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『HYPE』はまだ終わらない

ツアー『HYPE』と新アルバム『STRAY SHEEP』との繋がりからみる米津玄師の強さ

先日、米津玄師の新しいアルバム『STRAY SHEEP』の発表があった。そしてこのアルバムと共に、2019年ツアー『脊椎がオパールになる頃』の円盤化も実現することとなった。初めてのライブ映像化(MCを含むフルバージョンはこれが初めてだ)は、私たちにとってこの上ない喜びだ。あのとんでもなく美しい光景が、もう一度蘇るのだから。

このライブで、私が一番印象に残った景色がある。それは、『ピースサイン』だ。冒頭、米津さんがギターを抱えながら長い両足を大きく開き、ピースサインを作った右手をさっと頭上に高く掲げた。その瞬間、会場にいる多くのファンが同じようにピースサインを掲げた。天高く、力強くまっすぐに。会場がひとつになったような美しい光景に、鳥肌が立った。

『僕たちは きっといつか遠く離れた 太陽にすら手が届いて 夜明け前を手に入れて笑おう そうやって青く燃える色に染まり おぼろげな街の向こうへ 手をつないで走っていけるはずだ』
『もう一度 遠くへ行け遠くへ行けと 僕の中で誰かが歌う どうしようもないほど熱烈に いつだって目を腫らした君が二度と 悲しまないように笑える そんなヒーローになるための歌 さらば掲げろピースサイン 転がっていくストーリーを』(米津玄師「ピースサイン」)

自分は幼い頃からずっと変わりたかった。遠くに行きたかった。でも、生まれ持った性質や環境は、自分から断ち切ることは不可能で。そんな私がピースサインを作りながら多くの人たちと共に音楽を聴いていることが不思議だったし幸せだった。今まで生きてきた、嫌なことや面倒くさいことなんて、全部忘れることができるくらい美しい時間だった。そんな自分を、映像を通してもう一度思い出すことができるのだ。「またこうして美しい時間を作りましょう。それまで元気で生きていこうね。」ライブの最後、そう言った米津さんの言葉が印象的だった。

米津さんはこの時のライブについて、「いちばん楽しいツアーでしたね。(中略)今までは、わりと距離があったし、お客さんとの。距離を取ろうとしてたのかもしれない、もしかしたら。でも、なんだろうな、今回のツアーは、わりとそういうのをナチュラルに取っ払える自分がいた。」「ちょっとずつ視野が開けていって、どんどん遠くのほう、遠くのほうまで目がいくようになって」(ROKIN’ON JAPAN2019.7月インタビューより)と言っている。

かつては自宅で一人、パソコンの前で音楽を創り、ボーカロイドに歌わせていた米津さんが、大勢の人の前でライブをするようになった。初めはライブを「やらなければいけない」と言っていたのに、「楽しい」ものへと変化した。それは、会場にいる私たちにも確実に伝わっていた。
 
 

そんな米津さんの「進化」から一年後のツアー『HYPE』。米津さんはこんなことを言った。
 

「もっと俺に歩み寄ってきてくれ、俺から歩み寄っても意味がないんだ」
 

それはとても衝撃的な言葉だった。米津さんの口から、初めて聴く言葉だったと思う。今までは、私たちに歩み寄ることをしていた米津さんが、『HYPE』では、私たちに「歩み寄ってきて欲しい」と言ったのだ。それは、米津さんがさらに確実に強くなったことを意味するだろう。人は、誰かに歩み寄ることよりも、歩み寄られることのほうが不安な場合がある。弱い自分が強い人に寄りかかるのは簡単かもしれない。反対に、自分が強くなければ誰かに歩み寄られても、怖くて逃げだしたくなるのではないだろうか。今までは私たちに歩み寄ろうとしてきた米津さんが、「歩み寄ってほしい」と言った。米津さんの強さが伝わってきた。
 
 

しかしその後、新型コロナウイルス感染症の影響で、ツアー『HYPE』は中止や延期となった。また、新曲『感電』を聴くことも延期になってしまった。私は生きる糧である音楽を聴くことができなくなるくらい憂鬱になっていた。
そんな中、新しいアルバム『STRAY SHEEP』の発表。訳すと、「迷える羊」だ。

聖書に有名な例え話しがある。羊飼いは、100匹の羊のうちの1匹が群れからはぐれたら、そのたった1匹を、懸命に探す。残り99匹の羊がいようとも、羊飼いは、はぐれた羊を見つけ出してくれるのだ。そんな話しを子供の頃に聴いたことがあった。アルバムのタイトル『STRAY SHEEP』を見た時、すぐにこの話を思い出した。そして、『HYPE』で言った米津さんの言葉を思い出した。

「この会場に、おそらく疎外感を感じている人がいると思うけど、そういう人にこそ音楽を届けたい。」

そしてブログでは、
『「僕は苦しいです」「あなたが好きです」と表明するだけの言葉すら持つことを許されていない人間がいることをわたしは知っている。今はそういうやつにこそ音楽を届けたい。きっと大丈夫だと言ってやりたい。」(公式ブログ『隙間』より)
と言っている。

自分はまさに、「迷える羊」だった。そんな迷える一匹の羊に向けて、米津さんは音楽を届けて、見つけ出してくれる。
 

そして、
『泣きたいときは歌うのさ 美味しいくだもの言葉に乗せて そしたら不思議なくらいにさ 気持ちが安らぐんだ』(米津玄師「こころにくだもの」)
『見つめてるよ ぼくは今も 地球の上で光る星だ 誰も ぼくを 知らなくとも まだ見ぬあなたのために光る』(米津玄師「旅人電燈」)

こんなふうに歌ってくれる。窮屈で不安な生活の中、米津さんの音楽が、「僕はここにいるから大丈夫」と言ってくれているようだ。
 

しかし、「迷える羊」は私たちだけでなく、米津さん自身でもあるかもしれない。ツアー『HYPE』が中止や延期になり、米津さん自身も立ち止まることを余儀なくされた。「美しい音楽を届けたい」と誰よりも強く願っている米津さんが、音楽を届けることができなくなるのは、きっととても悔しい、悲しいことだろう。長い沈黙のあと、ある日米津さんは、「自分は日々小ぢんまりと音楽を作っています」とSNSを通して私たちに言った。それは、米津さんもまた、「音楽」という羊飼いに、自分自身を見つけてもらった一人ということかもしれない。
 

『何に例えよう 君と僕を 踵に残る似た傷を 晴れ間を結えばまだ続く 行こう花も咲かないうちに』(米津玄師「馬と鹿」)
 
 

『馬と鹿』でそう力強く歌うように、ツアー『HYPE』はまだ終わりではない。「この会場に、おそらく疎外感を感じている人がいると思うけど、そういう人にこそ音楽を届けたい。」「もっと俺に歩み寄ってきてくれ」
『HYPE』で言った米津さんはまさに、羊飼いそのものだ。

『HYPE』と『STRAY SHEEP』には繋がりを感じる。優しくて強い米津さんを感じる。だからまだ、終わらない。むしろ、さらに進化した米津さんに歩み寄ることができるのではないだろうか。
 

アルバムタイトルからそんなことを考えていると、『STRAY SHEEP』を早く聴きたくて楽しみな毎日だ。不安で窮屈な自粛生活の中、米津さんがどんなことを考え、どんな言葉を伝え、それをメロディに乗せたのか。
大切に大切に聴きたいと思っている。

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