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[Alexandros]の歌詞のひとつ

"ワタリドリ"について

[Alexandros]の”ワタリドリ”という曲を聴いていて、いつも感じる。
サビの《ワタリドリの様に》という部分は、なぜ、《の様に》と歌われているのか。

この曲が発表されたのはけっこう前で、当時は別に気にならなかったのだが、テレビで歌われたり、CMに使われたり、町を走る窓全開の車がこの曲を爆音で流していたりと、世間に広まってから気になりはじめたのである。
うまく説明できる自信はないのだが、具体的に何が引っかかるのか、どう気になっているのか、自分なりに書きたいと思う。

“ワタリドリ”は、[Alexandros]というバンドのことを歌っている、と、そう言われている。世へ出れば《無情》にさらされる現実や、《それでも飛び続けた》彼らの思いが、《ワタリドリ》と重ねて描かれる。
サビへつながる《傷ついた言葉乗せ/運びたいから》のメロディーには、飛ぶ速度をゆるめて力をたくわえるワタリドリらしさがよくあらわれている。

追いかけて 届くよう
僕等 一心に 羽ばたいて
問いかけて 嘆いた夜
故郷は 一層 輝いて

ここの「おーいっ」「とーいっ」のタメから生まれる爆発力と高音のギャップが鮮烈で、実にすがすがしい一曲だと思うのだが、

ワタリドリの様に今 旅に発つよ
ありもしないストーリーを
描いてみせるよ

続くここが気になるのである。

《ワタリドリの様に》の《様に》という言葉をどう位置づけるかによって、この曲の意味は変わってくるのではないか。

[Alexandros]は、《ワタリドリの様に》ありたくて、曲を作り、演奏し、音楽を続けている、つまりは《ワタリドリ》が理想であるという意味で、《様に》と歌うのだろうか。
それとも、《ワタリドリの様に》飛び、どこかを目指すようすが、今の彼らの思い描くイメージに近いという意味で、《様に》という言葉を使うのだろうか。

どちらにしても、《ワタリドリの様に》という言葉を使って表現することで、この曲のモチーフである《ワタリドリ》にブレが生じるのではないかと思う。

たとえば、サッカー少年が「○○選手のようになりたい」と言うとき、それはあこがれであり夢だから、頑張ればいい。お笑い芸人が「○○さんのような芸人になりたい」と言うとき、それは理想であり目標だから、目指せばいい。
しかし、[Alexandros]の場合は、「《ワタリドリ》のようになりたい」ということを伝えたくてこの曲を作ったわけではないだろう。一方、自分たちを《ワタリドリ》に重ねる視点はとても伝わってくる。《様に》の意味の広さゆえに、私は混乱しているのかもしれない。

表現における「様に」という言葉は、ただ単に例示という意味だけでなく、比喩という技術に関わってくる。「様に」が出てこなくても、表現が表現である以上、その多くは比喩から逃れられない。
中島みゆきの”糸”という曲に「糸の様に」という言葉が一回も出てこないように、「様に」という言葉を使わず、その対象をあらわすことで、巧みとか芸術性といった評価につながるのである。

では《ワタリドリの様に今 旅に発つよ》は、《様に》を消し、「ワタリドリは今 旅に発つよ」にすればよいのだろうか。

よくない。これでは《ワタリドリ》が[Alexandros]のそばから離れてしまい、どこか他人事で歌っている印象を受ける。飛び立っていく《ワタリドリ》を眺めてギターをかき鳴らしている感じがする。
だからここは《ワタリドリの様に今 旅に発つよ》でよいと思うし、それ以上にしっくりくる歌詞を、私はもちろん思いつかない。

最近のバンドの曲を聴いていて思うのが、モチーフとの距離の取り方が独特ということである。
歌っているのは自分のことなのだが、それを何かに託そうとするとふいに自分の切実さと重ならなくなり、モチーフを関係のない独立したものとして存在させている。あるいはその逆、歌っているのは自分から遠いことでも、それを自分に近いモチーフに重ねているから、曲のスケールが小さくなっている。
自分以外のことを完全に自分以外のモチーフで歌う、または自分のことを自分に託してまっすぐ歌うという曲が、なかなか生まれていない。というか、そもそもモチーフをどうこう考えさせる曲が少なくなっている。

その点、”ワタリドリ”は、自分のことを《ワタリドリ》に重ねて歌いきるという、モチーフを使うことに正面から向き合った、実は力業による一曲で、その強引さと曲の雰囲気の対比が本当の魅力であることを、私は理解できていなかったから、勝手にモヤモヤしていたのだと思う。

ちなみに、こういうことをあらためて考えたきっかけが、先日友人たちと行ったカラオケで、歌の上手い同級生が”ワタリドリ”を歌っていたから「この曲は気になるんだ」とやはり思ったが、言い出せなかった。その夜は「これいい曲だよね」と口にすることはあっても、「この歌って、今の俺たちみたいだ」とは当然誰も言わなかった、私はCMのラグビー選手のキックの真似をするなどして、ただカラオケがカラオケとしてあった、カラオケらしい素敵な夜だった。私はそんな夜が好きだ。

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