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私の心の一部を盗んでいったバンドへ

Good Bye NICO Touches the Walls

2019年11月15日正午。突如として短い文章が書かれた1枚の画像がSNS中を駆け巡った。画像に添える言葉もなく、画像を拡大しなければ読めないようになっている無言のお知らせ。「タイトルすらないのかよ、どんな知らせか予想できないようにしているな?」そう思いながらもおそるおそる見ると、画像を掲出した瞬間をもってNICO Touches the Wallsが15年の活動にピリオドを打つという知らせだった。そこで再び綴りたくなったのでまた残しておくことにする。
 
 

――熱狂には、さらなる熱狂を。僕らは大の負けず嫌いだから、みんながくれるものには必ずお釣りを付けて返してやろうと思っている。だから、これから先もその気持ちはどうか遠慮なく僕らに預けてほしい。その愛で僕らを焼き殺すつもりで来い。――
 
 

しかし実際に焼き殺されたのは観客である私達の方だった。”N X A”ツアーで選ぶ公演を後から増やす人が多かったからだ。せっかくのお釣りまでもギャンブルのベットに積んでしまうような、それくらい何回でも見たくなるツアーだった。私は行ける日程がもうなかったため本来の本数のままだったのだが、気持ちだけは全通のつもりで、行けなかった公演のレポートを眺めていた。
 

前年のOYSTERと対になるようにリリースされたTWISTERだったが、私にとっては2018年版Shout to the Walls!だなと感じた。今までのどの新譜よりも枷がなく自由である、迫る圧があり大声な感じがする、Shoutよりもっと叫びが込められている、と思ったからだ。何に対してかまでは読み取れなかったものの、5年経ってモードが周回して戻ってきたのだろうかという印象だった。
 

2019年のツアー(後にこれが最後のワンマンライブツアーとなる)はMACHIGAISAGASHI’19と名づけられた。何が間違い捜しなのだろう?と思っていたら、どうやらエレキ編成とアコースティック編成での比較らしい。実はいくつか歌詞ミスやアレンジミスがあるという部分があったようなのだが、そういうNICOの技巧がわからないままライブを観ているのが申し訳ないなと思うばかりである。混ぜ込んでいる音楽のジャンルが細かく多く、だからこそ「多色バンド」や「顔が複数ありすぎて初心者にNICOを紹介するのが難しい」という、NICOというバンドを説明するに大変困難さを極めてしまうところがある。

NICOのキャリアとしてラスト作品となったQUIZMASTERだが、私個人的には今から思えばWalls Is Endingと名づけても良かったのかなと思っている。初の全国流通盤としてリリースしたWalls Is Beginning(通称青盤)に始発点があり、QUIZMASTERに現時点での終着点があると思うからだ。いつ活動終了を決意したかは定かではないが、決意してから発表までかなりの時間があったのならば、いっそもっとバンドのエンディングらしいタイトルでリリースしてほしかった。ツアー中に会場でアルバムを買うとついてきたクリアファイルの中に「あなたにとっての『QUIZMASTER』とは誰?」と書かれた紙が入っていたのだが、こんな答えと意味が多すぎる問いを残していくなら、今回のことにしろ、今までの何のことを言うにしろ、毎度もっと細やかな説明と話が聞きたかったものである。「言わなくてもわかってくれよ」が多すぎるバンドだったと思う。
 

活動終了の知らせを読んだ直後は、活動休止や解散とはどう違うのかがよくわからず、再開や復活が見込めるような一時的なものであろうと、見込めないような半永久的なものであろうと、とりあえずは1度歩みが止まるということはぼんやりと読み取れた。ただ、わからないことが多すぎて「前向きな決断だから受け入れよう」とも「受け入れられないしそんなの無理だから」と悲しみで泣くこともなく「どういうこと?何が起きた?説明不足すぎない?」という気持ちばかりが渦巻いていた。ファンとしては手が届かない界隈では詳しい事情を知る人もいるようだが、それも理解したいけれど、同じ内容でも本人の口からの方が良かったという声もある。
 

発表された15日から、本来はイイニコの日としてイベントが行われるはずだった(と思いたい)25日までは「バンドの掛け持ちやサポート業などの兼業ミュージシャンが多いこの時代に、ほぼNICO1本でやってきた4人のことだ。どうせ音楽から離れられるような体じゃないだろう」くらいにしか思っていなかった。だが、あまりにもネクストアクションが見えないため「もしかしたら、誰か音楽自体から離れるメンバーがいるかも?」という不安が沸いてきた。SNSという場で何かを発信してくれるのが古村のみのため、古村から見た4人の世界しかわからない。もしやあとの3人は新しい活動をしても発信せず、見つけられた人だけのお楽しみとしてこっそりとした形をとっているのかもしれない。そういう風に気持ちの落としどころを見つけるしかなかった。
 

そう思っていた矢先に対馬のSNSのアカウントが現れたり、古村がライブハウスでフリーマーケットを開催したり、光村が神出鬼没の路上ライブを始めたりと、NICO Touches the Wallsという服を脱いだ自由奔放気ままな生活を見せ始めた。坂倉だけが未だ何も尻尾が掴めないのだが、どれもがNICOの活動ほどしっかりしたものではないため、不安が拭えないあまりの賛否両論はある。NICOという世界の中でも苦しんでいた彼らが、10代末期から30代中期までのすべてを捧げたその唯一の居場所を捨ててまで飛び出していった先でも、どこか形を変えたNICOの残り香の呪いのようなものに憑かれるのではないかという気持ちが消し去りきれずにいる。
 

4人4通りそれぞれの明るく幸せな未来を願いたいのも否めない。だがしかし、どうしても「終わらせるなとは言えないけれど、音楽以外のところも下手くそなやり方しか出来ないのか、良い大人4人が」と1人ずつ胸ぐら掴んで言いたいところもある。私の場合はHUMANIAからQUIZMASTERまでの8年間をNICOと共に生きてきた。途中何度も「もう手を離してやろうか」と思ったこともある。しかし、いつも「どうかあと1曲だけ聞いて嫌いになるか決めてくれ」とでも言わんばかりに簡単には逃がしてはくれなかった。そこまで「来るものは拒まず、去るものは許さず」な精神であるくせに、あんなにもあっさりと終わらせて。こちらが離れようとすれば縋るのに、自分達が離れる時はそんな軽く離れて。8月のSWEET LOVE SHOWER2019から毎年11月25日恒例イベントである「イイニコの日」までが静か過ぎた(※)ところから悪い予感を感じていたファンは多いが、それを除いて考えてみても「不器用」や「器用貧乏」という言葉で逃げるなよと思いたくなるくらいの不親切さはどうしても残る。

(※)私が知るHUMANIA以降での話ではあるが、2012年はALGORHYTMIQUEツアーがあったため秋も活発に活動していたが、全国の大学の学祭に呼ばれない限り、夏フェスが終わるとイイニコ開催まで地下潜伏期間である年が基本的には多い。しかし、例年通りであれば、それでも気配の欠片を見せてくるはずだった。なのに、それ以上に音沙汰がなかったため、2019年のみに存在したネガティブな予感が漂っていたことは否めない。
 
 

『目の前に女神(ヴィーナス)がいても 気づかないんだ』(夏の大三角形)

『また会える日まで 僕を忘れないでよ』(N極とN極)

『後悔はもう 流行ってないぜ』(サドンデスゲーム)

『つまんない時代に産まれた、だなんて 違ってるよ』(18?)
 
 

大馬鹿野郎はどっちだよ?!と思うと同時に、活動終了してから「もっとNICOは推されるべきバンドだった」なんていろんな立場の人が言ったって遅いんだよ、という気持ちもある。あんなにもがいて苦しんで、推してくれる人々はいるのにイマイチ定着していかないNICO流の音楽の新しい遊び方。思ったように伝わっていかないオフィシャル面でのポジティブな意図。まるで自殺寸前の人間が、フェードアウトすらなく突然外界と自分との繋がりを断ち切って孤独に人生のピリオドを打ってしまうかのようなバンドの終わり方だ。NICOに4人にそんな終わり方を選ばせてしまったこの世界は恥と罪を知れ、と誰に向けていいのかわからない言葉が沸いてしまう。

一方で、いくら新しい世界を見たくなったとはいえ、NICO Touches the Wallsという自身最大の遊び場を放り投げ出した4人を後悔させたいという思いもある。そのためにできることなんて少ないだろうけれど、いつかどこかで4人が思い直して「あの時はごめんな」と再び揃う姿を見せてくれることを信じて待つくらいしかできない。今回の活動終了に至ったいろんなことを話してくれるような機会がある未来であってほしい。できれば明るめに。
 

終わらせ方がひどすぎる、と曲を聴けなくなった人は多いように思う。しかし、私の場合はそこまで怒りも悲しみも起こらず、むしろ半分開き直りのような「あっそう。そっちがそう出てくるなら、今度はこちらが今までの振り回しの分、後悔を思い知らせに行ってやるわ」という感じである。8年間を奪われた割にはメンタルが強いなと思われるかもしれない。それはNICOと同等レベルで好きな、とある(基本は)3ピースバンドのおかげである。NICO以上に不安定な時期が多く、すぐに形が変化してしまうそのバンドに比べれば、この度の知らせくらいはまだどうにか保てている方である。もしそのバンドがいなければ、もっと落ち込み凹み、この文を書くための筆すら握れなかった気はする。NICOと同じだけ推せるバンドを持っていてよかった。だから今、NICOの下手くそで配慮が足りない散り際に向かい合えているように思う。
 

どんなバンドに寄り道しても熱が冷めなかった唯一のバンドに「ありがとう」ではなく、あえて「さようなら」を突きつける。一旦それくらい強く出ないと気持ちが収まらなかったため「Good Bye NICO Touches the Walls」とさせて頂いた。
 
 

『Good bye Adios Ciao 再見 それじゃそのままSayハロー』(手をたたけ)
 
 

いつまでもしぶとくしつこく待っていてやるからいつか必ず戻って来い。NICOに4人に教わり続けた好きなものへの執念をこんな形で返すことになるとは誰が予想できただろうか。
 
 

“2019年11月16日以降をNICO Touches the Wallsのままで生きていくのは4人にとってそんなに信用できない未来だった?”
 
 

私の8年間を盗んでいった4ピースギターロックバンドへの最後にして最大の愛を残して筆を置く。

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