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憧れだったGOING STEADY 同じ時代を生きる東京初期衝動

~私にとって大切な2つの「STAND BY ME」~

私は1995年生まれ、今年で25歳になる。
いわゆる“ゆとり世代”にどっぷり浸かりきったサラブレッド世代の1人である。
年を重ね様々な音楽を知れば知るほど
痛切に感じるようになったのが、

“その音楽をリアルタイムで聴くことが出来なかった”
ことへの悔しさである。

中学生くらいまでの頃はたまに見る音楽番組で知る音楽が
全てだった私だが、
高校生くらいから自分の好きな音楽を能動的に探すようになった。
そんな私には結果的に多くの素敵な出会いが待っていた。

友人が組むバンドがコピーしていた曲、
親が若い頃買っていたCDに入っている曲、
YouTubeで
“かっこいい バンド”と検索し見つけた曲。

自分にとって真新しい価値に出会う度に喜びに浸り、みんなが知らないことを自分だけが独占しているような気分になり悦に入った時期もあった。
決して人に自慢できるような学生生活を送ってきた訳ではないが、
それでもこれら全ての出会いが私の青春期を彩ってくれたものであり、今の私を支えてくれるものであることは間違いない。

しかし、新しく出会う音楽がその都度私に幸福感を与える他方で、自分が今後ずっと聴くことになるだろうと思ったアーティストは既にそのアーティストとしての活動を終えていることも多かった。
その度に私は、前述の悔しい思いに駆られると共に、
リアルタイムでそのバンドの熱を感じることが出来たであろう自分達より上の世代の人間を羨んだ。

特に私にとって最大の羨望の対象となったのは
GOING STEADYと共に呼吸していた人々だ。
私がGOING STEADYというバンドを知ったとき、既にその10年前にゴイステは活動を終えていた。
(もちろんその時から今日に至るまでゴイステは聴き続けているし、銀杏BOYZの音楽も追い続けることになるのだが)

GOING STEADYの音楽を何度も何度も聴くようになり、
自分なりにそのメッセージについてなんかも考えてみると、
彼らの音楽は“代弁者”の音楽なんだな、と思うに至った。
いや、正確に言えば“代弁”などという論理めいた表現ではなく
“自分達が表現出来ない感情を歌にのせて代わりに叫んでくれる”
そんな存在といった方が良いのかもしれない。

自分の形容しがたい鬱屈とした気持ちや、
本当は自分を知って欲しいのに表現が出来ない情けなさ。
人には絶対に知られたくない自分だけが知っている自分の純粋さ。

こういった私たちの想いや潜在的な叫びを変わりに請け負ってくれるバンド、
GOING STEADYはリアルタイムを共に生きていない私にさえそのように眩く映る存在だったのだ。
 

GOING STEADYが発表した曲のなかでも特に私が好きなのが、アルバム『BOYS&GIRLS』に収録されている「STAND BY ME」だ。
 

“真っ暗闇で独りぼっちで震えてる僕がいた
ドアたたく音がして気付いたら君がいた

いつの日だっけか君は言ったね
「おまえを泣かせはしない」
僕の肩を抱いてくれた君は強くやさしく

(中略)

Time goes by,time goes by.
tenderness,never die your tenderness.

All I can do is singing a song for you.
Stand by me.”

(後略)
 

歌詞中の僕と君の関係性はまさに
私がGOING STEADYというバンドに抱いていた気持ちに当てはめることが出来る。
GOING STEADYの存在が私の中のどこかにあることが
自己を肯定するための要素になっていた。
そして歌詞にあるように過ごす時代が異なっても、時がどれだけ流れてもその存在は色褪せることなく私の変わりに叫んでくれているのがGOING STEADYの音楽だと感じるのだ。

ただ、だからこそ思う。
まさにGOING STEADYの存在と同じ時間を過ごし、
GOING STEADYを必要とする人々に
その音楽がリアルタイムで届いていたことの尊さを

そして思う。
今の時代においても、殊更この困難な状況下で
を必要とする人々に届くべき音楽が在るはずだと。
人と人との物理的距離を超越し
まさに“STAND BY ME”を体現してくれるような音楽を。
 

私が“東京初期衝動”というバンドと出会ったのはおよそ半年ほど前。
バンド名がGOING STEADYがかつてフリーライブを行った時の
タイトルと同じだということは後から知った。

彼女らの音楽と初めて出会ったのは
『SWEET 17 MONSTERS』というアルバムを通じてだった。

アルバム1曲目の「再生ボタン」から
ラストの「ロックン・ロール」までを順番に聴いた段階で感じたのは、

“脚色されていない音楽”を鳴らすバンドだなという感想。

正直なことを言えば、
別に共感できる歌詞が多い訳ではない。
曲を通じて感涙するようなこともないと思う。

しかし、そのメッセージやサウンドはまるで彼女らの感情がそのままくり抜かれたかのような生命力が宿っているように思えた。
東京初期衝動というバンドが叫びたいことがそのまま曲に詰められて、その純粋で大きなエネルギーが与えられるような感覚。

私が抱えている鬱屈とした感情や歪みを彼女らがそのまま代弁してくれているわけではない。
しかし、溢れんばかりのエネルギーをストレートにぶつけ続けているバンドとしての在り方そのものが私の心を抉ってくれたことは間違いない。
そして彼女らの叫びは私の叫びたいことまでも内包して世に放ってくれるような信頼感がある
(私の思う言葉と違う言葉で叫ばれていたとしてもだ)。

東京初期衝動の音楽は私にそんな存在になってくれたのだ。
 

また、東京初期衝動のメンバーはおそらく私とそう変わらない年齢だろう。
そのことが意味するのは、私はこのバンドが音を鳴らす時代を一緒に生きることが出来るということである。

同世代の人間が鳴らす音楽が、溜まりに溜まったエネルギーを社会にぶつけてくれている。
それをリアルタイムで享受出来ているとここまで(勝手に)一体感を感じることが出来るのか。
それは今まであまり体験したことのない感情でもあった。
 

先述の『SWEET 17 MONSTERS』内にも
「STAND BY ME」という曲がある。
タイトルを見たときに少しGOING STEADYの存在が浮かんだ。音楽を比較するのはナンセンスと分かりながらも、このバンドが歌う「STAND BY ME」はどんな曲なんだろうと思い何度も聴いた記憶がある。
 

“写真の中には 見えない僕たちの未来
どこまで行けるか どこまでやれるのか
ここでつまずくなよ 僕たちの傷は深い
君は強いから 誰かの肩を抱いて
あなたの胸に 白い月が落ちる
私が壊れても 泣かないでいてね

Ah Stand by me, Take me, Not alone
私は強いから 泣かないでいてね
Ah Stand by me, Take me, Not alone
世界が壊れても君だけのものさ”

(後略)
 

この曲を初めて聴いたときは
GOING STEADYの音楽を聴いたときと同じで、

君=東京初期衝動とその音楽
僕たち=私や東京初期衝動の音楽を必要とする人々

つまり、彼女らが音楽を通じて私たちのことを叫んでくれている曲なんだと勝手ながらに解釈していた。
しかし、最近になってまた別の見え方をするようになったのだ。

現在音楽業界、とりわけライブハウスシーンが大きな危機に瀕しているのは報道の通りである。
音楽を鳴らす機会が失われつつある、そして有効な手立てや支援が中々見つからない現状。
それをただ見ていることしか出来ない私たち。

そんな折、この「STAND BY ME」という曲に改めて触れたとき、今までと違った感じ方をしたのを覚えている。

今までは音楽が私を代弁してくれる、代わりに叫んでくれるというある種依存的な聴き方しかしてきてこなかった。
しかし、みんなが困難な状況に置かれている中、
私は音楽に寄りかかって支えとするだけでなく、
誰かの声にならない叫びを汲み取ることが出来ないのか。
誰かにとっての支えとなることは出来ないのか。
今までは音楽という“君”が私を支えてくれた。
私にだって誰かにとっての“君”になることが出来る可能性があるのではないか。
そんな自問自答に繋がったのだ。

今まで音楽から与えられてきたことを、
私なりの形で誰かに与えられるかもしれない。

東京初期衝動の音楽は
そんな自分の新しい価値観を拓いてくれた音楽にもなったのだ。

私だって歌詞のなかの“君”のように私もなれるのではないか。 

こんな状況だからこそ、
同年代のバンドが私に与えてくれた
新しいエネルギーの形を大切にしていきたい、

そして今後も、私が20代として生きるこの時代に
“東京初期衝動”というバンドが存在することが
私にとって大きな活力源となることは間違いないだろう。
 

最後になるが、
東京初期衝動は今年に入ってから
シングル『LOVE&POP』をリリースしている。

その中にバンド名がそのままタイトルになった「東京初期衝動」という曲が収録されている。

この曲の中には彼女らの持つ圧倒的なエネルギーの源とでも言える部分が詰まっているように感じられるものとなっており、
その源がロックンロールという形で発露されている。
 

(前略)

“愛しき人よ 僕は君を
愛しき人よ 未来の向こうまで

Ah 壊れないで僕ら 若者達よ
いつか僕らの初期衝動 

Ah 歪まないで僕ら 若者達よ
いつかの僕らの初期衝動”

(後略)
 

彼女らの持つピュアさ、
そして愛情がそのままストレートに伝わる曲だ。

純度100%のままにその衝動を叫ぶ、
そしてその叫びの中には模範解答的な形はしていないかもしれないが真っ直ぐな愛情が内包されている。

そんな東京初期衝動にだからこそ、
ずっとずっと私たちのことを叫んでいてもらいたい。

そして、私自身も誰かにとってそんな存在に、
そう思わずにはいられないのだ。

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