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『ワン・ナイト・アローン…ライヴ!』:プリンスは終わらない!

PRINCEと一晩中:「貴方と二人きり...」と歌い、弾き続けた男の究極のライヴ・コレクション

 我が家の居間のテレビの後ろの右側には、長いこと同じポスターが貼られている。もう18年になるだろうか。プリンスの2002年の『ワン・ナイト・アローン...ライヴ!』のボックスセットに封入されていたブックレットの表紙と同じ写真だ。きちんと保管しているブックレットに比べると、貼りっぱなしのポスターは流石に色褪せている。

 でも、この蛍光灯焼けしたポスターよりも鮮やかな記憶もある。それらをまざまざと思い出させてくれるのが、『アップ・オール・ナイト・ウィズ・プリンス』《ライヴ映像付5枚組》だ。

【Disc 1】『ワン・ナイト・アローン...(ソロ・ピアノ・アンド・ヴォイスbyプリンス)』——-完全新録スタジオ盤
【Disc 2】【Disc 3】『ワン・ナイト・アローン...ライヴ!』——-生前唯一の公式2枚組ライヴ・アルバム
【Disc 4】『ワン・ナイト・アローン...ライヴ-ザ・アフターショウ:イット・エイント・オーバー!』)——-本編終了後に小さな会場に移って行われたアフターショウ
【Disc 5】『ライヴ・イン・ラス・ヴェガス』——-当時CDとは別途発売された同ツアーの終了を記念したラスヴェガス公演ライヴ映像DVD

相変わらず過剰な展開だ。関連アナログ・レコードだけでも一通り買い揃えると7枚組だ。いー加減にしなさい!でも、当時のプリンスにとっては、これが彼の「ワン・ナイト・アローン...」を伝える丁度『良い<加減>』だったのだろう。
 

【Disc 1】『ワン・ナイト・アローン...(ソロ・ピアノ・アンド・ヴォイスbyプリンス)』

 この作品については、手前味噌で恐縮だが、以前音楽文に掲載いただいた「ピアノとマイク、そして声」を参照いただければ幸いだ。
 

【Disc 2】【Disc 3】『ワン・ナイト・アローン...ライヴ!』

 本編ライヴ初っ端を飾るのは当時の最新作『レインボー・チルドレン(THE RAINBOW CHILDREN)』のオープニング曲にして表題曲だ。もう、このオープニングだけで、例えば先日YouTubeで期間限定無料公開された彼の出世作『パープル・レイン・ツアー』とは全く違うフェーズに彼がいることがわかる。当時プリンスが標榜していた「リアル・ミュージック・by・リアル・ミュージシャン」そのものだ。オリジナルでも10分に渡る演奏だが、ライヴでは12分近くになっている。そしてこのリリースされた音源の展開とは別に、2002年の最後の来日公演ではサプライズがあった。何と、オープニングのイントロでドラムセットにちょこんと座って最初のドラム音を響かせたのは、宇多田ヒカルのバンド・メンバーを務めた後にプリンスのバンドに入ったあの凄腕ドラマー、ジョン・ブラックウェル(1973-2017)ではなくプリンスだったのだ。やはりお茶目な人だ。

 本編ライヴだけで27曲に及ぶ全曲への言及はやめておくが、3曲目の“ゼノフォビア(Xenophobia)”は外せない。不協和音で始まる不穏なジャズ曲の冒頭でプリンスが言うのは「まず第一に、君たちは予想を放棄しなければならない。君たちの中に今宵パープル・レインが降り注ぐことを期待している者が居るなら、間違った場所に居る。わかるかい?僕たちは君らが既に知っていることには興味がない。大切なのは、何を学びたいと思っているかだ!」<←プリンスの言葉の意訳抜粋>これまた12分以上続く演奏は超絶格好良い。来日公演では2002年11月18日と22日のみで演奏されたこの曲だが、タイトルの“ゼノフォビア”の意味するところは「外国人恐怖症」だ。プリンスは同2002年6月に1週間、故郷ミネアポリスの自分のスタジオ「ペイズリー・パーク」を開放し、3回目となる地元フェス『セレブレーション』を行ったが、その際のサブタイトルが“ゼノフォビア”だった。世界中からファン達を集めて「外国人恐怖症」という祝祭を開催するなんて、やはりお茶目な人だ。

 8曲目の“ストレンジ・リレーションシップ(Strange Relationship)”は、名作『サイン・オブ・ザ・タイムズ(SIGN “O” THE TIMES)』からの1曲で、2018年発表された『ピアノ&ア・マイクロフォン 1983(Piano & A Microphone 1983)』にも生々しい弾き語りテイクが収録されていた。ここでは、オープニングのところでプリンスが「リアル・ミュージック・4・リアル・ユージック・“ラヴァー”」「WNPG・オン・ステレオ・ナウ!」と語っている。このWNPGという言葉自体は1994年頃から使われていて、当初から架空のラジオ局という設定のようだ。プリンスがシンボル・マークだった頃にノーナ・ゲイ(マーヴィン・ゲイの娘)とのデュエットで発表した銃規制に関する楽曲“ラヴ・サイン(Love Sign)”のミュージック・ビデオでは、「WNPGのローカルDJ役」としてシンボル・マークさんが登場する。一方2002年当時と言えば、1996年の規制緩和をきっかけに全米のラジオ局の買収を進めてきたクリア・チャンネルの買い占め率がほぼピークに達した(その後横ばい時期を経て減少)時期だ。大切なMUSICOLOGY(音楽学)には不可欠なラジオが大手企業に占有され、儲け主義、効率化≒画一化、過激化、質の低下etcに業を煮やしたであろうプリンスは、コンサート中にゲリラ・ラジオ:WNPGを復活させていた。ブックレットにも登場するステージに投射されるWNPGのロゴや、「WNPGの原点となるプレイリスト(抜粋)」を見て欲しい。抜粋とは言っても実に55曲が列記されている。ビートルズやジョージ・ハリソン、レッド・ツェッペリンなどの曲もある。実際にこの時のツアーで演奏されたのは、このプレイリスト中の一部ではあるのだが。

 続く9曲目の“ホウェン・ユー・ワー・マイン(When You(U) Were Mine)”にも触れておきたい。まだプリンスがUをYouと書いていた頃、ビキニ・ブリーフと素肌にジャケットを纏ってレコード・ジャケットに収まっていた時代の作品だ(1980年)。ラジオでオン・エアし難い曲連発のアルバム中、プリンスのポップさが隠し切れなくなっている佳曲だ。あのフランク・オーシャンも、自身のZINE『BOYS DON’T CRY』掲載のプレイリストで取り上げている1曲だ。私が最初に生で観たのは1989年2月1日のLOVESEXYツアー初日で、最後は2002年11月28日になる。時を経てもなお、軽快な演奏とポップなメロディーが訴えかけてくる。

 ライヴ本編2枚目のディスクの3曲目は、“ラズベリー・ベレー(Raspberry Beret)”だ。発表当時はそれまでミュージック・ビデオでは抑えられていたお茶目さ大解禁に驚かされたし、ビデオ終盤の歌詞の「僕は、僕は、僕は、彼女を愛しているんだぁ~!」のところでアイドル顔負けのかわい子ブリッ子ポーズ(握りこぶし2つを口元に運びちょい上目遣い)のところが余りに印象的なので、2002年の来日公演ではそのシーンを妻が随分昔に二、三頭身のプリンスにイラスト化したものに色を塗ってTシャツの背中にアイロン・プリントして娘が着て行った。だから、そのプリンスのイラストは絶対プリンス本人も目にしているのだ。異論は認めない。同ビデオで着用されているたくさんの白い雲が浮かんだ水色のジャケットは、現在大活躍中のリゾが昨年のMTVのビデオ・ミュージック・アワードで10人ものバックアップダンサーズに着せたボディスーツの元ネタでもあり、たぶんタイラ・ザ・クリエイター率いるオッド・フューチャーの10分に及ぶポッセ・カット“オールディー(Oldie)”の中でフランク・オーシャンらと共にマイク・リレーをやるアール・スチュワートが着ているシャツの元ネタでもある。

 5曲目にはこのボックスセットのタイトルにもなった“ワン・ナイト・アローン...”が収録されているが、1分ちょっとで終わってしまう。原曲の「薄青のスポットライトの中で…」という歌い出しを「紫色のスポットライトの中で…」と変え、「僕と二人きりで一晩を過ごす準備は出来ている?」と囁きかけるのだ。因みに2002年の本ボックスセットでは、縦長のケースを開けると下の箱の周囲はぐるりと鍵盤で縁取られている。そもそも、ライヴ本編2枚目のディスクだって、全17曲中12曲がプリンスのピアノ弾き語りなのだ(後半はバンド演奏も重ねられている)。

 後がつかえているので、一気にライヴ本編2枚目のディスクの最終曲“アナ・ステシア(ANNA STESIA)”に行く。本作品で最も長い13分に渡る演奏であるし、とても熱のこもったパフォーマンスだ。遡って1989年に日本で行われた二部構成の『LOVESEXYツアー』でも、全公演の第一部最後で毎回この曲の鬼気迫るパフォーマンスを見せていたことを想い出す。ここで収録されているテイクの中盤で彼はこう語っている「僕たちは、僕たちの多様性(diversity)を擁護すべきだ。だろっ?そして、僕たちの似ているところ(similarities)も擁護すべきだ。違っているところ(differences)ではないよ。」<←プリンスの言葉の意訳抜粋:ここでdiversityとdifferencesとは似て非なる意味で使われている>
 このワン・ナイト・アローン・ツアーは2002年前半(3~6月)と後半(10~11月)に行われたものだが、前半日程ではほぼこの曲が本編公演最終曲だった。後半日程では頻繁には披露されなくなったが、そもそも後半日程では最後の曲を結構色々と変えたりしていたのだ。日本だけでも“アナ・ステシア”、“ニューヨークの反響(All The Critics Love U In NY)”<←ただし、最後のニューヨークをそこの都市名に変更した>、“デイズ・オヴ・ワイルド(Days Of Wild)”、“ラスト・ディッセンバー(Last December)”<←世界垂涎のレア・パフォーマンスin仙台>、そして“パープル・レイン”<←あれっ?>と様々で、“アナ・ステシア”以外はこの5枚組のどこにも入っていない。それは最後の曲に限った話ではないので、本当は5枚組でも足りないということだ。
 

【Disc 4】『ワン・ナイト・アローン...ライヴ-ザ・アフターショウ:イット・エイント・オーバー!』

 さて、こちらもプリンスの真骨頂。1曲目からして“ジョイ・イン・レペティション(Joy In Repetition)”という痺れる選曲。こういうシングルにもなっていないハイ・クオリティの楽曲を10分以上に渡ってやってくれるのもアフターショウの醍醐味だ。ゆったりした曲調でいて彼のギターの凄まじさをたっぷり堪能できる曲。ギターのスラップ奏法で仰天させてくれたキザイア・ジョーンズが、私は行けなかったブルーノート公演で披露してくれたという曲でもある。

 御大ジョージ・クリントン<ブレインフィーダーからの新作はどうなっているの?>と並んでゲストとして目を引くのが、ミュージック・ソウルチャイルド(MUSIQ SOULCHILD)だ。プリンスが、デビューからヒットをとばした若手「男性」アーティストと組むのは珍しいと思うが、きっと凄くいい奴に違いない。持ち曲とスライのカヴァーを披露している。我が家では、以前から親愛の情を込めて「たぬたぬ」<fromタヌキ顔>と呼ばれていた。また、詳しくは後述するヒップホップ・バンド、ザ・ルーツのドラマーであるクエストラヴ(Questlove)がたぬたぬのドラマーを担当しているのは、クエストラヴ本人にとっても感無量だろう。

 驚きの1曲はあの『ブラック・アルバム(THE BLACK ALBUM)』からのハードなファンク・ナンバー“2・ニグス・ユナイティッド・4・ウェスト・コンプトン(2 Nigs United 4 West Compton)”だ。初めて聴いた時、彼が曲のタイトルを叫ぶまで、いや正直に言おう。叫んでも、それまでプリンスがこの曲をやっていたことに気付いていなくて、ただただ「かっけー!」と興奮していたと告白しておく。
 で、その直後はミュージック・ビデオ中に「ブラック・アルバムを買わないで。悪いね。(DON’T BUY THE BLACK ALBUM, SORRY)」というメッセージが一瞬登場する“アルファベット・ストリート(Alphabet Street)”だ。この曲の並び、好きだ。

 そして、“ピーチ[エクステンディド・ジャム](Peach[Xtended jam])”。キーボードがフィーチャーされたこのヴァージョンは、当時の“ピーチ”のアレンジの特徴だった。日本の本編公演でも、武道館での1日と、大阪公演で演奏されている。しかし日本で最初に披露されたのは、浜松でだった。このツアーではNPG Music Clubという公式ファンクラブ(厳密にはFamily Club)はサウンドチェックに入れてもらうことができて、日本でも9公演中7公演にそんな機会があった。で、浜松公演の際に当時6歳だった娘がプリンスから秘技「指招き(ゆびまねき)」を受け、ステージに上げさせてもらったのだが<生涯の想い出>、その時の展開には持論がある。最初の曲<ヴォーカルはなく、曲は“レッツ・ワーク”だったと思うのだが、異論は認める>で娘が踊ったり、飛び跳ねるタイミングで両手を挙げて観客を煽ったり(?)していた次にプリンスが始めたのがこの“ピーチ”だった。で、また時を戻させてもらうと、前述の同年6月の『ゼノフォビア・セレブレーション』に関して、海外のネット上ではこんなレポートがあった。「“ピーチ”の最中に、何人かの子供達がステージに上げられ、その中にはカークの娘もいた。」「(翌日)カーク・ジョンソンの娘がステージに上がって、再び“ピーチ”で踊った」カークとは、プリンスとは随分長い付き合いのあるザ・ニュー・パワー・ジェネレーションの一員であり、当初はダンサーとしての絡みから始まったが後にパーカッションやドラムを担当し、リミックスやサウンド・プロダクションでもプリンスを支え、マイテとの最初の結婚の際には付添人を務め、最期までプリンスと仕事(aka“恵み”)を共にした人だ。このレポートを読んで私は、浜松のサウンドチェックの2曲目というのは、極東の島国で自分の演奏に合せてピョコピョコ踊る女の子にプリンスがプレゼントしてくれたものだったんだな、と思った。異論は認めない。ここに収録されているテイクでも、曲中プリンスが「踊って!ステージに上がって!(1拍でキメッ!)ステージに上がってガール、ダンスしなきゃいけないってわかってるだろ?2、3、カモーン!」と叫んでいる。

 続くは“ドロシー・パーカー(Dorothy Parker)”で厳密には“ドロシー・パーカーのバラッド(The Ballad of Dorothy Parker)”だ。この曲には後半にプリンスの覆面ジャズ・プロジェクト「マッドハウス(Madhouse)」の1stアルバム『8』から4曲目に入っている“フォー(FOUR)”が組み込まれている。これも初めて聴いた時、「あっ、マッドハウスの四だ」などと気付くこともなく、ただただ「かっけーっ!」と興奮していた私だった。だって、前述の“2・ニグス・ユナイティッド・4・ウェスト・コンプトン”もそうだけど、歌詞は無いし、しかもアルバム通りにやってくれるならともかく、アレンジが良い意味で激しいんだもの。
 この“FOUR”には大好きなエピソードがあって、今年のプリンスの命日近辺にはプリンス・デイとしてYouTubeで1日4~5時間のDJプレイを5日に渡って繰り広げたザ・ルーツ(The Roots)のドラマー:クエストラヴと、ディアンジェロ(D’Angelo)に関するものだ。2014年のレッドブル・ミュージック・アカデミー・ニューヨークで、ディアンジェロがフィーチャーされたトーク・イベントが開催されてクエストラヴも飛び入りした。プリンス好きとしても知られる丸屋九兵衛さんのウェブサイトbmr(雑誌形態から移行)では、まだアルバム『ブラック・メサイア』発表前のこの時の模様が「A Conversation with D’ANGELO 全訳 / ニュー・アルバムが待たれる寡作の天才が全てを語る」として全訳(訳者は本作品の【Disc 1】の対訳やプリンス本人の言葉満載の『THE BEAUTIFUL ONES プリンス回顧録』(DU BOOKS)の翻訳を担当されている押野素子さん)されている。当初ディアンジェロのデビュー・アルバム『ブラウン・シュガー』にドラマーとして参加の誘いがあったクエストラヴが「R&Bのヤツなんて興味ねえよ」って思って見送ったものの、その後アルバム・サンプラーを貰って「これぞ俺たちの救世主だ」って悟ったことや、ディアンジェロが観に来たショウで彼にアピールするために「オーディションを受けるつもりで」ザ・ルーツに馴染みのないスタイルで叩き始め、それでも「まだ彼の心を掴めてはいない」と思って前述の“FOUR”を演奏すると、ディアンジェロが「よし!」って盛り上がった様子が掲載されている。ここでの意気投合がなかったら、合流後に作られたDの傑作『VOODOO』も生まれなかったことだろう。
 

【Disc 5】『ライヴ・イン・ラス・ヴェガス』

 この作品は、待望の映像版DVDで、自分の記憶の補完にも役立つし、あと、私がプリンスについて書く時にしばしば出てくる「お茶目な」彼の様子もかなり拾っている。とは言え監督のサナ・ハムリ(Sanaa Hamri)は、後にプリンスの“ミュージコロジー(Musicology)”や“コール・マイ・ネーム(Call My Name)”、“ブラック・スウェット(Black Sweat)”等のミュージック・ビデオや、日本のMTVでも放送された『アート・オブ・ミュージコロジー(The Art of Musicology)』などでかなり美しい映像を撮影した人なので、このライヴDVDももっとクリアな映像で観たかったなぁというのは正直ある。

 映像を観て「あのツアーは、こんなものではなかったはずっ!」と想いを馳せる人も居ると思うが、そもそもこの作品の全15曲のうち、前述のライヴ本編やアフターショウと重複している曲は5曲しかないのだ。そりゃぁ、ツアー全貌をこのDVD一枚で満喫するのは無茶というものだ。

 でもそれは3枚のCDにも収録されていなかった曲のライヴ・テイクが10曲も映像付きで発表されたということでもあるわけで、その中でも収録が嬉しかったのは7曲目の“ガッタ・ブロークン・ハート・アゲイン(Gotta Broken Heart Again)旧邦題は「失恋」”だ。それまでもライヴで頻繁に取り上げられてきた同じアルバムからの前述の“ホウェン・ユー・ワー・マイン(邦題「君を忘れない」”とは異なり、ツアーで取り上げられたのは実に21年振りの作品だった。このツアー後半(日本もそう)でセットリストに入って来たこの曲は、シングルにもなっていないけどアルバムで愛される小作品だと思っていたのに、ゴージャスに艶やかに染め上げられ、やっぱりこの人のパフォーマンス力は今更ながら異常だと思い知らされた出来栄えだった。プリンスお得意の(?)握りこぶし2つを口元に運ぶブリッ子ポーズのオープニングやマイクを相手にした小芝居も愛らしいが、白眉は彼の超ファルセットからキーボードをかませてメイシオ・パーカーの高音サックスへ繋げサックス・ソロの後に今度は逆のルートでプリンスのファルセットに戻るところ。化け物か。

 制限字数が近くなってきたので、個人的な見どころを一部挙げておきたい。

例1:JBマナーの1曲“ザ・ワーク(The Work)”で新しいダンス「ネバダ・シェイク」や、新しいダンサー「オジー・オズボーン」(の真似)を披露するプリンス。

例2:“ワン・プラス・ワン・プラス・ワン・イズ・スリー(1+1+1=3)”の途中で「携帯電話を持っている?」「ファンキーな様子を家族に電話で伝えて」とか言っちゃうプリンス。

例3:“パス・ザ・ピーズ(Pass The Peas)”の前の小芝居。何やら哀し気な風情にもかかわらず、小さくジャンプして何故かいきなり上向きヴァージョンの「ゲッツ!」をやるプリンス。

例4:「WNPG」のロゴが映し出され「WNPGは肌の色を区別しない(WNPG ——- Colorblind)」と言うプリンスの語りと共に演奏されるのはレッド・ツェッペリンの“胸いっぱいの愛を(Whole Lotta Love)”。Colorblindは、【Disc 3】のピアノ弾き語りでちらっとだけ登場する名曲“ダイアモンズ・アンド・パールズ(Diamonds and Pearls)”のオリジナルにも出て来る彼の信条の一つだ。因みに、前述の「WNPGの原点となるプレイリスト(抜粋)」では、また別のツェッペリンの曲が挙げられている。

 蛇足だが、今回の再発では、2002年当時のDVDには収録されていた前述のファンクラブ:NPGMCのコマーシャル映像(約40秒程度)が削除されていた。
 

 そろそろこの長文も締めにかかろうと思う。
 プリンスの5枚組作品だが、ここでは一切触れられていないアルバムがある。大ヒットした『バットマン(BATMAN)』だ。本作品に収録されていないだけでなく、この起伏に富んだセットリストを誇る世界各地でのツアー、アフターショウ、あるいはレア曲のパフォーマンスが行われた2002年の『ゼノフォビア・セレブレーション』でも、『バットマン』からの曲はシングル・カットの際にカップリングされた本人お気に入りのB面オンリー曲“アイ・ラヴ・U・イン・ミー(I LOVE U IN ME)”も含め1曲たりとも披露されていないようなのだ。頑なさすら感じる徹底ぶりだが、そんなアルバムからのシングルで“パーティマン(Partyman)”という曲がある。ミュージック・ビデオには二種類あり、当然長いExtended Versionがお勧めだが、何れのビデオにも来日ツアー直前まで参加していたのに日本には来てくれなかったサックス奏者キャンディー・ダルファーが華々しくプリンス作品デビューを飾っている。そうそう、前述のプリンスの秘技“指招き”のシーンもある。
 そして、ファンにはお馴染みだが、ビデオの最後には画面の右列に日本語で紫の字幕が登場する。「まだ終わりじゃないよ」と。その後時間をずらしてに「This ain’t over yet…」の英語が浮かび上がる。プリンスがこのツアーで「It Ain’t Over!」を標榜し、ライブでもレスポンスを要求される時、私はこのビデオのこと(+テディー・ライリー率いるGUYのデビュー・アルバムからの1stシングル“Groove Me”に出て来たリリックと“it ain’t over…”のロゴが表示された私も愛用したツアーTシャツ)を想い出していた。

 そうこうしているうちに、現世では、プリンスの最高傑作と名高いアルバム『サイン・オブ・ザ・タイムズ』のスーパー・デラックス盤が発売されるという噂が飛び交い始めている。前述のクエストラヴがプリンスの誕生日のDJプレイで、そこからのものであろうという音源を流してもいた。

 そう、まだまだ終わりじゃないのだ。

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