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生きる上で音楽は必要か

BUMP OF CHICKENに出会った私が思う事

「衣食住」の中に「音」はない。
みんな知ってる。
「○○無しでは生きていけない」
なんて台詞の中に「音楽」が当てはめられているのを時々目にする事もある。
でも
そんなに必要?
そう思っていた。
BUMP OF CHICKENに出会うまでは。

10代の頃に夢中になったアーティストはいた。
でも20代になり、結婚し、子どもが生まれ
車の中では好きなアーティストの曲の代わりにアニメのDVDが流れるようになった。
その事に特段不満もなかった。

私がBUMPに出会ったのは今から9年前。
当然それまでも幾度となく耳にすることはあった『天体観測』
ただ通り過ぎていく曲の中の1つだったのに、ある時何故かとても心に残り、気がつけばレンタルショップでBUMPのCDを手に取っていた。

その頃母は闘病中だった。
BUMPに出会って数ヶ月後、母の容態が悪化し、入院中の母を見舞う為に病院へ通う日々が続いた。
その時に私を支えてくれたのがBUMPの曲たちだった。
 

  〈死にたくなるよ なるだけだけど〉
  〈死にたくなるよ 生きていたいよ〉
  『才悩人応援歌』
 

驚いた。
そしてその通りだと思った。
母の死を目前に感じていた時、この歌詞が刺さった。
車で2時間の病院への道のりを
この唄を大声でうたいながら気力を振り絞って行っていた。

そして母が亡くなり、私はBUMPから離れた。
聴くのが辛かった。

そんな私が再びBUMPの曲を聴くようになったのは今から4年前。
娘に勧められてYouTubeで『ray』のMVを見た事からだった。
一気にはまった。
それからは娘と一緒にライブに行ったりSNSで彼らのリスナーと繋がったりと楽しい毎日を過ごしている。
 

BUMPは、なくてはならないものになった。
 

最近になり、気付いた事がある。

最初にBUMPに出会った時。
これから私が直面する辛い出来事の、支えになる為にBUMPの曲はやってきてくれたのだと。
見舞いに行くのはとても辛かった。
あの時の私には『才悩人応援歌』の強い歌詞と歌声が確かに必要だった。

そして2度目の出会い。

母が亡くなった1年後、父も亡くなり
それでもさほど変わりなく過ぎていく日常の中で思い出す事も減っていた。
そんな時『ray』に出会った。
 

 〈大丈夫だ あの痛みは 忘れたって消えやしない〉
 『ray』
 

最初は理解出来なかった。
何が大丈夫なのか。
痛みは消えた方がいいはずなのに。

繰り返し『ray』を聴き、他の曲も聴く中で
気が付いた。
これは、忘れる事への罪悪感を軽くしてくれる、優しい唄だと。

消える事はないのだから、いつもは忘れていてもいいんだよ、と言ってくれているのだと。
今のままで、今を楽しんでいてもいいんだよと
そう伝える為に『ray』はやってきてくれたのだ。

BUMPから離れていた間も、メディア露出のほぼない彼らだったが、時々彼らの曲を耳にする事があった。
検索したり情報を追っていた訳では無い。
でも彼らの曲は、時々ノックしに来てくれていた。
「どう、最近」「いつでもいるからね」と言うように。
 

 〈君がどんな人でもいい 感情と心臓があるなら
  君の力になれるように 気付かれなくとも
  唄は側に〉
  『イノセント』

  〈君が未来に零す涙が
  地球に吸い込まれて消える前に
  ひとりにせずに掬えるように
  旅立った唄 間に合うように
  命の数と同じ量の一秒
  君はどこにいる 聴こえるかい
  君の空まで全ての力で
  旅立った唄に気付いてほしい〉
  『流れ星の正体』
 

生きる上で音楽は必要か。

必要ではない時もある。
ただ
必要になった時にはちゃんと側にいる。
寄り添ってくれる。
ノックして、側にいてくれたんだと、気付かせてくれる。

それが音楽だと
BUMPに出会った私が思う事。

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