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私のための音楽

現実とヨルシカ

辛いことが積み重なると、私の心は死んでしまう。逃げたくて逃げたくて堪らなくなる。ただ、現実は残酷だ。時間は平等に過ぎてゆくし、好きなことも嫌なことも生きていく中でやらなければならない時が来る。耐えられない。
何故死なずにここまで来られたのか。それはひとえに『音楽』があったからだと思う。
家族に傷つくことを言われた時も、友達との仲がギクシャクした時も、死にたくなった時も。いつだって私は自分の好きな『音楽』を眺め、味わい、聴くことが出来た。それは何にも代えがたい、宝石の記憶。

「私は音楽がやりたい」
そう思うようになったのは中学生の頃。吹奏楽部に所属していたにも関わらず、まともに演奏できるのはフルートのみ。ピアノもギターも弾けない。ピアノは当時の友達に教えてもらったが、なかなか思うようにいかない。その時から、私は私にとって簡単に演奏できる自分の曲を作り始めた。
それはそれは楽しいもので、自分の頭から音へ、適当に弾いたリズムを曲へ昇華させていった。
感情は醜いけれど、作品は美しい。
最近ではつくづく思う。

私にとって、『ヨルシカ』という存在は大きく、そして美しかった。
忘れもしない、5月7日。あの日、私は『ヨルシカ』を知った。「だから僕は音楽を辞めた」という曲を聴いた。恥ずかしながら、第一印象は覚えていない。いつの間にか、彼らの世界に魅了され、落ちていった。深い深い湖のような場所だ。
『ヨルシカ』はまるで1つの作品のようだ。アーティストを「作品」呼ばわりするのは失礼かもしれないけれど、私にとっては美しい絵画だ。ただ、愛らしい天使が描かれているのではない。例えば、割れた花瓶を精密に描いたような、花瓶が壊れた瞬間のリアルさ、儚い美しさを掬い取るような。そんなイメージだと思う。
個人的な意見なので、賛否両論あるとは思うが、了承していただきたい。

もうすぐ、彼らは新しい爆弾(アルバム)を世界に投げ込む。梶井基次郎の小説『檸檬』を読んだ時のような衝撃。今までとは一線を画す作品になる。だが、根本は変わらない。『ヨルシカ』は『ヨルシカ』である。他の何物でもない。ふつふつと湧き上がる「期待」という壁を、彼らはいとも容易く飛び越えてくれるだろう。私の無機質で面白味のない人生に、大きな風穴を空けてくれる。なんて楽しみなのだろう。
自らの余命は0日だと考えている私ではあるが、彼らの爆弾を受け取るまでは死ねないよな、と自分に言い聞かせている。

彼らの未来に幸多かれ。
 
 

稚拙な文章を読んでいただき、ありがとうございます。報われます。

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