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わり切れないものを歌うこと

くるり『魔法のじゅうたん』と愛とさびしさ

 2020年5月、COVID-19と名付けられたウイルスが世界中で猛威をふるい、あなたが住む東京もその他の大都市の例に漏れず、多数の感染者を出している。
 

人が少なくなった東京は、役目を終えてただそこにある大掛かりな映画のセットみたいで、どこか寂しい。

たまに、風の気持ち良い夜は音楽を聴きながら少しだけ散歩をする。会いたい人に会えない、そんな辛さがありながらも、ちょうど数カ月前に恋人と別れたあなたは心のどこかで少し安心もしている。
可能性というのは時に人を苦しめることがある。不謹慎かもしれないが、どうせ誰にも会えないという状態に、もしかすると救われている人もこの世界にはいるのだろうと孤独の中であなたは思う。

22時過ぎ、家を出て、広々とした歩道を歩く。いつも街を照らしている東京タワーの明かりが消え、あたりはがらんとしている。街の音もいつもと少し違って、全ての音が同じくらいだけ小さくなっているように思える。耳にイヤフォンを付け、シャッフル再生でiPhoneから音楽を流す。
流れてきたのはくるりというバンドの『魔法のじゅうたん』という曲だった。
 

あなたが初めてくるりを聴いたのは、たしか中学1年のときで、そのころ、近所に住む音楽好きの叔父が、よく私におすすめの曲をまとめたMDを定期的に渡してくれるという習慣があって、その中の1曲が『Superstar』だった。
それまでいわゆるお茶の間で流れるJ-POPしか聞いたことがなかったあなたは、一聴して、心をつかまれた。気持ちいいギター(その頃はそれがギターという楽器の音であることも知らなかったけれど)のサウンドも少し切ないメロディーも好きだったが、何よりも、それまで聞いてきた音楽と違うと思ったのは歌詞だった。
 
 

「スーパースターは待っている
芝生の向こうで呼んでいる
誰もがリフレインに涙する」
 
 

くるりの、岸田繁という人の書く歌詞はいつもわかるようでわからない。普段誰かと話すような平易な言葉で書かれていることがほとんどだけれど、聞くたびに印象がちがって、油断すると気付くことすらないような、名前のない気持ちをよび起こす。
 

「心はひとつになったんだ パンとピーナツクリーム頬張って
どこへ行けども思い出せるならば

愛し合うことの寂しさと 思いやることのぬくもりを
ここに置いておけばいいんだ
夢見たように飛んでゆけるから」
 

心がひとつになる、というと誰かと気持ちを共有して、同じ方向を向いて・・といった連帯のイメージを想像するけれど、この日のあなたは、愛する人と別れて、ひとり分になってしまった心のことを思った。

ああ、だからこんなに悲しいのに、どこかでほっとしているんだ、と気づく。愛し合うことはただ嬉しくて楽しいものではなくて、寂しかったり、面倒くさい。いろんな矛盾や言葉にならないものを多分に含んでいる。
それはあなたやわたしもそうで、何かを、誰かを要約することは、本当はできない。そもそも要点なんてないのだから。
それでも、だからこそ、こうやって歌があるのだと思う。そういうロジックでは語りつくせないものをすくい上げ、歌い、肯定するために。

くるりの歌詞がわかるようでわからないのは、あなたやわたしの人生がそうだからだ。たぶん。

そんなことを思いながら、また誰もいない道を歩いて家に帰る。明日も朝から仕事をする。

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