
 
初めて祖母に「認識されなかった」日。
まさかそんな日が来るなんて思ってもみなかったし、本当に悲しかった。
でも、祖母の死を覚悟する日がくるなんて、もっと思ってもみなかった。
  
  
 

祖母がホームに入居する当日。3月の末のこと。
まだ新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が出ていなかったので、祖母の部屋にも入ることが出来た。
 
施設の人が、ここでの生活や万が一の際の決め事などを母と話している間、私はずっと祖母の手を握りしめていた。祖母はずっと眠っていたので何も話さなかったけれど、ずっと手を握っていた。
 
この手に触れられなくなる日がいつか来る。顔を見られなくなる日が。
それは祖母に限ったことではないと頭では分かっていても、こうして痛いほどに意識出来るのは、やはり「終わり」が近くなってしまった時なのだ。
  

『君の願いはちゃんと叶うよ
怖くても よく見て欲しい
これから失くす宝物が
くれたものが今 宝物』
―魔法の料理~君から君へ~
 
『本当の存在は
居なくなっても ここに居る』
―supernova
  
 

終わりを怖がってばかりいないで、今、まだ一緒の時間を過ごせるこの瞬間を大切にしよう。そうすれば、本当にお別れをしなければいけなくなったその時、そしてその後も、思い出せる「一緒だった時間」を増やすことが出来る。
 
ホームの祖母の部屋で、祖母の手を握りながら、そう思った。
  
 
 
 
出来る限り、祖母に会いに行こうと思っていたけれど、新型コロナウイルスの流行で、祖母の入居している施設は全面的に面会が禁止となり、入居の日以来祖母には会えていない。施設の方からの電話では、元気にしているとのことで安心している。
 
あの時祖母に対して思った「一緒に居られる瞬間を大切にしたい」という気持ちを、たった1ヶ月と少しで、祖母だけでなく友人や家族に対しても強く感じるようになるとは思っていなかった。

言葉では飽きるほど聞いてきたはずの、「終わり」と「今の大切さ」をこれほど強く感じ続ける日が来ようとは。
 

『消えない悲しみがあるなら
生き続ける意味だってあるだろう
どうせいつか終わる旅を
僕と一緒に歌おう』
ーHAPPY
  

そして、こんな痛いほどの感情を、長い間ずっと言葉にし、歌い続けてきてくれた藤原基央という人間に対して、改めて尊敬と感動を感じざるを得ないのだ。

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