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好きな音楽と好きだった人の話

私と、唾奇と、Good Enough

私は唾奇というラッパーが好きで、特にGood Enoughという曲が1番好きだ。

この部分のメロディーが音楽的なルーツが、とか専門的なことでは特にないんだけど、でも本当に大好きで、この曲にまつわる一生忘れられない思い出…というか「感覚」が、ずっと心に残っているのだ。
 
 

唾奇は、私が3年ほど前に好きだった人がきっかけで聴くようになった。

その人とドライブに行ったときも、夜の高速を飛ばしながら唾奇の色んな曲を流して、夜風を浴びながらGood Enoughを2人で聴いた。
家でふたりでだらだらしてるときも、YouTubeで唾奇の曲を流して、一緒にああだこうだ言いながら見ていた。
会っていない時も、ひとりで唾奇を聴きながら、その人のことを想ったりした。

好きな人は唾奇が大好きで、唾奇になりたいと公言すらしていた。
あとめちゃめちゃ自由で、猫みたいな人だった。
自分が会いたい時に急に連絡してきて、会いたくなければ突然連絡が取れなくなる、典型的なアレだった。
 

“暇だけど今忙しいから
友達と別れたらすぐかけるや
なんて嘘でごまかしてさ
飽きるまで隣にいてくれな”
(“ Good Enough feat. kiki vivi lilly”/唾奇 × Sweet William より引用)

Good Enoughを特に好きになったのは、このリリックのせいとも言える。
この唾奇らしい自己中心的で気ままなリリックが、同じく自己中心的で気ままな私の好きな人と、完全にリンクしていた。

何故かはハッキリと言葉にできない。でも自由きままに振り回してくるその人の事がとても好きだったし、その人が好きな唾奇のことも好きだった。
 
 
 
 

ぽつぽつと取れていた連絡がある時全く取れなくなった。
そのまま1年、会わないまま過ぎた。
私は唾奇が好きなままだったし、Good Enoughを聴いていた。
 

そしてある時、前触れもなく急に連絡が来た。
久しぶりすぎて顔も曖昧になっていたけど「好きな人」という感覚はずっと残っていて、会いたかったので会うことにした。

よく会っていた頃と同じように、お酒を飲みながらふたりで楽しく色んな音楽の話をしていたんだけど、私が唾奇の話を出した時、その人が衝撃的な発言をした。

「あ、俺もうあんまり唾奇聴いてないんだよね」
 
 
 
 

はい?
 
 

衝撃だった。稲妻。閃光。
電撃が走るってこういうことなのか、と思わず考えてしまった。

なんで聴かなくなったのかはどうでもよかったので、その理由は覚えていない。どうでもいい。
あ、聴いてないんだよね、じゃねんだわ。
なんでだよ!いや、なんでかはどうでもいいんだけどマジでお前、なんでだよ!!!!と思った。
 
 

自分でも驚いたが、不思議なことにその瞬間からなんとなくもう私の好きな人じゃなくなっている気がしてしまった。
表情や仕草、話し方や笑い方、あれこんな人だっけ?と思った。悪い意味じゃなくてシンプルに別の人みたいな感じがした。
唾奇どうこうというより、そもそも私自身が変わったのかもしれないしその逆かもしれない。
そりゃそうだ一年も経ってるから、色々あった。その人も色々あっただろう、当然。
 

わたしはその人との思い出も含めて、唾奇が好きだった。変に執着していた部分もあったし、そもそも唾奇が好きだからその人のことが好きなのか、その逆なのか、正直よくわからない感覚にもなっていた。

ただ確かなのは、会わない間もその人との思い出は私の中でだけ、唾奇の音楽と一緒にずっと続いていたということだ。

だけどその人の中から唾奇が消えたと知ったその日その瞬間から、長い間続いていた「その人との思い出」が、自分の中で終了していることに気づいた。
あんなに忘れられなかった「好きな人」という感覚も、一緒に消滅していた。
人生ではじめて、漫画かドラマか映画みたいに「あっけねえ…」と思った。

その帰り道、今まで執着していたものがあっさりと自分の中から離れていってしまったというのに、私は妙に落ち着いていた。
さてこれからどうするか…と思い、試しに唾奇を聴いてみよう、と思った。
その人との思い出も終わっている今、固執する対象がなくなってしまったし、もしかしたら唾奇を聞いても何も感じなくなってしまうのか…と勝手に悲しくなりながら、とりあえずGood Enoughを再生してみた。

あの時の感覚は強烈だった。
もう今まで聞いたGood Enoughの中で、ダントツに、良かったのだ。

当然のことだけど、曲自体は何ら変わっていない。いつもと同じ、私の大好きなGood Enoughだった。
ただ大きく変わったのは、その曲の中の「その人の部分」が、私の中から嘘みたいになくなっていたこと。

今まではその人と見た景色、ふたりで共有した場所、時間、感情が必ずその曲の中に在ったんだけど、その時聞いたGood Enoughには、私だけが見た景色と私だけの時間と、私だけが感じた感情のみが在ったのだ。

私のものになった、と思った。

今まで経験したことのない不思議な感覚だったので、異様なほど鮮明に覚えている。
多分、この先二度と忘れないと思う。
 
 

それ以降、その人に1度も会ってない。連絡も返していない。都合いい時だけ連絡してくるなよタコ。
 
 
 

今でも私は唾奇が大好きで、Good Enoughが1番好きで、人生は最高だ。
そしてこれからも、そうであってほしい。
嘘でごまかしながらでも良いから、どうか飽きるまで、音を止めないでいてほしいと強く願う。
 
 

私の大好きなラッパーの、大好きな曲の話。

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