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泣きながら踊る私

作詞家・さくらももこ、コメディアン・槇原敬之

2年前の夏のことだ。

色々なことがあって、私は相当に疲れていて、特に何を期待するわけでもなく、ふらつく足どりで書店を冷やかしていた。不意に目にとまったのが、さくらももこさんのコミック「ひとりずもう」、それに巻かれた帯(おび)だった。

<<ありがとう さくらももこ先生>>

そう書かれていた。

***

そのずっと前に、私は「ひとりずもう」を読んでいた。それは(特に下巻は)さくらももこさんの最高傑作なのではないかとさえ思っていた。さくらももこさんは「ひとりずもう」で、「自分は漫画家になれるかもしれない」というような予感をいだいた瞬間、それを描いている。だから私は、その帯を見た時、崩れ落ちそうになった。ああ、あの少女の夢が(あるタイミングで「漫画家になろう」と思い立った、お会いしたこともない女性の夢が)、ついに終わってしまったのだなと。

その場に立ち会ったわけでもないのに、私は、さくらももこさんの「夢が始まった日」のことを、鮮やかに「覚えて」いたのだ。「ひとりずもう」が、あまりに素敵な作品だったから。

***

さくらももこさんは漫画家であり、エッセイストである。そして、作詞家でもあるのだ。さくらももこさんの最高傑作として「ちびまる子ちゃん」を挙げない私は、かなり風変りな人間だと思われる。だから(だから、というのも妙な話かもしれないけど)本記事では、その作詞家としての凄みを強調してみたい。楽曲の題は「おどるポンポコリン」である。B.B.クィーンズに敬意を表したくもあるのだけど、歌詞にフォーカスして私見を述べる。

「おどるポンポコリン」の歌詞を、論理破綻したもの、深い思想性を感じさせはしない、いくぶんふざけたものだと受け止めている人もいるだろう。そういった面があるのもたしかだと思う、私も少年期は、そうとしか考えていなかった。

<<ピーヒャラ ピーヒャラ パッパパラパ>>

それでも私は、さくらももこさんが、ご活動を通して現代に蘇らせようとした「懐かしき光景」が(意図的になのかは分からないけど)歌詞のなかに含まれていることに、いつしか気付いた。「ちびまる子ちゃん」の舞台は、さくらももこさんの少女時代、つまり昭和である。第1話に、子どもたちに怪しげなものを売ろうとする男性が登場するのだけど、さくらももこさんは彼を貶めようとしたのではなく、こういう時代を自分が生きたという、大事な自分史を綴ったのではないかと察するのだ。

<<インチキおじさん 登場>>

「ちびまる子ちゃん」にも、他の作品にも、<<インチキ>>なキャラクターは、たびたび登場する。時にシリアスな発信を試みながら、腹を抱えて笑えるようなコマを描きもする、さくらももこさんのキャリアそのものが、言うなれば<<インチキ>>なものである。それでも、そういった作風こそが(愉しさと切なさが交互に差し出されるような歩みが)多くの人を虜にしてきたのではないか。私は今でも、さくらももこさんの作品を読んで、ふきだすことがある。同時に、もう新刊は待てないのだと思い、悲しくなる。だから、文字通り、踊るしかないのだ。泣きながら踊る。

<<なんでもかんでも みんな おどりをおどっているよ>>

***

同じように、ふざけているようでいて(あるいは実際にふざけているのかもしれない)、ある種、シリアスな発信を試みたアーティストとして、槇原敬之さんが挙げられると思う。槇原敬之さんは大真面目に、多くのリスナーをひとつにしうる、優れた楽曲も歌ってきた。「僕が一番欲しかったもの」や「もう恋なんてしない」に心を震わされた、あるいは共感した、そういうファンは多いだろう。

それでも本記事の主眼は「ふざけた発信の何が悪い?」というものだから、ここで取り上げてみたいのは「ハトマメ~Say Hello to The World.~」である。題が長いので、以下「ハトマメ」と省略させていただくけど、この作品の歌詞は痛快である。

<<まるい鹿せんべい>>
<<嬉しいけど食べたくない>>

恐らく槇原敬之さんは「ハトマメ」を歌うことで(意図的に)リスナーを笑わせようとしたのだろう。

***

それでも「ハトマメ」の主人公がいだくのは、大真面目な誓いでもあるのだ。ハトの餌を食べてしまったり、<<鹿せんべい>>を土産として手渡したりしてくる外国籍の人たち、その誤解をどうにかするべく、語学力を伸ばそうという発想は、じつは相当に真摯なのではないか。

<<何も言えなかったあの日 僕は英語を習うと決めた>>

ふざけているのか、ふざけてはいないのか、ギリギリの線を探ったかのようにも思われる「ハトマメ」を歌ったことで、槇原敬之さんはご自身の「シリアスな佳曲」を、巧みに浮き立たせたのではないだろうか。高尚なものだけが、世にあふれているのでは生きづらい。笑わしてくれる誰かがいるからこそ、識者の語る「正論」、その光が強まるのではないだろうか。

「ハトマメ」の収録されたアルバム「EXPLORER」が傑作に仕上がったのは、そこに込められた切実なメッセージがリスナーに突き刺さるのは、ある種の「悪ふざけ」がアクセントとして効いているからだと私は思うのだ。

***

いま私の耳に<<世界中の想いが聞こえてきた>>。そうだ、槇原敬之さんの神髄は「表現の幅」にあるよね、さくらももこさんが遺したのは「おかしいだけのギャグ漫画」などではないよな、そんな賛同の声が聞こえる。「おどるポンポコリン」と「ハトマメ」の共通項を探り、さくらももこさんと槇原敬之さんの「意外な一面」を強調しようとする私は(この記事は)悪ふざけがすぎると思われてしまうだろうか。それでも、たったひとりでも、読んで笑ってくれる人がいるのなら、あるいは「なるほどね~」と思ってくれる人がいるのだとしたら、本記事を書いた目的は果たされる。

<<エジソンは えらい人 そんなの常識>>

この部分、あなたは英訳できますでしょうか。私には自信がありません(できないことはないでしょうが、かなり生硬な英作文になってしまうと思われます)。というわけで、英語を勉強しませんかと文章をしめくくったら、さくらももこさんの愛読者、あるいは槇原敬之さんの愛聴者から「もう少し、どうにかならなかったのか」というお叱りが届くでしょうか。

申し訳ございません、さくらももこさんの命日が近いので、本当に冗談抜きで、私は泣きながら踊っているのです。

※<<>>内は、さくらももこ作詞「おどるポンポコリン」、コミック「ひとりずもう」の帯、槇原敬之「ハトマメ~Say Hello to The World.~」の歌詞より引用

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