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「日常」が奪われた日々の中で

go!go!vanillasが唄う未来の話

このご時世、皆どのように生きているのだろうかと純粋に疑問に思う時がある。

テレビも、新聞も、ネットニュースも、コロナについて報じない日はないし、外に出れば皆が一様にマスクをして歩いている。

毎日が異常事態だ。本当に。ある意味で映画のような。

私たちから「日常」が奪われたのはいつの話だっただろうか。

二ヶ月前、私は高校を卒業した。

三月の上旬、もうそこに「日常」はなかったように思う。

保護者や来賓なんて勿論招くことができず、クラス単位で放送による卒業式。

国歌、校歌、「清聴」。

たった2時間弱、教室で座っていただけ。

人との接触を出来るだけ減らすようにと先生から指示を受け、友達との別れを惜しむ時間すら与えられなかった。

人生において大切だったと思える三年間の高校生活がこんな形で幕切れとは、呆気なさすぎて涙も出ない、そんな卒業式だった。

始まるはずだった大学生活も含め、貴重な学生生活がこんなどうしようもない事象に奪われたことがただただ悔しい。

コロナのせいで、一体どのくらいの人の未来が変わってしまったのだろう。

伝えられなかった気持ちや消えてしまった気持ちはどのくらいあるのだろう。

壊れた関係はどのくらいあるのだろう。

恋愛関係に限ったことではない。

環境が変わることを節目に、伝えるべきだった感謝や謝罪の気持ち、新生活への期待までもコロナは奪ってしまった。

別れの寂しさを新しい出会いでかき消すことで生きてきたということを痛感する。

きっと、良い意味で忘れてきたのだ。

コロナ禍に直面し、周りにいる大切な人を、見失ってしまいそうになる時がある。

価値観の相違が顕著に顕れる瞬間に、大切なものを忘れてしまうことがある。

大切な人に会うことができない辛さを、本人にぶつけてしまうことがある。

漠然とした未来への不安と、終わりの見えない自粛生活に気が滅入る。

大切な人を、どうしようもないことで傷つけ、そして傷つけられることも増えた。

自暴自棄になるような毎日を過ごしていた時に、ふと目に入ったのがアメイジングレースのミュージックビデオだった。

私は有名な曲を数曲知っている程度で、go!go!vanillasのファン、というわけではない。が、

《僕らの未来に賭けてみよう》

ー涙が出た。

私が一番、忘れていた「未来を信じる」ということ。

《大切なことは何だ? 人を蹴落として笑うのか? どんな未来を待った?》

今の私たちに大切なのは、未来で一緒にいるべき人を失わないようにすることだ。

失わないと気付けない、どうしようもなく癡鈍な私たちかもしれないけれど、沢山の「当たり前」を失った今、これ以上今までの「当たり前」を失くしたくないと、きっと誰もが思っているはずだから。

《暗がりに囲まれて 蝕まれていく あなたの手と僕の手繋いで 一人で抱えた重み 二人で支えたら 》

自分すら見失ってしまうような毎日でも、それは大切な人を傷つけていい理由には絶対にならない。

一人一人置かれている状況も考えることだって違う、だけど誰もが非日常を生きている。

「こんなことさえなかったら。」というもう一つの未来とのギャップに苦しんでいる。

そんな時、お互いがお互いの今、そして未来を生きる理由になれたなら。

《全てを愛して 今日を暮らす 僕らの未来に賭けてみよう》

当たり前が根底から崩れた、楽しみも何もないような日々の繰り返しでも、いつかの未来のために全てを愛し、今日を過ごしていこう。

画面越しに伝わってきたのは、見失っていたものを照らしてくれるような幸せな音楽だった。

私たちがコロナに奪われるのは、今のこの時間だけで十分だ。

これから先の未来まで奪われるわけにはいかない。

そんな曲だと思えた。そんな「今」だと思えた。

今が繋ぐいつかの未来で、素敵な音楽がまた、ライブハウスで鳴りますように。

大切な人と手を繋いでいられる人が、どうか減りませんように。

当たり前の幸せに麻痺して過ごせる日々はそう遠くないと、信じていたい。

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