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露呈させる男、宮本浩次

The Covers 宮本浩次を見て

このご時世で在宅勤務に入って直ぐの頃、The Coversに宮本浩次が出演していた。松本隆特集ということで、弾き語りで「白いパラソル」を歌った。また、以前披露した「赤いスイートピー」のVTRも流れ、改めて歌い手としての宮本浩次をしみじみと見ることが出来た。宮本浩次は削ぎ落として益々輝く。弾き語りなどはリアルにギター1本あればいいを実感させてくれる。白いパラソルも、飾らない伸びやかな声に委ねるように聴き入ってしまう。また、歌に同化するような真っ直ぐな歌唱はまるで青年のようで、歌の世界の純真さをも醸し出す。そして、歌唱の素晴らしさは勿論のこと、松本隆との歌詞の考察についても興味深く、視点の鋭さにドキッとさせられた。番組の終盤で「木綿のハンカチーフ」について宮本浩次からポロリと簡単に出た「エゴ」という言葉。私には切ない恋心としか捉えることが出来なかったし、疑いもしていなかった。そこにエゴを捉える感性に感嘆した。言われてみれば確かにそうだ。そもそも恋愛自体がエゴのようなものだし・・・
こうして、先の視点を持ち、汲み取る力のある彼が歌を歌う。何かが露呈されていく。赤いスイートピーについても「女性の歌だけど男も女も一緒」と松本隆が言ったように、それを明らかにする。また、宮本浩次の赤いスイートピーの歌唱を革命的とも言った。そう、宮本浩次の歌唱は何かを晒してしまう。これで完全、完璧だと皆が認識していたものを軽く覆してしまう。そして、また新たな姿を露わにしてみせる。歌自身がキレイに収まってはいられなくなるのだ。そして、このようにひとりの歌い手としても創造力を持った宮本浩次について、この自粛生活の間、徒然に思いを巡らせていた。

歌番組等で歌い手が「気持ちを込めて歌いました」と言うのを往々にして聞くことがあるが、どういうことなのだろう?喜び、悲しみを一心に歌うことなのだろうか?しかし、喜びにしても、悲しみにしても、単体ではないように思える。怒りの中には哀しみがあり、喜びの中には儚さがあり、優しさの中には強さがある。そして、そういった幾重にもなる思いが内包されているからこその表現が宮本浩次にはある気がする。さらに、一切勿体ぶらずに放出する。歌に気持ちが乗るとか言うが、彼の歌唱は気持ちが撹拌されているように感じる。言葉ひとつの隅々にまで気持ちが撹拌され、放たれていく。もはや、言葉をも超えていく。言葉は道具に過ぎないと思わせてしまうほどに、その喜びや悲しみをエネルギーとして感じとれてしまう。そして、これが聴く者にとっての醍醐味なのかもしれない。そう考えると、歌唱において全身全霊という言葉がこれほどシックリくる歌い手はいないとつくづく思った。さらに、これだけの表現力、説得力を持つ歌い手がどれだけいるのか?と考えると宮本浩次の稀有な存在を思い知らされた。

また、宮本浩次が歌うカバー曲で真っ先に浮かぶのが、エレカシの30thベストアルバムにも収録されている「翳りゆく部屋」だろう。歌声だけで、情景、情感がありありと浮かび上がるさまには凄いものがあって、聴き終えると本当に1本の映画を観終えたような感覚になる。また、先程の話と前後するが、この曲の中でのスキャットも群を抜いている。曲の全てを凝縮したかのようなスキャット。声だけで痛い位に心情が伝わってくる。いや、本当に心が痛くなる。このように、言葉を必要ともしない彼の声や表現力には驚かされるばかりで、凄みさえ感じる。こうして、歌唱の部分にだけ焦点を当てても力量、魅力に溢れている。そして、不思議に思っていた謎が解けた気になった。「翳りゆく部屋」のカバーは素晴らしいが、あれだけ自らの楽曲がある中で何故エレカシの30thベストアルバムにカバー曲が入っているのだろう・・・という疑問。アルバムの歌詞カードには曲毎に彼のコメントがあったので読んでみるが『アルバム「STARTING OVER」は、ユニバーサル移籍第一弾アルバムで、かなり意欲的に色んなことに挑戦できた。この曲はバンド史上唯一のカヴァー曲。言わずと知れた松任谷由実の名曲』としか書いていなかった。しかし、ここ最近のソロ宮本浩次としての数々のカバー曲披露を見てきて腑に落ちた。何故なら彼は自分を信じている。自身の楽曲は勿論のこと、自身の歌唱についても信じている。表現し伝えることについて、自らの楽曲を離れても充分に伝えられるものが有るという確信がアルバムに納められた理由なのではないか。自然とそんな思いが湧いてきた。

そして、私は彼に、この自分を信じる強さと自分のことに専念する強さをいつも感じている。宮本浩次は世界平和を叫ぶわけでも、環境問題を唱えるわけでも無い。只々、己の事に専念する。GW頃連日アップしていたインスタも、自身の興味深いエピソードを発信しつつ、アルバムやグッズの宣伝にも勤しんでいた。丁度、コロナでの外出自粛期間と重なり、ファンとしては家に籠る日々のなか毎日姿を見られることは何よりの励みとなり、これが彼なりのエールなのだろうと受け取っていた。なにより、コロナのコの字も言わないところも彼らしくニヤリとしてしまう。こうして、どんな状況下でも自分のやるべき事をやる。そんな姿に逆に勇気づけられる。今、私が出来ることは何だろう?不安に煽られる事なく、地に足をつけて日々やれることをやる。そういった思いを起こさせてくれる。優しく手を貸してくれるわけでもないのに、いつも窮地を助けてくれる。エレカシ宮本浩次も然り。エレカシの曲には瀬戸際に追い込まれたかのような曲も多く、特に初期の頃の曲はギリギリ感が半端ない。そして、それを聴いている自分もギリギリだったりする。自分ではどうしようも出来ない何かを背負って日々をなんとか凌いでいるところに、人生での「まさか」や、「重なる時って重なるよね」的な不幸や不運が畳み掛けてきた時、ギリギリな私はおかしなことに、ギリギリなエレカシに救われる。エレカシ宮本浩次の中には確かな憤りがあり、惨めさがあり、それでも歩み続けるという不屈の精神がある。そんな、甘美な自己憐憫など許さない彼に幾度となく助けられてきた。

そして、今やソロ宮本浩次にも真剣に挑戦を楽しむ姿に勇気づけられている。自分自身に向き合い、自分の欲することにキチンと耳を傾け行動を起こす。とてもシンプルで真っ当な事だ。そして、何より大切なことかもしれない。先の人生を考えた時、同世代にとってこのことが大きな課題の人も多くいるだろう。私もその一人だ。いくつになっても先頭に立ち旗を掲げてくれる心強さ。歌にしても生き方にしても頼りになる男である。

また、最近の彼自身の楽曲で救われ、驚かされた歌声といえば「夜明けのうた」しかないだろう。あの神懸かったような突き抜けた美声を初めて耳にした時、何処にこんな声が隠れていたのだろうと衝撃をうけた。美しさ、清らかさ、安らかさが三位一体となって声に現れたかのよう。とにかく、声に惹きつけられるままに惹きつけられ、正直歌詞など頭に入ってこなかった。

こうして、ソロ活動の中で歌唱に注目した時、彼の大きな可能性に期待を寄せてしまう。The Coversでは「歌うの好きなんで」と今年54歳になる男が恥ずかし気もなく言っていた。あまりにも素直な発言が可愛すぎて、聞いたこちらが恥ずかしくなった。そして、この素直さを持って歌に挑んだ時、私達に露わにされる歌はまたひとつ大きな輝きを見せるのだろう。そして、露呈されたがっている歌はまだまだある。今はそれを目に出来る日が楽しみでならない。

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