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時を経て捉え直したい音楽空間

ジェフ・ベックのギターが音響を自在に往き来するのを追うのは楽しい

イギリスのロックギタリスト、ジェフ・ベックの1973年のアルバム「Beck, Bogert & Appice」はその時代のハードロックの名作だ。本当にそうだろうか。何気なく聞いていると時にはウェストコーストサウンドのように歌が広がって聞こえてくることもある。ソウルフルにつき哀愁の響き。要因はカーマイン・アピスの高い音程の声によるものだと思う。演奏が過激であるにもかかわらず、ヘヴィーロック、ハードロックになりきれないところは確かにこの声にあるのだと感じる。メロウな歌に騙されてはいけない。ジェフ・ベック、ティム・ボガート、カーマイン・アピスの基本3人によるロックサウンドは刺激的にしてかなりの超絶だ。
そして、スカスカの空間を四方八方から攻め突くギター、ドラム、ベースの行き方は単純明快なハードロックの枠にはめてしまうのは勿体ない。

僕はこの音楽を高校生の時に初めて聴いた。その時に好きだったのは1曲目”Black Cat Moan”だった。ここで聞こえてくる歌は他の曲とは明らかに声の質感が違う。この歌い方で全編をやってくれたらなぁなんて以前はよく思っていた。それから後に実はこの歌が、ギタリスト、ジェフ・ベックによるものらしいと知って驚いた。ジェフ・ベックは歌えないんじゃなかったのか。今聴いても、よく唄えているように聞かされるこのヘヴィーロック感が魅力的だ。ニール・ヤングの”シナモン・ガール”と同趣の響きの如く、塊のロックがスライドされながらスローに押し寄せてくる圧力が、ふてぶてしくも伝導される様はハードロックの起点として申し分ない。

しかしアルバム前半の聞き所は、次の”Lady”という曲の、空間を目まぐるしく往き来するバンドグルーヴの音響かもしれない。アイラブユー、アイニーデューを繰り返している歌詞を聞いていれば気恥ずかしくも感じられるが、それは今となってはどうでもよいことだ。そんな歌を受け入れてしまおうと、承諾するかしないかがこの「ベック・ボガート&アピス」を聴く上で重要な契約となるのは間違いない。そもそもこのアルバムの歌は特段下手というものではない。
隙間を縫うように延びてゆくベースの低音の軽快さ。凄まじく動きまわるベースサウンドの自在さにジェフ・ベックのギターは侵食されているかもしれない。しかし立体的なギターリフが音響を支配しているところでそれは回避される。ドラムは軽めに聞こえつつ実は重く、速さと強さとしなやかさで以て大胆に暴れまわっている。

このアルバムに於けるヘヴィーロックの頂点は、スティーヴィー・ワンダー作による”Superstition”なのかも、という気はする。うるさいくらいの音圧、ジェフ・ベックは意外にもノイズギターを歪ませまくっている。吠えるギター。ジェフ・ベックも野獣だ。ただのハードロックに終わらない重層な組み立てと決意がひしひしと伝わってくる。スティーヴィー・ワンダーのファンキーな名曲がこんなにノイズにまみれているのも何だか可笑しい。笑えるくらいのロックが、やっぱり本物のロックだ。

アルバムの中で、ハードロックに重心を置かないように感じられる中庸のポップあるいはソウルを想わせる曲調があることで、音楽の全体像がまとまらないのは避けられていない。そもそもこれがハードロックのアルバムとして認知されていること自体が過度の期待の押し付けかもしれない。
ジェフ・ベックが実はアメリカのルーツロックのグループ、ザ・バンドの影響を受けていたかも、と考えてみるのは面白いと思った。それならば、第2期ジェフ・ベック・グループの2作目「オレンジ・アルバム」が、アメリカ南部のメンフィスで録音され、ブッカー・T&ザ・MG’sのメンバーだったスティーヴ・クロッパーにプロデュースされている意味はいったい何なのか、という疑問も解けそうな気がする。そこではスワンプロックの界隈で重要なドン・ニックス作の”Going Down”が演奏されているという事もある。しかも「ベック・ボガート&アピス」のアルバムでも”Black Cat Moan”と”Sweet Sweet Surrender”という2曲はドン・ニックスの作品であり、そこでは実に彼自身によってのプロデュースまで手掛けられているのだ。よく聴けば”Sweet Sweet Surrender”は、ザ・バンドみたいな歌じゃないかと想う。
「Beck, Bogert & Appice」は単なるハードロック大会とかつての憧れのヴァニラ・ファッジメンバーとの夢のロック同窓会ではなかったのだと思う。例えばジェフ・ベックにとって、これが歌ものロックからインストゥルメンタルミュージックへと移行する境目だという事実を考えてみれば、この場はジェフ・ベックのロックミュージックに対するけじめと総決算だったのかもしれない。それも考えすぎか。

ひとつ考えてみたいのは、ジェフ・ベックの音楽は空間を意識して構築されているという事だ。例えば最初のジェフ・ベックのグループ、JEFF BECK名義の1968年のアルバム「TRUTH」は、その時点から空間の音響をじゅうぶんに理解されているというように聞こえるのだ。
「TRUTH」のアルバムが翌年1969年のレッド・ツェッペリンのデビュー作「LED ZEPPELIN」に影響を与えたという話は広く認知されている見解だと思う。僕はそうかなぁと以前は感じていたけれど「TRUTH」をレコードで聴いてみて合点がいった。実に「TRUTH」の音楽自体ではなく、そこに於ける空間の捉え方、扱い方だった。ギターと歌、ドラムとベースの響かせ方はブルース音楽の枠を自由に逸脱している。ジミー・ペイジはそれをジェフ・ベックから受けた上で自身の経験を合わせて「LED ZEPPELIN」のデビュー作にぶつけたのであり、新時代のロックをただのブルースロックの発展形に終わらせることなく、聴き手が未知の音楽体験を得られるようにと、音響空間を意識したのかもしれない。「LED ZEPPELIN」はロックファンに広く強く認識されている名作だけれども、ジェフ・ベック「TRUTH」はそれほどの聴かれ方をされていないような気がしてしまう。

ジェフ・ベック・グループの第1期とされる1968年「TRUTH」と1969年「COSA NOSTRA BECK-OLA」のバンドには、後のフェイセズ、ローリング・ストーンズのギタリスト、ロン・ウッドがベース奏者として参加している。歌はフェイセズ、ソロ歌手と進んでゆくロッド・スチュアートだ。「TRUTH」のドラム奏者はミック・ウォーラー、「BECK-OLA」のドラム奏者はトニー・ニューマンだった。
僕はTONY NEWMAN(トニー・ニューマン)が好きだ。彼はジェフ・ベックの後にハードロックバンド、MAY BRITZ(メイ・ブリッツ)へ行き、THREE MAN ARMY(スリー・マン・アーミー)に参画し、デヴイッド・ボウイのバンドに入る。それから先はパトゥのメンバーから続くBOXER(ボクサー)のバンドへと行く。
トニー・ニューマンが叩くドラムは暴れ太鼓だ。それはジェフ・ベックの「ベック・オラ」のアルバムにじゅうにぶんに披露されている。そこでの素晴らしいバンドグルーヴは絶対的に”Plynth”という曲でバッチリと決まる。こんな超絶グルーヴ感はなかなか聴けるものでない。「ベック・オラ」は「トゥルース」に比べて音響空間を無視するかのようにヘヴィーに展開されているが、そこで唯一、グルーヴと音響を強く意識させる名演が”Plynth”だ。「ベック・オラ」の音楽は暴れ馬のロデオ大会の如く、ひずみが強く、空間が捉えにくい面があるのかもしれない。たとえ馬が暴れようと、もっと落ち着いて聴くのがよいのだと思う。

ジェフ・ベックの音楽展開に於けるグルーヴと空間の扱い方は、その後の第2期ジェフ・ベック・グループへも繋がってゆくのだと思う。そう考えた上で「Beck, Bogert & Appice」を捉えてみるのが面白い。だとするなら、インストゥルメンタルミュージック、フュージョンへとスタイルを変えたジェフ・ベックの名作1975年の「BLOW BY BLOW」1976年の「WIRED」が、空間の音響とグルーヴとして楽しめるという面をも見いだせるのではないかと思う。ジェフ・ベックがそれを意識していたから、この2作はビートルズのプロデューサーだったジョージ・マーティンによって制作されていると、想像してみるのはどうだろう。ビートルズの音響実験。それもありかもしれない。
いや、ジョージ・マーティンがここに参加している意味は、ジェフ・ベックがその当時影響を受けていたマハヴィシュヌ・オーケストラのアルバムのプロデュースをジョージ・マーティンが手掛けているところからの繋がりだと思う。残念でした。

いろいろ考えて聴いてみれば、過去の音楽にも重要な意味をみることは出来る。

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