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あらためて昇った太陽

SPEEDとして走り終えようとした時、新たなる光を放ちはじめたhiro

hiroさん(島袋寛子さん)のシングル「Bright Daylight」がリリースされたのは、2000年の2月16日のことである。これはhiroさんにとっても、SPEEDにとっても、そしてリスナーにとっても、かなりデリケートな時期というか、タイミングであったのではないかと、私は今にして思う。

SPEEDが解散するのは(その後、再結成を果たすわけなので「最初の旅を終える時」とでも表現するほうが適切かもしれない)、同年の3月31日のことだ。言うなれば、とりあえずのラストシングルとして、前年に「Long Way Home」がリリースされていた。

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SPEEDが解散するという知らせは、各メディアで大きく扱われていたし、もちろん私のようなリスナーにとっても、驚天動地のニュースだった。ショッキングだったとは言わない。鮮やかな引き際だ、英断だとも感じた。それでも寂しさを感じてもいたのは確かであり、恐らくはSPEEDのメンバー各位も、一抹の不安を感じもしないということは有り得なかっただろう。

もちろん「Long Way Home」は佳曲なのだけど、「SPEEDらしい曲」のようには、あまり私には感じられなかった。デビュー当時を彷彿させるような、エネルギッシュな楽曲ではないように思えたのだ(「Body&Soul」や「Go!Go!Heaven」とは、ずいぶんと曲調が違うことには、ご賛同いただけるのではないだろうか)。

「Long Way Home」には、やるせなさや躊躇いを表現するようなフレーズが、いくつか含まれる。

<<逢いたいもう一度>>
<< Kissくらいなら イイんじゃない >>

本曲では
<<限りのある命 燃やし尽くせ!>>

というメッセージも放たれるので、感傷的なだけの「ラストシングル」ではないと受け止めるのが妥当だろう。それでも曲の全体に、ある種の悲しみが漂っているようにも思えてならないのだ。それゆえに島袋寛子さんが、以下のように歌い上げる部分、その声調が穏やかであることに、いくぶん安堵した。

<<あなたに逢うまでの長い長い道>>

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「Bright Daylight」のジャケットを飾る島袋寛子さん(hiroさん)は、笑みを浮かべている。もちろん私は、他人様の表情から、その感情を的確に読み取れるほどの観察眼は持たない。それでも私の感じる限り、それはSPEEDのヴォーカリストとして(ひとりの少女として)見せてきてくれた、どの笑顔とも違っているようだった。hiroさんは言うなれば、成熟した大人のような笑みを浮かべている(いまジャケットを見返しても、そのように感じる)。それは悲しみや不安を越え、希望を見つけられたからこその笑顔なのではないだろうか。

私が主張したいのは、この笑顔に辿りつくまで、hiroさんは、言うなれば<<長い長い道>>を歩んできたのではないかということである。

楽曲「Bright Daylight」からは、様々な感情を読み取ることができ、そしてまたhiroさんの「表現の幅」が広がったことを感じとることもできる(それは私の主観かもしれないけど)。

歌い出しでhiroさんが放つのは、可憐というか、切なげな声だ。

<< Bright Daylight 朝の光が今 まっすぐ私を照らすよ >>

その歌い方が、最後まで貫かれるわけではない。下記のセンテンスを歌い上げるあたりから、声調がグッと強くなる。

<<はばたけない鳥みたいに 傷ついた日々は>>
<<これから始まる素敵な 季節へのプロローグ>>

アーティストが歌うことを、実体験だ、直情だと断定することは避けるべきだと思っている。それでも私は、ことによるとhiroさんは一時期、ご自身のことを<<はばたけない鳥みたいに>>、感じたことがあったのではないかと察する。その心的状況から脱却したからこそ、この部分をパワフルに歌えたのではないかと思うのだ。

そのような力強い声調が、あらためて柔らかくなるところがある。それは「またしても切なくなる」ということではなく、まるでリスナーを労わるかのような、意義ある静けさが届けられるという意味だ。高音域を叫ぶように歌えもするhiroさん(SPEEDとしての作品のなかで、そのエナジーをもって、島袋寛子さんは何度もリスナーを打ち抜いてきたのではないかと思う)は、恐らくは意図的になのであろう、下記の部分を柔らかに歌った。

<<さあ 両手を空へと伸ばして>>

本曲がセンチメンタルなだけのものであったら、私はhiroさんの、その後の活動に対して、不安を感じていただろうと思う。そしてパワフルなだけのものだったとしたら、ソロとして活動をしつづけていくことの意義というか、hiroさんがSPEEDという「旅」を経験したことの価値までは、失礼にも感じなかったであろう。

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上述のように、切なくはじまり、束の間、柔らかくなるhiroさんの声調は、次のセンテンスで勇壮なものになる(そう私は感じる)。ここにhiroさんの「主張」が込められているのではないか(作詞者は伊秩弘将氏であるが、以下の部分にhiroさんは、とりわけ強く共感したのではないだろうか)。

<<誰だって 寂しさ かかえて生きてる>>

SPPEDというユニットが(一時的な)解散という選択をしたことは「ある一日の終わり」と喩えてもいいかもしれない。その夜のなかで、リスナーが寂しさを味わったように、メンバー各位も充足だけをいだきはしなかったのだろうと推察する。

だからこそhiroさんが、輝くような笑みを浮かべ、感情表現豊かに「Bright Daylight」を歌ってくれたことは、リスナーにとって「次なる一日の始まり」に喩えられるのではないか、それが私見だ。島袋寛子さんが(hiroさんが)船を漕ぎ続ける決意を固めたこと、ご当人が希望をもって「歌いつづけていくこと」を選んだことは、私たちにとっての日の出でもあると思う。そしてあらためて思う、朝の訪れを待つことは、容易なことではないと。それは当人の努力だけで果たせるものではなく、近しい人の励ましなどがあってこそ、できることではないのかと。

もしhiroさんが、この記事を読んでくれているのだとしたら、あの時(「Bright Daylight」がリリースされた時)太陽を感じさせてくれてありがとうと、伝えたいと思う。そして今も、その人生に、陽光が降り注いでいることを願っていますとも、僭越ながらお伝えしたい。

※<<>>内はSPEED「Long Way Home」、hiro「Bright Daylight」の歌詞より引用

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