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私を置いていったくるりへ

人間のみっともなさを濃密に肯定するアーティスト

デビュー曲「東京」のPVでは液晶画面の真ん中で、芋臭い男が叫ぶように歌っていた。田舎者の風貌で、歯をむき出しにして。
私が好きだったのはそういう男だ。決して、洗練されておしゃれでスマートな男じゃなかった。
 
 

京都から出てきたロックバンド「くるり」。立命館大学の軽音サークル出身らしい。
1stアルバムの「さよならストレンジャー」は擦り切れるほど聴いた。特に魅了されたのは「ブルース」だった。

“おやすみストレンジャー達
夜更かしはつらい 何故って朝が来ない
血の味がする”

くるりが奏でるのは「朝が来ない側」の人たちの歌だった。

続く2ndアルバム「図鑑」の「ピアノガール」でもそれは現れていた。「人だって平気でだますし」や「人だって平気で刺すかも」と言った歌詞から、くるりはやはり生きづらく報われない立場の人たちの言葉を歌っているように思えた。人間のみっともないところを代弁してくれる存在だったのだ。
 
 
 

19歳、私はくるりを教えてくれた人と別れた。恨み合うような別れで、後味のいいものではなかった。
その人とは同じ大学だったので、別れても同じ広島の同じ街に暮らしていた。私はもう自暴自棄で何か理由をつけてその街を飛び出したかった。その人と同じ空気を一秒でも吸っていたくなかった。

眠れない夜を過ごす部屋で、不意にくるりの「街」が流れる。聴き覚えのあるあの声で、叫ぶようにあの男が歌っていた。

“この街は僕のもの”

その声が耳に飛び込んだ瞬間、全身の血が震い立つのを感じた。血管が膨張して熱がめぐるのを。
それは怒りにも憎しみにも似たどろついたものだった。そう、「この街は僕のもの」だ。私の生まれ育った広島だ。お前のものじゃないだろ。別れたばかりのあの人にそう吐き捨ててやりたくなった。この街から出て行くべきは私じゃなく、お前だと。

そんな歪んだ本音もくるりなら味方してくれるはずだった。なぜならくるりは「こっち側」、みっともない人間の側なのだから。

あの人から教わったくるりは、もう借りものではなく、私のものになっていた。

くるりの勢いは止まらない。「ワンダーフォーゲル」「ばらの花」「ハイウェイ」「ロックンロール」など名シングルをリリースし、邦ロックの中で確固たる地位を築いていった。
「男の子と女の子」に至っては好きすぎて、アルバムを通して聴いていても次曲の「THANK YOU MY GIRL」が流れた瞬間トラックを一つ巻き戻して繰り返し聴いた。

“女の子はわがままだ よく分からない生きものだ
けどやさしくしてしまう 何もかえってこないのに”

私とくるりの行く末を暗示するような「HOW TO GO」の中のこんな歌詞を、当時は聞き逃していた。

“いつかは僕達も離ればなれになるのだろう
僕達は毎日守れない約束ばかりして朝になる”

6thアルバム「NIKKI」を聴いたある時、ひどく違和感を覚えた。先行シングルだった「Birthday」「Baby I Love You」「Superstar」「赤い電車」は特にこれまでのくるりを大きく裏切っていないのに、なぜだろう。

答えは「Tonight is the night」にあった。

“Tonight Is The Night
独りぼっち 楽しくて すぐ朝が来る”

1stアルバムの「ブルース」の中で「夜更かしはつらい 何故って朝が来ない」と歌っていたくるりが。
孤独に苦しまなくなっている。すぐに朝を迎えるようになっている。
彼らにありあまっていた時間が、足らなくなってしまっている。

それは音楽界で成功している彼ら自身の充実さが現れている証拠にも感じられた。

どうか変わらないで。変わっていかないで。

7thアルバム「ワルツを踊れ」で、それは確信に変わる。

壮大なオーケストラサウンド。「クラシックとロックの融合」と呼ばれたそれは、くるり史上、邦ロック史上例をみないほどの革新的なアルバムになった。
何が言いたいかなんて、このアルバムの収録されている「ブレーメン」と「ジュビリー」を聴いてさえくれれば理解できるだろう。

冴えない風貌のロックバンドだったくるり。人間のみっともなさを恥ずかしげもなく表現し、その奥にひそめる熱い衝動を奏でていたくるり。
このアルバムは、そんなくるりが京都からグローバルに羽ばたき、音楽性に広がりを見せる瞬間の産物だった。

「朝が来ない側」の人たちの音楽だったはずのくるりが、もうそこにはいなかった。
 

アーティストの変化を喜べない。アーティストが成長するのにしたがってファンも成長しないといけない、という風潮がつらい。
私はどうしようもない悲しみにくれた。新しいことをしていくくるりの背中をとてつもなく遠く感じたのだ。
 

皮肉のない尊敬のまなざしを向けられたらどれだけ良かっただろう。
「くるりはどんどん進化していくね、私たちも追いつかないと」となれない自分が情けなかった。

“ジュビリー
歓びとは 誰かが去るかなしみを
胸に抱きながらあふれた一粒の 雫なんだろう”
 

アルバムの中で、これまでの「くるりっぽい」唯一の曲だった「言葉はさんかく こころは四角」をリピートしながら、ぬぐえない寂しさを想った。

そうやってどんどん洗練されて、変われない私を置いていくんだろ。
 
 

くるりから離れる時が来た。さんかくの言葉と、角ばった四角いこころを持って。

私はもうそれ以降のくるりの音楽性の変遷を知らない。置いて行かれたうちの1人だ。

今や、あらゆるアーティストが「くるりに憧れて」と名前を出す。
岸田さんはもう芋臭いバンドマンなんかじゃない。「東京の街に出て来ました」なんてAメロはもう似合わない。

大好きだったくるりのことを書くとき、フラれた元カレの話をする女のように熱くなってしまうだろうことは懸念していた。
愛がゆえ、なのだ。許してほしい。
 

けれど今でも「男の子と女の子」はよく聴いている。

“小学生くらいの男の子と女の子
男の子同士の遊びは楽しそうだ
割って入ってくる女の子はふてくされ
そんな世界はつまらないと ひとりで遊ぶ”

大好きなくるり。大好きだったくるり。
それならばもう、どこまでも行けよ。
私など置いてどこまでも突き進み、進化し、変わり続けてくれ。

“大人になった男の子 世界の果てまでも
飛んで行けよ ロックンローラーになれよ”
 

そしていつまでも、「あーあ、くるりも変わったね。初期が好きだったんだよ」って。
私に、偉そうにそう言わせてほしい。

くるりはもう、人間のみっともなさを欝々と歌うバンドじゃない。
京都の街から飛び出した学生が音楽的な飛躍を遂げ、こんなにも多くの人の心掴むアーティストになったこと。
そんな「希望」を歌っている。

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