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住宅街に吹く生ぬるい風

清志郎は詩人だった

パターソンという詩人の男の映画を観た。
自分の名前と同じパターソンという街で、愛しい妻のローラと、イングリッシュブルドッグのマーヴィンと暮らすパターソン。朝早く起きてバスの運転手をして、夕方にはマーヴィンの散歩、途中で馴染みのバーに立ち寄って1杯だけビールを飲む。

パターソンの暮らしには、事件は起きない。予感だけがそこにある。しかし、その予感は予感のまま過ぎ去り、起も承も転も結もない、いつもの暮らしが繰り返されていく。そのまにまに、手のひらサイズのノートを広げて詩をこぼしていく。

唐突なようだけど、この映画を観て考えたのは、清志郎のことだった。
わたしは清志郎を詩人だと思っている。

熱狂的な清志郎ファンだった母のおかげで、小さい頃から清志郎ばかりを聴いて育った。車の中でも、夕食時のテレビからも、清志郎が大音量で流れていた。家に遊びに来た友だちからは、「トイちゃんちは不思議な音楽が流れている」と言われた。少し恥ずかしかった。

当時の清志郎はKINGやGODを名乗り、RC時代より円熟したケバさを醸すようになっていた。青い大粒ラメのアイシャドウに、上下揃いの花柄スーツ、わざわざ「ブーツ」と書いたブーツを履いてピカピカ輝いていた。南国の鳥のようなおじさんだなと思いながら、いつも清志郎の音楽を浴びていた。

その後、自分の意志で清志郎を聴くようになったのは、大学生になって親元を離れてからだった。清志郎がとっくにこの世を去った後のことである。幼いころにはよくわからなかった歌詞が、ぐっと染みるようになった。一人きりの6畳間で、行き場のない感動を持て余して、ぐるぐると歩き回ってちゃぶ台に足をぶつけたり、イヤホンをどこかに引っかけたりしていた。
 

 次の駅で ぼくは降りてしまった
 30分泣いた
 ―― RCサクセション「ヒッピーに捧ぐ」 作詞:忌野清志郎 作曲:肝沢幅一

 Oh お前の涙 苦しんだ事が
 卒業してしまった 学校のような気がする夜 
 ―― RCサクセション「ダーリン・ミシン」 作詞・作曲:忌野清志郎

 朝の街の 雑踏の中で
 すべてが消えて 無くなったように感じる
 気のせいだろう 君がいない事も
 ―― 忌野清志郎「雑踏」 作詞・作曲:忌野清志郎/三宅伸治
 

わたしが好きな清志郎の歌詞には物語性がない。
その場その場での断片的な記憶や感情が、1人の男の目線を通して語られるだけだ。わたしはこれを、かけがえのない詩だと思う。

清志郎が亡くなった翌年の夏、わたしが中学生の頃、母といっしょに東京へ行った。電車を乗り継いで国立で降り、清志郎馴染みの喫茶店でコーヒーを飲んで、高尾山のそばにある大きな霊園でお墓参りをした。いわゆる聖地巡礼に付き合わされたことになる。東京の夏は暑かった。

そして最後に、ある街に立ち寄った。母は「清志郎住んでたんだって」と言った。真昼間の、ふつうの家が並んだふつうの街だった。山ではなくビルが見えるところ以外、地方にあるわたしたちの住宅街みたいに見えた。こんなふつうの街に清志郎、住んでいたのか。子供心にそう思った。生ぬるい風が吹いていた。

当時は、その街で清志郎がどんなふうに暮らしたかなんて考えなかった。しかし、今「仕草」という曲を聴きながら思いを馳せてしまう。パターソンのように愛しい日々を繰り返していた清志郎のこと、そこから生まれた詩のこと。
 

 通い慣れた 木洩れ日の中
 昨日と同じ風が
 君のブラウスにからまる
 ―― 忌野清志郎「仕草」 作詞・作曲:忌野清志郎 、三宅伸治
 

あの街に吹いていた風の温度を思い出す。

浮かんでくるのは、派手に着飾った清志郎ではなく、繰り返す日々のなかで何かをじっと見つめるノーメイクの清志郎だ。

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