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宗教としての米津玄師

ライブから三ヶ月経って思う

ハチが米津玄師として活動を始める年、時を同じくして私は教師を始めた。10年という年月が瞬く間に過ぎ、今年2月、HYPEにトレードで参加が叶った。

行く前から号泣するのは分かっていた。
トレードは日々の仕事に支障が出ないギリギリの状態の中行っていたつもりなので、仕事、トレード、僅かな睡眠を繰り返すだけの、シンプルな毎日だった。だからトレードが成立したその早朝も嬉し過ぎて、心の中は荒れ狂ってガッツポーズしていたけれど、口角が少し上がる程度の薄ら笑いをうかべて飄々と出勤した。仕事中は楽しい夢を見る余裕がないのが残念ではあるが、切り替えることで心の平穏が保たれていると考えている。
睡眠時間だけが足りない日々の中でも、あと数日に迫ったライブのセットリストを知るのを我慢できる類の強さは持ち合わせていないので、全て確認し、頭に入れて、演出までイメージして会場に向かった。

暗転したアリーナの中で、浅い呼吸を何とか整えた後どれほど経ったのだろうか、赤い光の帯の先に人影が目に入るや、涙で視界が霞み、吐き気すらしてきた。好き過ぎる人や出来事を前にすると内臓までひっくり返る。しかし、私の心の中の片隅どころか、ど真ん中の永久特等席に申し訳無さそうに、でもどかっと居座るこの米津玄師という青年とはいかなる姿をしてどのように歌い何を語るのか、この目に焼き付けなくてはと必死に溢れる涙を拭っていたら例の三曲目になっていた。

会場の全ての人が固唾を飲んで待つ中、何回も聴いてきたどの校長講話よりも、全細胞にまで染み渡る彼の言葉がゆっくりと紡がれていく、愛おしいMCの時間が始まった。大勢が一心不乱にひとりを見つめ、そのひとの次の言葉を待つ姿は宗教のようだ。神は米津玄師という才能をお使いになって、世の中の迷える者たちに音楽をお恵み下さっているのかな、というようなことを思いながら彼の話と静寂に身を委ねていたのはほんの数分だったのかも知れない。必ず終わるからこそ美しいと、頭では分かっている。しかしあの時間だけは永遠に続くことを願った。

子どもの頃は教師自体大まかに括って好きではなくて、目指してもいなかったし、教育学部卒業でもないし、先生と呼ばれ続けているうちに高い位置から人を見下すクセがついてしまっている人なんて、こっちが恥ずかしくて見てられないと思っていた。後半部分は今も思っている。

自分の中学時代は吹奏楽部で、認められる場面も時にはあった。三年間ずっと眠かったことだけは確かだけれど、人が興味を持ちそうなエピソードを面白く語る話術もないし、話しても意図したように伝わった試しがないので大勢で話すときはだいたい最初から黙っている。中学時代の写真自体ほぼ残ってない上に、笑顔のものはない。成績が良かったら生徒会?リーダー性と関係ないですよね、とも言えず、出馬したくない選挙でつまらない演説するという茶番を演じたり、反抗するにしてもネイルをしたり、振り下ろされたゲンコツを華麗に避けて先生を更に怒らせるくらいしか能がなかった。

ではなぜ教師になったか。熱血で明るくて声が大きくて自信に溢れてる先生じゃない人もいるよ、大丈夫って生徒に伝えられると思ったから。私の頃は中二病なんて言葉はなかったけど確実にそうだったし、自分が嫌で嫌で仕方がなくて不貞腐れてたかつての中学生もこうして何とか生きていますと、今なら身をもって示せるし、彼らが湧き上がる思いや怒りを上手く表現出来ずに不貞腐れているのなら、理解しようと努めて励ますことはできると思ったから。無知故に無敵で、大人を軽蔑してた子どもが大人になって、昔の自分の分身たちに伝えられることってあるんじゃないかなと思ったから。無邪気な明るさや熱意が眩し過ぎて、どう対処したらいいかわからない生徒もいる。全部一旦受け入れてくれて、静かに寄り添ったり見守ってくれる先生を必要としている生徒もいる。寄ってこないけど、たまにちらっとこっちを見てすっと立ち去った生徒の気持ちこそ受け止めたい。大学出ていきなり先生って呼ばれるのは嫌で会社勤めをしたり、日本から一旦離れたり、社会との接点の少ない空白の数年間を経たりした遅めの先生だからできることをしたい。
どこかで聞いたことがあるなと思うが、10年前の採用試験で言ったことなので、その人が米津玄師を好きにならない方がおかしい。

不遜にも米津玄師が話していることは、自分が人生の岐路で感じてきたことをなぞっているようで、自分が生徒に伝えたいことと、根っこのところは同じだなと、ずっと自己肯定され続けている気がした。あの会場に足を運んだ人達はみな同じようにあの会場で、許されながら生きてきたという米津玄師に許されたのだと思う。これもまた宗教。

人は一人では生きられないとか、でも人は完全に分かり合えないから大切に思う程に適度な距離を保つ必要があるとか、無駄や孤独を愛するとか、いちいち時間をかけてやっと頭と身体で納得してきたことを、米津玄師は20代で歌を作るということに昇華させている。蛹が変態するくらいの過酷な過程を伴う作業だと思う。その能力は誰にでも備わっているものではないから、彼は自覚のもと、天に与えられた仕事を黙々とし続ける。私たちは自分たちの思いを汲んで言葉にしてくれるかのような彼の歌を聴いて、周りを見渡しても居ないと絶望しかけていた理解者が存在するという事実に唯ならぬ安心感と肯定感を覚える。やはり宗教。

インタビューで彼が語る言葉が他人事ではなく自分ごとに思えるのも、愛するが故なら宗教。プライベートを語っているはずの言葉たちはどういう過程を経てか、普遍性を帯びて多くの共感を呼ぶ。心の中を見透かされているようで、✳︎同じものをもって遠く繋がっている(ホープランド)と感じざるを得ない。

新型コロナウイルスの脅威に覆われた世界の中で、米津玄師の歌たちは更に普遍性を帯びた。預言者なのかと見間違えるほどに。今こそ聴いて共感したい、慰められたい、背中を押してほしい歌詞を挙げだしたら枚挙に暇がない。彼が目指す普遍性はもう間違いなく達成されている。
私は米津玄師の歌や言葉を自分から取りに行って、それを血肉として立っていられる。受け取るだけでは足りない。彼に貰ってるものを、誰かにあげなくちゃ。自分が出来ることは、目の前の生徒との関係性の中で、彼らが少しでも変わっていくきっかけとなる行動やことばを残したり、共に体験したりすることだな、頑張ろう、と書いていたらそういう心境なのだなと自分でも分かった。

夢ではなかったと毎日思い出すライブから三ヶ月、ぼうっと考える時間を有効利用できたかはわからないが、色々考えたり聴いたり読んだりした。真新しいことは出てこなかったけれど、忙しさにかこつけて置き去りにしていた心の空白をいろいろ考えることで少し埋めあわせができた三ヶ月でもあった。

ただのファンレターなのか自己判断できません。もしそうだったらすみません。

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