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混沌の中の目印

BUMP OF CHICKENに「愛を込めて」

混沌とした毎日の中には自分が自分でいられる目印が必要だ。もし目印をなくしたら自分の精神力は糸の切れた凧になるだろうな、と容易に想像がつく。
ライブやイベントは「ここまでは絶対生きる」という一定の指標だ。どんなに毎日が苦しくても同じ空間で生の音楽に触れればすべて帳消しになると思えた。昨今のそれらの中止は確実に私の精神力を削いでいった。
苦しいことがあったら自分用のライブ余韻メモを読むことが増えたように思う。缶の中のドロップを1つ1つ大事に取り出すように、今までもらった言葉や音楽がからんころんと音を立てた。

________彼らは今何を思っているだろうか。
元気にしているだろうか。
体調を崩しては、いないだろうか。
 

 去年のツアーaurora arkファイナルのメモをみて、ある曲のイントロで付け足された歌詞に嬉しさと衝撃で立っていられなくなったことを懐古した。

〈響く鐘の音のような あのメロディーを思い出して
出会った頃 僕と君で深く刺した旗 思い出して〉

一言一句あってる自信はないが、優しさで頭をかち割られて泣いたあの瞬間のエネルギーだけがメモに残っていた。ライブでの生音の記憶が身体を走る。ポーン、ポーン、というライブ会場独特の空気感さえ喉の奥に迫り上がってきた。恋しさに咽せそうになった。

〈疲れたら ちょっとさ そこに座って話そうか
いつだって 僕らは 休む間も無く さまよった〉

目の前のことに頭が占拠されると足を止めないこと自体が大切なんだと意識が向いてしまう。
〈そこに座って話そうか〉という声は苦しさに雁字搦めになった人に深呼吸を促してくれるフレーズだ。もう長い間友人に会っていないような寂しさが込み上げた。自粛生活の中で吐露したかったのにそのまま飲み込んで消化不良になったものがたくさんあった。

今、職種関係なく見えないものと国民全員が戦っている。
それまでよく頼ってくれていた患者の家族が「あなた感染ってるかもしれないじゃないですか」と汚いものでもみるような視線をこちらに向けた。上司の子供もウイルス扱いを受けたという。職場には神経質になって苛立ちを弱い立場の人に向ける人もいた。
心ない言葉が交わされる所以は恐怖だ。私自身も誰かに優しくできるだけの余裕が持てない時がどうしても増えてしまったように思う。
 

〈白い紐靴が ふと気付けば 土の色
こうやって いくつも お気に入りは汚れてった〉
〈何も無かったかの様に 世界は昨日を消してく
作り笑いで見送った 夢も希望もすり減らした〉

自分は何のために、誰のために、BUMPの曲のように優しく在りたかったのか。決して土足で入ることがない信頼できる優しさになぜ憧れたのか〈思い出して〉とその声は言う。憧れ通りにはいかない。信条としていたものさえも守れず剥げさせてしまった。
くたくたになった自分に問いかける。今まで自分が自分でいられる目印をこんなにも届けてもらったのにそれを糧にできないでどうする、と。
 

〈そこで涙をこぼしても 誰も気付かない 何も変わらない
少しでも そばに来れるかい? すぐに手を掴んでやる〉

苦しい気持ちを無条件に理解してもらうのは難しいという苛辣な現実を歌いながらも、熱を持った掌は差し伸べられている。いつも絶対的な信頼を置かせてくれた。BUMPはそういうバンドだ。
あの日汗と涙と多幸感が密になった空間で喉仏を震わせた藤原さんの言葉がころころと温かい音を立てる。

「生きてる証拠をこうして歌ってたじゃんよって、お前が思い出せるような手伝いを俺達がするよ。」

光景が起こされた瞬間にやられた、と思ってしまった。
藤原さんの言葉通り、どれほど苦しくても生きるのは最高だという気持ちを思い出した。

〈僕らは嫌でも明日を迎えて いつかは昨日を忘れる
そして 今 君の手を 掴む為のメロディーフラッグ〉

苦しいことも嬉しいことも等しく記憶は薄れていく。
混沌の中自分自身を忘れそうになった時思い出す音楽がある。そばに行きたいと願った気持ちをしっかり掴んでくれる。旗は煌々と目印となって、在りたかった自分を呼ぶ。
ライブだけではなく、ラジオで初めて聴いた自分の部屋に、曲の新たな表情を見つけた帰り道に、その旗は突き刺されていた。
いつだって心が帰りたかった場所はそこに存在すると実感する。

「おやすみなさい
皆様良い夜を
愛を込めて
©︎」

ベースのチャマさんの久しぶりのツイートだった。
週1のBUMPのラジオ番組もお休み中で、勝手に発売を心待ちしているaurora arkのライブ円盤も音沙汰がなく、チャマさんのSNSの更新も減った。しっかり自粛する姿に安心しながらも、音楽活動をしてくれることの有り「難さ」を痛感していた。
干上がって張り詰めていた心に「愛を込めて」という5文字は深く広く浸透して、予想していなかった量の嗚咽が溢れた。

寂しくないわけがなかった。

医療現場ばかりが大変な思いをしているわけじゃないことは百も承知でも、誰の言葉よりも、何よりも、ずっと彼らからの労いの言葉を待っていたのかもしれない。

色んな味の記憶はいつだって取り出せる。
でも、だけど、生の音楽を渇望していた。
記憶以上に震える感動があることを、
同じ空間で触れる生の音楽は唯一無二であることを、
私は五感で知ってしまっている。

仕事中、「あなたが背中を撫でてくれたところから花が咲いたようにあったかい」と初老の婦人が目を細めて笑いかけてくれたことがあった。
その素敵な表現に感化されて、仕事が落ち着いたら旗が立てられた場所から花が咲く絵を描きたいと思った。
 
 

「また新しい曲とか書いてさ、お前に会う口実作るよ。」
そうリスナーに約束してくれたaurora arkから約7ヶ月の月日が経過した。

〈遠い約束の歌〉が聴こえた。
〈深く刺した旗〉が誇らしげにはためいている。
またいつか、音楽を真ん中にして待ち合わせをしたい。
 
 
 

※〈〉内の歌詞はすべてBUMP OF CHICKEN メロディーフラッグより引用。

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