3690 件掲載中 月間賞毎月10日発表
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

BUMP OF CHICKENという名の「感情の辞書」

名前の知らない感情を知るために

私達はしばしば迷う。時々どうしようもなく弱くなる。身体を揺さぶるような大きな感情に戸惑わせられるのに、上手く言葉が見つからない。言葉にならないから、形にならないから、余計に不安になる。

そんな時、そっと開く辞書のようなものがあればいいのに、と思う。迷いながら開くそれは、少し哲学的で、1つの意味だけに留まる単純な言葉は載っていない。人の感情に単純、という言葉は似合わないからだ。

それでも私達は「自分の知りたい感情」が載っている頁を探す。どうしても言葉にしたい。どんな言葉なのか知りたい。知れば感情と友達になれる気がするから。感情と、一緒に生きていける気がするから。

ここに1冊の辞書がある。
名前の分からない感情の正体が知りたい時に開く辞書だ。革の表紙は少し色あせていて、沢山の人が読み、使い込んだあとがある。そこにはただ説明じみた文章ではなく、言葉ひとつひとつに暖かなランプの光のようなぬくもりがある。頁をめくりながら、天気の良い日に落ち着く場所で小説を読んでいる時の気持ちと、今の気持ちが似ていることに気づく。私達の感情を引っ張ることなく、優しく手を取りながら導いてくれるその辞書の作者は、BUMP OF CHICKENとある。

私は、その人生に似た辞書を静かに、大切に抱えながら開く。
 

―――
 

今ある幸せ、というけれど、目には見えない。どうやって大切にしたらいいのか分からない。目に見えないものを、どうやってこの手に抱えて、守っていけばいいのだろうか。

家族、ペット、友達、恋人。「大切なもの」は彼らの心臓のそばに隠れている。私は彼らという「大切なものを包んだプレゼント」のような存在を大切にしようとする。けれど、彼らはそういう理なのだろうか、不思議なことに日々変化していくのだ。
大切なものなのだから、変わらないままでいてほしい。変化は私を不安にさせる。いつしか消えてしまうかもしれない、お別れも言えないまま、離れ離れになってしまうかもしれない、という寂しさが、時折、私の心を締め付ける。

どんなに晴れて風が心地いい日でも、その淋しさと不安は私のそばに来る。むしろ、幸せの形を実感すればするほど、反比例して影は積もっていく。

特に、夜は暗いし眠るときには明かりを消さないといけないから、そういう「幸せの裏返しにある影」が1日のうちでいちばん近くに感じる。
不安にさいなまれ、私は何かを唱えようとする。大丈夫、に似たおまじない――大丈夫、より信じられる言葉を。

大切なものが不変ではないと分かった時の私に、私はどんな言葉をかけてあげられるだろうか。
手に持っているよく使い古された辞書の、ある頁を開く。
 

「これから失くす宝物が くれたものが今 宝物」

―『魔法の料理 ~君から君へ~』
 

心の中の宝物箱を開く。そこには子どもの頃にもらった小さなおもちゃから髪飾り、ぬいぐるみ、そして大切な人達がしまってある。
みんな、変わっていく。いつかこの宝箱が空っぽになる日が来る。

だけどその宝物たちが私にくれたものが、変わりに宝箱を埋めていく。
 

大切なものは変わっていかない。地続きになって、ずっと私のそばを離れない。
宝物たちは私をずっとこれからも見守ってくれる。おまじないをしたあとの子どもを見るような瞳で、大人になったあとの私にも優しいまなざしを投げかけてくれている。
大人になってもずっと子どもの私を、見つめてくれている。

チーズケーキが食べたくなった。銀色のフォークを使って、ひとくちずつ。
私は夜が少しだけ、怖くなくなっていた。頁に折り目をつける。そして、そっと閉じる。

宝物箱を大きくしよう、空になってしまったクッキー缶を使って。そう、真夜中に思った。
 

―――
 

あの子は今、どうしているだろうか。商店街のお惣菜が好きで、いつもコロッケを食べて喜んでいた子は。

小学校では親友で、いつでも一緒だった。遊ぶ時も学ぶ時も、いたずらをする時も。

いつだって背中をひっつけ合っていた。このまま離れていく事なんてないと思っていた。
それでも今、私の背中はひとつしかない。月日が経ち、ひとつになってしまった。

疎遠になった何人もの人達の顔を思い出しては、思い入れのないものたちを眺めて通り過ぎるような気持ちになっている大人になってしまった自分が、たまにいやになる。
私は薄情者なのだろうか。それともみんな、そうなのだろうか。

ひとところに留まってもすぐに通り過ぎていくことが出来る、どこまでも広がるこの大きな世界の中で、私はふと考える。私はなぜ彼らと友達になり、他人に戻ったのかを。

友達の効力って、いつまでなんだろう。親友って、どんな人をそう呼ぶのだろう。
今の私に、あけすけもなく何でも言える、寄り添いあっても照れない、そんな存在はいるのだろうか。

寂しくなってきた。最後にこの頁を開いた時は、秋のはじめだった。寂しさを包み込んでくれた言葉たちに、もう一度会いたくなった。
再会は、いつの季節も選びたくない。私が勝手に思っていることだ。その時と決めたら、その時に会いに行く。
 

「ああ 君がここにいたら 君がここにいたら 話がしたいよ」

―『話がしたいよ』
 

そっか、この人も同じなんだ。時に抗おうとしても身体は押し返されて、今ここにいる。

私はこの人と友達になってみたい、と思った。
ちょっとさ、お互いに大好きだった人について話そうよ。バスが来るまで。そんな風に声をかけて、私達さえもいつしか忘れてしまう同士になりたい。

友達って一生ものだけど、一生そばにいるわけじゃない。
記憶や思い出だけを抱いて生きていくのも、悪くないな。そこにあなたがいなくても。
私は今日みたいに泣いて笑って生きていくんだ、ずっと。
 

バスが通り過ぎた。そこに乗っている人の誰も、私は知らない。
でもみんな、「友達」がいる。もう何年も会ってないような、大切な人が。
 

―――
 

人間って、ふしぎだ。お金という奇妙な物体とともに生きて、感情という不確実なものを抱いている。家族というつながりを持って愛を知り、風景というものを見て突然涙を流したりする。

とても疲れる。現に私は、人間でいることに疲れている。もし、お金というものが存在しなければ。もし、自分が感情を持つ生き物でなければ、どんなにか楽だったことだろう。
人間は、愛を信じながら真逆のことだって出来てしまう。戦ったり、うそぶいたりすることだって平気でする。人が集まれば思考の塊ができる。集まらない人間はその塊に襲われる。聡くて悲しい動物だ。

人はみな、ひとりでは生きていけない。誰が最初にそんな生き方をしてみせたのだろうか。

私はひとりになりたい。なのに、ひとりにはなれない。
誰かから愛され、愛さないと生きていけない。
働かないと、お金がもらえない。お金がないと、生きるすべがない。
人が生まれた時からレールのように続いているその約束に、歯車に、乗りながら今日を生きている。
 

「それが全て 気が狂う程 まともな日常」

―『ギルド』
 

何も起こらない、昨日や一昨日を巻き戻したような日常に安心しきっている。そうやって生きることを受け入れている。

なのになぜこの頁を読むと、大声をあげて泣きじゃくりたくなるんだろう。私の感情が痛そうに腫れて、どくどくと脈を打っている。

そうか、これが私を人間たらしめているものなんだ。
感情を手放す勇気なんてどこにもない。痛みと一緒に生きていく。
私は今日も、どうしようもなく人間だ。
 

―――
 

私のこの命は、偶然、選び取られた命だと思う。億千万の確率の中から、大きな手ですくいあげられた存在。
だからといって偉い、というわけではない。ごく平凡な命だ。それなのに時折、ここで生きていることがとてつもなく尊く感じる。わけもわからず泣いて笑って怒って悲しみたくなる。奇跡、というものに震えながら感嘆するのは柄じゃないのだけれど、それでも自分がこうして生きていることに対して、特に幸せってこういうことなんだろうなと感じられた時には、こっそり心の奥でひとりでに感動する。

自分、という存在の弱さを痛感する時がある。ふがいない時、自信がない時。自分は本当に誰かから必要とされているのだろうか、と、魅力を放つ人の影でうずくまってしまいたくなる。私はそう、雑草だ。例えていうのならば、河川敷に咲いている小さな野の花だ。そんな風に思っては、自分を小さく些細なものに感じていた。

途方もないほど広い世界でちっぽけに生きる私。その強さを確かめたい。奇跡の積み重ねでここにいるんだ、ということを、誰かに優しく教えてもらいたい。そんな時、しおりを挟んでいるこの頁を開く。
 

「あなたが花なら 沢山のそれらと
変わりないのかも知れない
そこからひとつを 選んだ 僕だけに あなただけに
いつか 涙や笑顔を 忘れた時だけ 思い出して下さい
迷わずひとつを 選んだ

あなただけに 歌える唄がある」

―『花の名』
 

私の手は、確かに何かを掴んでいる。これはたぶん、奇跡だ。

そのおかげで、笑ったり泣いたり怒ったり悲しんだりできている。人間として、毎日を生きていられている。

時々煩わしくなるし、複雑な感情ばかりを内に抱えこんでしまう人間というものに生まれてきたことに疲れたりもするけれど、それでもやっぱり、生まれ変われるなら今度も私に生まれてきたい。

そう思えるのは、誰かが私を「選んでくれた」からだ。
 

ここにある風の匂いをかぐ。ここにいる私の、つま先を見つめる。
私はここにいる。ずっと私のそばにあるこの辞書と一緒に。
 

優しい曲たちと一緒に、これからも言葉にならない日々を生きていく。

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい