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極彩色の世の中で

YOASOBIが描く空虚と美

儚いものは、美しい。
いつかは消えてなくなってしまうからこそだろう。しかしずっとそこにあると、あることが当たり前になって、美しさの感覚が鈍麻する。

もっとも、命の美しさや儚さなんて日常的に感じているわけではない。飽き飽きするほどの日常や、押し寄せる義務や理不尽に、何もかもを投げ出したくなる時だってある。
そのくせドラマやドキュメンタリー番組で生物の生死の場面を観れば簡単に涙が流れたり、心打たれたりする。生きることに執着がないと思っていても、もし余命宣告なんかされようものなら、明日からどう生きるか考えるし、死が迫ってきたら、「死にたくない」という思いが脳裏を過るだろう。いざ目の前にそれが来たなら、どれほど恐怖を感じ、焦り、もがくのだろうか。
100点満点の生活でなくとも、及第点の生活でいる以上、どこか死へのネガティヴイメージは拭えない。
 

YOASOBIの『夜に駆ける』は、そんな死生観を打破してきた。
死へ誘惑される君を止めたい僕。誘惑されるままに身を委ねたい君。君の纏う儚さ、脆さ。僕の思いが通じない虚しさ。基本的にブルーな内容だが、この曲からはそのイメージは窺えない。逆転の後にパラレルな二つの思いが重なる最後のシーンは、寧ろその美しさに心を奪われる。
小説の世界観を基に作った曲という作風は斬新で、しかしクラシック音楽には文学が基になった作品も多く、古典的とも言える。
とにかくYOASOBIは正反対の形容詞を魅せてくる。
斬新で古典的な作風。
ネガティヴな題材を明るく軽快な音にする。
残酷な物語を美しく描く。
儚くて虚しいはずの暗い世界が、どこか魅力的に感じてしまう。

しかも驚くことに、テーマになる「死」という言葉は曲中で一度も出てこない。
曲の中で、「死」は「夜」と表現される。
隠語というより、最早比喩だ。夜の虚しさ、危うさ、そして美しさ。それは生きること、すなわち死ぬことと似ているように思う。この比喩こそが、恐怖やネガティヴさを感じさせず、昇華させている理由なのかもしれない。
 

今この時代は、情報と色が溢れている。息つく暇もないほどの世の中に呑まれながら、極彩色の中をなんとか生きている。
でもきっと、美しいものは、案外そばにあるのだろう。見落としてしまうような、虚しさや儚さと背中合わせに。
そしてそれを見つけられるうちはまだ、この世の中を泳いでいけるのだ。

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