3708 件掲載中 月間賞毎月10日発表
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

ひとつにはなれないから

「うちで踊ろう」と歌う、星野源の思いとは

「うちで踊ろう」
1分にも満たないその動画がインスタグラムにアップされたのは4月2日深夜、日付を跨いだ3日の事だった。

「誰か、この動画に楽器の伴奏やコーラスやダンスを重ねてくれないかな?」

添えられたコメントに瞬く間に”重なり”が広がっていった。一般人も有名人も多くの人々がそれぞれの場所で、それぞれのやり方で重なりを見せた。

コーラスを入れる人もいれば、楽器を弾く人、打ち込みで参加する人もいれば、絵を描く人もいた。これでみんな”ひとつになれる”のだろうか?

それを否定するように星野源の楽曲の中に”人はひとつにはなれない”という意味合いを持つ曲が何曲か存在する。

世間一般的にはアーティストとファン、恋人同士や家族にとって、人同士がひとつになる。一体となる。という方がポジティブなイメージを持つし、好感が持てるものなのかも知れない。

“人はひとつにはなれない”
そう聞くと突き放されたように感じ、ネガティブで冷たいイメージを持ってしまうのも確かだ。

例えば、星野源の「ばらばら」という曲。
歌詞にはこうある。

「世界は ひとつじゃない
ああ そのまま ばらばらのまま
世界は ひとつになれない
そのまま どこかにいこう」

また「肌」という曲には

「どんな 近づいても 
一つにはなれないから
少しだけ せめて」

「きつく 抱きしめても
二つしかなれないから
少しだけ 長く」

紹介した2曲の間は数年空いているが、星野源の思いは変わらない。世界はばらばらのまま、どんなに近づきあってもひとつにはなれないのだ、と。

では、星野源の言う”ひとつにはなれない”という言葉は果たしてネガティブなものなのだろうか?

そこで冒頭へと話を戻そうと思う。

「うちで踊ろう」には”家の中で踊ろう”とはまた別の意味も含まれている。英語訳だと「Dancing On The Inside」つまり、心の内で踊ろうという意味も含まれているのだ。

しかし、これは動画公開後、しばらくしてから語られたものであり、知る由もなかった私たちは自然とその流れに身を任せる形で、何者でもない自分であっても参加の意義を見出し、重なり合い、楽しみ、励まされていたのだ。それぞれの場所で、ばらばらに。

自粛生活を強いられ、やれステイホームだと言われている中、家での時間を楽しく過ごしてもらいたいという思いはもちろん、危険に晒されながらも外へ働きに出なければならない人も心踊るような、何か楽しい仕掛けは出来ないものか、と思案されて出来た曲だった。その存外に楽しい仕掛けにまんまと引っかかったのだ。

“ひとつにはなれない”
これはネガティブなものなどでは決してないではないか。ひとつになれないからこそ、重なり合うことが出来、重なり合ったそこにたったひとつ、唯一無二のものが生まれるのだ。

星野源は”基本的に絶望している”だとか”孤独だ”とか己を隠さず曝け出す。そんな人に嘘がないことは明確だった。

「僕らそれぞれの場所で
重なり合えそうだ」

そう歌う彼は、ライブで皆がばらばらに、自由に踊っている様が好きだとよく話す。ひとつにはなれないから。人はひとりだから。だからこそ見える景色。

今はそういった事が出来ない不確かな現状だが、この短い曲から”ひとつにはなれない、ひとり、ひとり。生きて、笑顔でまた会おう”という強く、ポジティブなメッセージが、萎れた心に重なってくれる事だけは確かな事実なのではないだろうか。

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい