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バイバイサンキューを抱きしめる

BUMP OF CHICKENから送り出された流れ星の正体

小学生の頃に読んでいた漫画が、今またスマホアプリで手軽に読めるようになった。
作品の中の登場人物は年を取らない。
一人の友達のようだった主人公も、大人びて見えた年上の主人公もみんな年下になっていた。
子どもの頃は表面上のストーリーや登場人物たちのキャラクターがただ漠然と好きだったが、大人になり、視点が変わってその作品のテーマや各登場人物の役割という、言わば作品の裏面から読むようになり、こんなに凄い作品だったのかと今初めて思い知るのだから面白い。
そして、最終回で時間が止まった登場人物たちを置いて、私だけ大人になっていたことが、なぜだか少し切なくもあった。
 

この感情に似たものを、私はBUMP OF CHICKENの「バイバイサンキュー」にも抱いていた。
2019年9月12日。
ツアー「aurora ark」大阪公演のアンコールでその曲が演奏された時、私は驚きとか喜びとか感動とか以外に、力が抜けるほどの何かが心の底から湧き上がってきた。
断っておくが私はこの曲のことを忘れたことはない。
イントロで何の曲かすぐにわかるし、歌詞も覚えているし今もよく聴く好きな曲だ。
しかし、「ライブで聴いたのは一体いつぶりだ?」と考えた時、私は随分久しぶりにその曲と「再会」したような感覚を味わった。
 

ライブから数日後、Twitterでバイバイサンキューがライブで演奏されたのは2008年のツアー「ホームシック衛星」の京都公演以来初だったという情報を目にした。
その情報が正しいかはもう確かめようがないが、正しかったとして、私はライブで味わった再会の感覚を理解した。
2008年の京都公演のその日、私はそこにいた。
11年の年月を経て、曲が会いに来てくれたような感覚を味わったのだ。

それは11年の年月を経ても、今もなおBUMPの曲と一緒にいたからこそなのに。
なぜ私はあの時、「再会」と感じたのだろう。
バイバイサンキューはずっと、私の中にあったはずなのに。

私はBUMPから受け取った曲を手放したことはない。
しかし、後ろを振り返った時、手元にあるはずのバイバイサンキューはずっと遠くにも見えた。
なぜ、と考えて、気がついた。
この曲はいつの間にか、私よりも年下になっていた。
 
 

“明日の朝 発って 丸一日かけて
夢に見た 街まで行くよ
こんなに素敵な事 他にはない だけど
ひとりぼっち みんないなくて
元気にやっていけるかな”

“僕の場所は ここなんだ
遠くに行ったって 僕の場所は変わんない
これから先 ひとりきりでも
たぶん 大丈夫
みんながここで 見守っている”

“ひとりぼっちは怖くない”
 
 

歌詞の中で、明日の朝発つのは大人だとも子どもだとも男とも女とも記されていない。
しかし初めてこの曲を聴いた時、10代だった私には、なんとなく、20代半ばくらいの青年が、おそらく夢に向かって旅立つ前夜の不安と希望を描いた曲として聴こえ、ずっとそのイメージのまま聴いていた。

作品の中の登場人物は年を取らない。
そして物語のラストを迎えた時、登場人物の時間は止まる。
彼の時間はずっと止まっていたのだ。
しかし私の時間は進み続け、いつの間にか私は彼の年齢を追い越していた。
絶対に忘れないのに、もう会えない。
手元にあるはずのバイバイサンキューが遠くに見えた時、彼は手を振っていたのだろうか。
遠くから、“ここで 見守っている”と止まった時間の中にいたのだろうか。
 
 
 

“君が未来に零す涙が 地球に吸い込まれて消える前に
ひとりにせずに掬えるように 旅立った唄 間に合うように
命の数と同じ量の一秒 君はどこにいる 聴こえるかい
君の空まで全ての力で 旅立った唄に気付いてほしい”
 

最新アルバム「aurora arc」に収録されている「流れ星の正体」の一節だ。
バイバイサンキューからおよそ18年後に発売されたことを考えると、BUMPの曲は随分増えた。
現在や過去を唄った曲に比べ、BUMPには未来を想像させる歌詞は少ない。
しかしこの曲では、未来にいるリスナーのことを思い浮かべている様子が描かれている。

これは未来を示す曲か。
いや、唄が旅立ったのは「今」だ。
歌詞をなぞっていて気がついた。
流れ星の正体は、バイバイサンキューの彼だ。
 

未来に向かって旅立った唄。
未来に向かって旅立つ彼。

彼の正体がBUMP OF CHICKENの曲だとしたら。
「僕の場所」がリスナーである私だとしたら。
聴き手である私を信じて私の元まで「ひとりぼっちは怖くない」と奮い立って発ってくれたとしたら。
彼の時間は止まってなんかいなかった。

いつだって「僕の場所はここなんだ」と迷わずにまっすぐに向かってきてくれた。
私が年を重ねても、「遠くに行ったって 僕の場所は変わんない」と見つけてくれた。
 
 

BUMP OF CHICKENの曲は私にとって光だ。
手元にあるはずのバイバイサンキューが遠くに見えたのは、それが光の始まりであったのと、その光が今も届き続けているに過ぎない。
そして別の曲、「ray」で彼らはこう歌う。

“大丈夫だ この光の始まりには 君がいる”

私たちはお互いの姿を捉え合っている。
だから、「大丈夫」だ。

手元のバイバイサンキューを抱きしめる。
私はまたこの曲に寄り添われて生きていく。
 

そして、明日の朝発つ彼と、未来でまた待ち合わせしよう。

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