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夢の先と、曇り空と

BUMP OF CHICKENに寄せて

木曜日の朝。
目覚ましは15分前には鳴っていた。うるさいなあ、と黙らせる。無理やり布団から出て、歯みがきして、カーテンを開ける。灰色の空が広がっていた。

曇り空って、人生みたいだなあ、と思う。

暑くもなく、寒くもなく。
日差しがあるわけでもなく、雨が降るわけでもなく。
波風立たずに、淡々と過ぎていく一日が、けっこう居心地がよかったりするのだ。

仕事柄、学生と触れ合う機会が多い。詳しくは書かないが、格好つけて言うと、“夢を叶える手伝い”をしている。
20歳かそこらの若者が、自分のなりたいものだとか、将来のビジョンだとかががはっきりしているのはすごいと思うし、それが「おかげさまで叶いました!」なんて報告があったりするとうれしく思う。

その反面、自分は、なりたかったものになれているのか?
そもそもなりたかったものって何だったか?
将来のビジョンって?
学生たちの希望に満ち溢れた姿が眩しく見え、ほんの数年前まで学生だったはずの自分の迷走っぷりを思い知らされる。
とはいえ、やっぱり努力している人は尊敬するし、その努力が実ると嬉しい。
良い仕事に巡り合えたと思う。

ただ、ちょっとだけ、羨ましいのだ。
 

世の中コロナ禍だとかなんとかで、自粛ムードが漂っている。私の住んでいる青森も例外ではない。駅前や、通勤途中の街のメインストリートは全く人通りがなかった。田舎なので元々人出もあったものじゃないのだけれど。

周りの人が口々に「外に出れないのキツイよね~!」とか「ストレス溜まっちゃう」とか言っていたけれど、元々インドア派の自分はノーダメージで、STAY HOME中は「あつまれどうぶつの森」で画面越しに無人島開拓に勤しんでいた。
無人島がちょっとした街になってきた頃、そろそろ部屋の掃除でもしなければ、と重い腰を上げた。

本棚にひしめき合っている書類の山を一つずつやっつけていこうとするが、
懐かしい写真やらノートやらがその邪魔をする。
結局、書類の山が本棚から床に移動しただけ。時間泥棒め。

片付け前より散らかった床に嫌気がさしつつ、落ちていたクリアファイルを拾う。
中を開けると出てきたのは、書きかけのエントリーシート。
数年前に自分が書いて、結局エントリーしなかった、当時一番なりたかったもの。

音楽ライター。

大学の先輩が大手企業だとかテレビに映る華やかな世界だとか、好きなことを仕事にしていたから、自分もそうなれるかな?とかなんとか思った。
そうしてエントリーシートを取り寄せて、書きかけて、やめた。
書かなかったのは、楽器店やCDショップが次々と閉店していく田舎の現状と、都会の格差。最近流行っているアーティストや音楽そのものに対する自分の知識のなさ。「『好き』ってのは仕事にするもんじゃないよ」、という誰かの言葉。就活に対する周囲の熱量。そんな理由。
それっぽい言い訳を並べたが、なりたいものになれなかった自分を見るのが嫌だったのだ。
要するに、勇気がなかっただけ。
 

就活時代の色々を思い出して胸が「ぐえっ」となる。
好きなものを好きって胸を張って言えなくなったのは、この頃からだった。
 

数日後、深夜の音楽番組にて。
「関ジャム 完全燃SHOW」のなかで、川谷絵音の「人生のBEST5曲」に、BUMP OF CHICKENの『乗車権』がランクインしていた。どうやら学生時代、プロを目指すきっかけになった曲らしかった。自分もBUMPの曲は現在進行形で死ぬ程聴いているし、人生のBGMだと本気で思ってるし、好きな気持ちは負けてはないと思うんだけど、人生のベスト5に『乗車権』をチョイスするあたり余程鬱屈とした学生時代を送っているんだな、と勝手に想像した。
この番組によると世間のBUMPのイメージは「明るく軽快なメロディーとキャッチーな歌詞」らしいんだけど、それは違うぞ、とだけ言っておく。キャッチーを「人々の心を惹きつける」という意味でいえばその通りなんだけど、BUMPの歌詞はわりと暗い。一見明るくみえる曲も、歌詞をよく聴いたら実はめっちゃ暗いことを言ってた、なんてことは日常茶飯事だ。たぶん曲調でだいぶ中和されてるんだろう。そこが好きなんだけれど。

まあそれに比べたら『乗車権』に関しては、歌詞もサウンドもかなり重くてダークな雰囲気を漂わせているから、テレビで言っていた世間のイメージとは真逆といえる。

『乗車権』は物語のような世界観がある。歌い出しはこうだ。

  排気ガスを吐いて 腹ぺこのバスが来る
  夢の先に連れてってくれんだ どうだろう

  強く望む事を 書いた紙があれば
  それがそのまま 乗車券として 使えるらしい 使えるらしいんだ

誰かから耳にした夢の先行きのバスに、周りの雰囲気に流されて乗り込もうとする「俺」。バスに乗るには「夢」を書いた紙を乗車券として使うらしい。

  我先に群がり 行列出来上がり
  ぎらぎらの目 友達も皆 どうしよう

  強く望む事か 適当でもいいか
  取り敢えずは 乗車券の替わり

代わりに書いた適当な夢を持って、彼は乗車を決意する。「俺を先に乗せてくれ なぁ どうせ 大層な望みでもないだろう」と、バスに群がる人だかりを押しのけ、必死に乗り込もうとする。しかし、乗り継ぎの途中で乗車券をなくしてしまう。

  あれ ここに無い でも こっちにも無い なんで乗車券が無い
  (中略)
  違う これじゃない これでもない 違う
  人間証明書が無い 予定外 俺が居ない
  やばい 忍び込め

夢を書いた紙は「人間証明書」としても機能するらしい。
夢をなくした彼は、“人間であること”さえも証明できなくなってしまうのだ。

自分が証明できなくなってしまった彼は、乗り継ぐ予定のバスにこっそりと忍び込む。夢の先へと進み続けるバスの中で、彼は自分が本当に望んでいたものに気がつく。こんな人生は望んでいないと気づいても、ここから降りたいと願っても、彼一人のためだけにバスは停まらない。曲の最後はこう締めくくられる。

  強く望む事が 欲しいと望んだよ
  夢の先なんて 見たくもないから

彼は最後どうなったんだろうか?
バスに乗ったままなんだろうか?
それとも降りることができたのだろうか?

彼は最初、誰かから聞いた夢のことを「乗車券として 使えるらしい 使えるらしいんだ」といった。「ぎらぎらの目 友達も皆 どうしよう」と怯えながらバスへの乗車を決め、「これを逃したら いつになる」と必死になって喰らいつく。そしてバスに忍び込んで最後、自分の本当の望みに気がついたときにはすでに遅かった。「やはりここで降ろしてくれ」「あぁ 見逃してくれ 解らないまま乗ってたんだ」と。最初から誰かに頼っていた彼は、最後まで誰かが降ろしてくれるのを待っていた。窓からでも飛び降りればいいのに。
 

川谷絵音は人生の岐路に立った時、この曲を聴いて、音楽の道で生きていくことを決意したという。
はたして、自分はどうだっただろう?

初めてピアノを触った、3歳の秋。
バンドという存在に出会い衝撃を受けた、中2の夏。
布団をかぶって泣きながら聴き続けた、あの音楽。
憧れのあの曲が弾きたくて買った、水色のベース。
手が黒くなるまで書いた、エントリーシート。

頭の中から溢れ出る、伝えたいことがあったこと。
本当に人生って、曇り空だけだった?

  やりたい事がないわけじゃないはずだったと思うけど
  思い出そうとしたら 笑顔とため息の事ばかり 〈記念撮影〉

居心地よく、そんな毎日を続けていたと思ってたんだけど。
思い出した。そのあとは、こう続く。

  ねぇ きっと
  迷子のままでも大丈夫 僕らはどこへでもいけると思う 〈記念撮影〉

誰に頼むわけでもなく、連れていかれるわけでもない。
自分の脚で迷いながら歩くこと。
人生って、そういうものだよな。

答えは分かっていた。
不思議と胸は痛まなかった。

机に向かって、ノートを広げた。書きかけの夢の紙は捨てた。そうしてこれを書いている。
灰色の空の隙間から、少しだけ陽が差したような気がした。

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