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「Save Me」で紐とく─Adam Lambertの軌跡

「You Are The Champions」─全てはここに繋がっていた

私は以前こちらで今年1月に3度目の来日を果たした「QUEEN+Adam Lambert」に寄せて、フロントマンであるアダム・ランバートの魅力、成長ぶりなどを書かせていただいた。

アダムロスに陥った私が想いのまま、ただ淡々と書き綴ったものであり、改めてアダムの成長とは実際、どんな軌跡を辿ってきたのか─その背景を探り、さらに掘り下げ、さかのぼってみたくなり今回再びペンを取った。

アダムはクイーンとの活動と平行してソロ活動も行っている。デビューアルバム「For Your Entertainment」がリリースされたのは2009年11月。この頃まだクイーンとの活動はしていない。ブライアンからクイーンへのラブコールを受け、迷っていた時期だ。

その後自身のワールドツアーを終え、クイーンとの本格的な活動を開始するが、ツアーの合間を縫って自身のソロ活動もきっちりとこなしている。
この3月にリリースされた「Velvet」を含め5枚のアルバム、3度のツアー、日本へはプロモーションも含め5回の来日を果している。
そのクイーンとしての活動、それに並行したソロ活動を時系列に並べてみるとアダムの音楽に対する真摯な姿勢が伺える。人脈の広さも納得できる、きめ細かなフットワークだ。

さかのぼるに当たってまず私が取り掛かったのは、クイーン+アダム・ランバートとして行ったツアー日程、その各日のセットリストを追っていく、という作業だ。

ツアーを開始した2012年ヨーロッパツアーから現時点で消化されている2020年2月オセアニアツアーまでの約8年間、数にして全229公演となる。

アナログ人間な私は各日のセットリストを一つ一つノートに記入していく方法を選んだ。デジタルに頼れば時間も労力も節約できるが、自分の手で形にして手元に置いておきたかった。

さてツアー日程はすぐに調べはつくが、セットリストを追っていく、という作業はなかなかの根気が必要だ。

あちこちのサイトを探せば、あるにはあるのだが、必ずしも全てが正しいとは限らない。複数のリストを照らし合わせると微妙に異なる箇所もあり信憑性に欠ける。
最終的には動画を探して精査していくしかない。気が遠くなるような作業だが、ここは妥協するわけにはいかない。可能な限り事実に近づける必要性がある。

何故ならアダムの背景を追う中で、セットリストは重要な役割を果たすだろうと考えたからだ。

ライブ好きな方にはわかっていただけると思うがセットリスト、略して“セトリ”、実に奥が深い。
あの曲がインした、アウトした、例え1曲入れ替わっただけでもファンにとっては大事件だ。曲目だけではない。曲順が入れ替わっただけでも議論が始まる。

セトリにはアーティストの想い、ファンへのメッセージが込められていて変更、入れ替えなどの変化からファンはその経緯を分析し、想像を膨らませる。アーティストのライブ当日の心境、公演地や会場など様々なバックグラウンドを探るのが実に楽しい。
そんなセットリストを追えば必ず何かしら見えてくるはずだと思った。

クイーンのセットリストはツアー毎にほぼ固定されている。
定番曲が約30曲、その内ツアー毎にイン、アウトを繰り返すものが数曲あり、それらを組み合わせておよそ25~30曲のセットリストが組まれている。

そして特筆すべき点は、別枠として公演地にちなんだご当地ソング、カバー曲があちらこちらに散りばめられていることだ。

このご当地ソングにおいては日本では「Teo Torriatte(Let Us Cling Together)」がお馴染みだが、この類いのものが南米やヨーロッパ各地で披露されている。(「I Was Born To Love You」は複数曲の別枠定番として特例)
全てブライアン・メイのアコースティックギターから奏でられるファンへの贈り物だ。(ブライアンはこのファンサービスのために結構な時間をいつもリハーサルに費やしてくれている。)

そして、もうひとつの大きな特徴でありファンの楽しみは、ツアー毎に組み込まれる超レア級の逸品 “ツアー曲”の存在だ。

2015年ヨーロッパツアーでは「Save Me」という曲がこのツアー曲として初めてセットリストに登場した。
1980年クイーンの8作目のオリジナルアルバムとして発売された「The Game」に収録されている。ライブでの定番曲ではなかったがファンの間では人気の高い名曲であり、私にとっても思い入れのある特別な存在だった。

これを発見した時はさすがにテンションが上がり、セットリスト作りの作業の手を止め、「Save Me」を追い始めた。ヨーロッパツアー全26公演の「Save Me」の動画を集結させ、時系列に並べた“再生リスト”作りに没頭した。
 

すると─
あることに気づいた。

ツアー17公演目のパリ・ブリュッセル公演だけが、どんな検索ワードを放り込んでも引っ掛かってこないのだ。最終的に公演地のみの検索で他の曲も拾おうとしたが何もヒットしない。さすがにこれはおかしいと思い調べてみると、やはりセットリストも見当たらないではないか─

と、なんとここで、とんでもない事実が判明した。

公演当日、突然の中止が発表されていたのだ…。

理由はアダムの体調不良、気管支感染症のためだと記されている。

慌ててセットリストをチェックしてみる。
中止公演前夜のフランクフルト公演からは「The Show Must Go On」「Who Wants To Live Forever」の2曲が外されていた。

前者の「The Show Must Go On」はツアーを通してインアウトを繰り返す曲だが、定番で人気の高い「Who Wants To Live Forever」はクイーンとの2012年初ステージで披露されてから外されたのは過去1回しかない。2014年初来日したサマーソニックの2日目だがこれは構成上意図的なものであった。

この曲がセットリストから消える、ということはただ事ではない。
動画でこの日のアダムを確かめてみる。

声はかすれ、後半、高音は全く出ていない。この状態では壮絶なこの2曲は到底無理だ。倒れてしまう。パフォーマンスにもいつものキレはなく、足元もおぼつかない。痛々しくて私は思わず動画を停止した。

実際、彼の喉はかなり悪化していて、24時間喉は使ってはいけないという強いドクターストップがかかっていたという。

この状態でこの25曲を歌い切るなんて…なにやってんのよ、アダム…。

が、しかし事態は最悪なシナリオ、

公演キャンセル。

少しずつ成長しクイーンのフロントマンとして力をつけ、少しずつではあるが認められつつある。決して間違った方向には行っていない。このまま行けば大丈夫、と進んでいた頃だろう。

そんなアダムを襲った突然のアクシデント。
中止の決定が下され、次のミラノ公演までの2日間何を思って過ごしたのだろう。

計り知れない自責の念にかられながらも、自分を見つめ直す時間だったに違いない。
こんな窮地に立たされながら見えた景色は彼の目に、どんな風に映っただろう。

彼が何を思い、何と戦っていたのかそれは想像でしかない。

しかしこの出来事がアダムに変化をもたらし、ここが大きな分岐点となった─

そう確信させたもの、

そ れ が、「Save Me」だ。

実は、話を戻すとこの曲がツアーインし、喜び勇んで全公演の再生リストを作った私だったが、ツアー初日のニューカッスル公演での「Save Me」に私は少々“違和感”を感じていた。

クイーンの頃から深く愛でていた曲でもあり、思い入れも強く余りにもフレディのイメージが強すぎてスムーズに受け入れることが出来なかったのだ。
他のクイーンのカバー曲は“アダムはアダム”と抵抗なく受け入れてきたが、この「Save Me」だけはアダムの入る余地がなかった。

ファンの支持も高くドラマチックな曲であるだけに、難しさがあったのではないか。その迷いが歌に伝わってきたのだ。
聴けば聴くほどその違和感は拭いきれず、その「Save Me」リストは最初の数公演までしか再生されず、そのまま放置されていた。

この公演中止の事実が発覚し、まず頭をよぎったのが、

“じゃあ「Save Me」はあれからどうなった!?”

アダムの心の変化を知る手掛かりとなる、うってつけの材料がここにある。

途中で放置されていた「Save Me」─

こ れ を 紐 と く と き が、やってきた。

再びリストを引っ張りだし、改めて聴いてみる。が、やはり最初に感じた違和感はそのままだ。
イメージを探ろうとしているのだが曲のオーラに負けまいと気持ちが先走り、空回りしてしまっているような…。
それでも日を追うにつれ、何となく着地点が見え隠れしてきたような印象もあった。

そんな試行錯誤の「Save Me」が中止を迎えるフランクフルト公演まで約1ヶ月間続いた。

そしていよいよ、中止直後の“イタリア・ミラノ公演”を迎える。

アダムは無事復帰していた。

このミラノ公演はこの検証材料の補足として、あらかじめ当日のセットリストに沿ってコマ送りのみで選んだ再生リストも作っておいた。
 

さて─
私は大きくひとつ深呼吸をして気持ちを整え、再生を開始した。
良くも悪くもいろんなことが想定されるこの状況下…覚悟を決めて臨んだ。

オープニング前、大きなクイーンロゴが掲げられた幕がステージを覆っている。
2015ツアーのオープニング「One Vision」のイントロが流れ始め場内は大歓声。
幕が中央部分から勢いよく吸い上げられ、ステージの全貌が現れる。

通称Qステージの前に黒の革ジャンスーツ姿のアダムが背を向け、右手を真っ直ぐに伸ばして決めポーズで立っている。
軽快なマイクスタンドさばきでパフォーマンスが始まった。いきなり全開モードで動きもいつものキレキレが復活している。

まだ喉の調子は万全ではなさそうだが、少しかすれてはいるものの、大丈夫そうだ。裏声はまだ辛そうだが高音はちゃんと出ている。
サングラスの下からでも表情が明るいのがわかる。ステージに戻ってこれた嬉しさなのか笑顔が弾けている。

そして慎重なパフォーマンスを続けながら淡々とセットリストは進み、後半いよいよ、

「Save Me」を迎えた。
 

黒のレースシャツにベストを羽織ったアダム。
ステージ向かって右端にある黄金色に輝く小さな展望階段をゆっくりと登っていく。
いちばん高い所まで辿り着くと踊り場の手すりに身をゆだね、静かに位置についた。

一瞬、はにかんだように笑い、照れ隠しのようにこめかみの辺りに手をやった。

小さな深呼吸をひとつしゆっくりと、歌い始めた。

「It started off so well─」

少しかすれた声が辺りの空気を振動させる。

「They said we made a perfect pair─」

澄んだ歌声が静かに闇に吸い込まれていく。

胸がしめつけられ、
頭の中が真っ白になっていく。

とその時、聴こえてきたのは彼の背中を後押しするかのようなオーディエンスの大合唱─

喉元に熱いものが込み上げてきた。
アダムの顔がぼやけて見えなくなっていく。
上まぶたをわずかに動かした隙に涙がぽたぽたと─落ちた。
目の前のアダムを抱きしめたくなった。

ブライアンのレッドスペシャルの音色がまるでパイプオルガンのようにやさしくアダムを包み込む。

そんなブライアンに静かに目線を投げかけ、マイクスタンドから力強くマイクを持ちかえた。

曲はクライマックス─

「Save me, save me, save me~!」

拳を振りしぼり、ありったけの声量をここに集中させ、会場いっぱいに放出させた、

と、次の瞬間、水を打ったような静寂が辺りを包み込んだ。

時が止まった。
静かに真っ直ぐに立ちすくむアダム。

その目線の先には自分を支えてくれている無数の人たちの姿がしっかりと映っていた。

“ここに立ち続けること。それが僕の使命だ。”

と自分に誓うかのように。

瞳がきらきらと輝いていた。

「I’m naked and I’m far from home─」

着地した。

満面の笑顔、無垢な笑顔がそこにあった。

ステージ中央に戻ってきたアダムにすっと敬礼するブライアン。
もう彼は大丈夫─。

人々の拍手と大歓声が彼の復帰を祝福していた。

初めて聴けた、アダムの「Save Me」だった。
 

この日を境いに、もうそこにはフレディの影はなく、新たな次元の「Save Me」がひとり歩きを始めた。
絹のように滑らかなその歌声をメロディにのせ、言葉を紡いでいく。そうして織り上がった「Save Me」は紛れもなく彼の色だった。
最終日に向けてその色はどんどん美しさを増していった。

私は最後の検証を行うことにした。
ミラノ公演で見せた、やたら笑顔のアダムが私の頭に引っ掛かっていた。このヨーロッパツアーの全貌を確かめよう、と。

初日と最終日、中止公演の前後、そしてセットリストが完結しやすい動画投稿数の多い日を選んで作業を進めた。

ようやく出来上がった再生リストを順々に、こちらも紐解いていく。

やはり予感は的中した。

ツアー初日からアダムはびっくりするくらい笑顔が少ない。
一つ一つの言葉を置きに行ってるような感じがあり、歌詞に気持ちが乗ってないような…目線が定まらない。
気合いも入っていてパフォーマンスも素晴らしいのだが何かが噛み合っていないような、感じがした。

感覚を集中させ、慎重に再生を続けた。

“やっぱり…ここだ”

中止となった2015年2月8日パリ・ブリュッセル公演─
この日を境いに二人のアダムが存在していた。
 

がむしゃらに走り続けていた自分に気づいたのだろうか。
自分を見つめ直し、演じるのではなくどうあるべきかではなく、どうしたいのか、ありのままのアダム・ランバートでい続ける。

支えてくれているたくさんな見えない力を感じながら、クイーンという最高のステージの最前線に立たせてもらっていることに恩返しをしていくんだ、と。

決して忘れてはいけない使命感─。

なぜなら彼は
“選ばれた人間”なのだから。
 

アダムの分岐点となった2015年のこの出来事は5年後の今にも繋がっているのではないだろか。

あの公演中止という経験がなければ今の彼はここには居なかったかもしれない、とさえ思わせる。
クイーンにとっても大きなターニングポイントだったのではないだろうか。

そう確信させたのは、

まさに今、このタイミングで世に放たれたクイーンの新曲、

「You Are The Champions」だ。

クイーンの伝説的アンセム「伝説のチャンピオン(原題:We Are The Champions)」のロックダウンバージョンとしてこの「You Are The Champions」が緊急リリースされた。収益金は「WHOのための新型コロナウイルス感染症連帯対応基金」に寄付される。

今、全世界でこの困難な状況に立ち向かってくれている献身的な医療従事者に敬意と感謝を込め、今、最前線にいる勇敢な戦士たちこそが、私たちにとって“新しいチャンピオンだ”というメッセージが込められている。

このタイミングで思わぬ形で三人のレコーディングが世界に向けて初リリースされたことは、いちファンとして本当に誇らしい。
フレディの遺志にも通じるものがある。

これまでの8年間の活動に於いて、すでに世界中のクイーンファン公認でこのユニットの存在は証明、認証されていると信じてきた。
が、こういう姿を見ると三人の歩んできた道のりは決して間違ってはいなかったんだと改めて認識することができる。
 

そして─

近年、クイーンのまわりで囁かれ始めていた“クイーンとのレコーディング”に対して遠慮がちだったアダムだったが、最近の“People”のインタビューでこんなことを語っている。

『“We’ve always resisted putting out any new covers of their existing songs together because it just didn’t feel appropriate.”

“I always said if we have a reason, that feels like the right reason, or if it’s the right timing, we’ll do it. And I think this is the right one,” he continues. “It’s such an honor.”』

「ブライアンとロジャーの二人と、既存するクイーンの曲のカバーを一緒に出すことに対して、いつも抵抗してきた。今は適切でないと感じていたからだ。

僕がいつも言ってきたことは、もし正しいと思える理由と正しいタイミングであればそれはやってもいい、と。そして今が“その時だ”と感じている。それはとても名誉なことでもある。」

“神様からの贈りもの”
ブライアンがアダムのことをこう呼んでから8年がたった。

神様ってフレディのことかなあって今、思う。

「We Are The Champions」がフレディの手を離れて43年。

この困難な状況に立たされながらも、

フレディの遺志を継ぎ、

クイーンの魂とも言えるこの名誉あるこの曲に、

「You Are The Champions」として新しい命を吹き込むために、

アダムは“選ばれた人間”なのだから。
 
 

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『』内〈引用文献〉
People(people.com)

*Queen&Adam Lambert Release New Version Of ‘We Are The Champions’
To Honor Health Care Workers
    インタビューより引用

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