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ストリートウォーカーズの英国ロック裏街道

どんな音楽であっても安売りされないことを願う コロコロ心変わりしないミューズを信じて

1970年代に活動していたSTREETWALKERS(ストリートウォーカーズ)というロックバンドがある。グループの主要メンバーであるROGER CHAPMAN(ロジャー・チャップマン)とCHARLIE WHITNEY(チャーリー・ホイットニー)による共同作業は、1960年代から70年代に至る前身バンド、ファミリーの時代から続いてきている。
英国ロックが好きなら”FAMILY”の名前を一度は聞いたことがあると思う。身近にある親しみやすい名前、便利で好都合な共通の名称であるはずなのだが、ロックと音楽の世界ではあまりに見過ごされてはいないかとも思う。彼らは決して駅近でなくとも立地の良い所で幅広いサービスを目指して役に立たない岩を売っていたのではない。しかし、ロックは安売り出来ないのだという気骨。彼らの音楽からはそれが伝わってくるようだ。ファミリーの後のストリートウォーカーズが活動したのは、石の上にも三年、1974年から77年の事だった。しかしその辛抱、忍耐にも関わらず今では名声も得られていないのかもしれない。ストリートウォーカーズに在籍したドラム奏者NICKOという人がいる。彼は後のアイアン・メイデンのドラム奏者Nicko McBrainである。しかしストリートウォーカーズに居た経歴が取り上げられているのは数少ない情報でしかない。STREETWALKERSの存在はそれくらいのものなのだろうか。そもそも今の時節、アイアン・メイデンですら一般的音楽ファンに伝わってきていない、ヘヴィーメタルのファンが聴いているだけなのかも、という印象もある。それではなおさらストリートウォーカーズである。なおのことファミリーである。彼らの道は裏街道であるかもしれないが、音楽は素晴らしい軌跡である。

まず、ファミリーの決定的な名曲は、”My Friend The Sun”にちがいない。そして”Burlesque”なのだろう。実際に後にストリートウォーカーズのライブでもこの2曲が演奏されているのだった。そして現代2000年代に時が進んでも、ROGER CHAPMANのライブ映像を探せば、この2曲にたどり着く事になるだろう。ロジャー・チャップマンの歌唱スタイルは特異だ。彼の声と唄を説明するにあたってなにかと使われてきたスロートヴォイスという表現。喉を震わせるような声と伴にする感情、情緒の振り幅。スロートヴォイスといえばジョー・コッカーの声もそうだ。しかし、多彩な表情をみせるという点で考えれば、ロジャー・チャップマンの実力はまだまだ見過ごされている。時にカエル声といわれたりもするロジャー・チャップマンの声、いったいどういうことなのだろう。カエルをぎゅっと握ったりしたら残酷、ちょっと押さえつけても虐待、カエルが鳴くのはケロケロッという可愛いのが定説だが、ゲーコゲーコとユーモラスに時に漫才師風にゲロゲーロと不気味に鳴くのもカエルだ。いったい何の話なのだろう。要約するに、ロジャー・チャップマンの声は確かに感覚をぶち破る。世界ヒロシと言えどもこんなにど根性のある声はないのだ。今にもシャツを飛び出して破りそうなくらいである。カエル跳びをいくら練習しようがこういう声は出せるものではない。練習方法を間違えてはダメだ。

そこで気を取り直したい”My Friend The Sun”である。しかしここにはアクの強い、強烈さを印象付けるロジャー・チャップマンはいない。ただただ優しく慈しみ深い郷愁の響きだ。歌詞は直接的に意味を深く考えずとも伝わってくる。例えばどうだろう。土手を寂しく歩いている風情、小雨が降っているところに見上げた空についてきている優しい太陽の光とその風景、そんな場面が浮かんできたら。太陽は友だち。単純な表現で以て説明するのは無意味かもしれない。どんなときもこの歌は、この詩は支えになる。じんわりと涙。音楽が好きならそういう心の名曲が誰にもあるにちがいない。ロジャー・チャップマンの歌に寄り添うようにハーモニーをつけ併走して駆けてゆく声はジョン・ウェットンである。この声だって優しい。JOHN WETTON(ジョン・ウェットン)がキング・クリムゾンのバンドに入る前にファミリーに居たという事実は知られているのかもしれない。しかしファミリーでどんな活躍をしていたか、その事はあまり語り継がれていないだろう。ファミリーの2大名曲”My Friend The Sun”と”Burlesque”が収められているアルバムは、1972年「BANDSTAND」である。ジョン・ウェットンがファミリーに居た時代のアルバムはこれとその前年の71年「FEARLESS」の2枚だが、バンドのグルーヴを担うベース奏者、叙情的な裏ヴォーカルと、重要な局面で個性を発揮しているのが分かる。ジョン・ウェットンの活躍を聴きたいなら「FEARLESS」の中から”Spanish Tide”という曲が良いかもしれない。これはライブ映像としても残っている。

もうひとつ気になるのは、ファミリーのグループで重要な音楽性をみせているPOLI PALMER(ポリ・パーマー)の存在である。彼はキーボード、シンセサイザー、ヴィブラフォンなどの音色を駆使してこのファミリーの音楽を多彩さの印象をもたせて、時代を更にプログレッシヴに展開させたのだと思う。ポリ・パーマーの活躍が明らかに突出して感じられるのは、アルバムなら1970年「A SONG FOR ME」と71年「FEARLESS」だろうか。「フィアレス」では”Larf And Sing”という異彩を放つ曲を手掛けている。ここで聞ける多重コーラスとプログレッシヴな曲想。しかしこの歌はロジャー・チャップマンなのだろうか。ポリ・パーマーが歌っているかもしれないと一時は思っていたのだが、そうでなかったにせよ、コーラスと共にロジャー・チャップマンの唱法が一筋縄にゆかない面もここに顕れていると思う。

そもそも声の使い分けだけでなくファミリーの音楽自体でさえも簡単には説明出来ないのだからこれはやっかいだ。どの曲も真っ当にはいかない。世にあるどのような音楽の種類を当てはめてみても彼らの強力なインパクトの方が勝り、分類を拒む。ファミリーがプログレかと言われたらそうではないかもしれない。ブルースを逸脱しロックやファンクからもねじ切れる。
例えば「FEARLESS」のアルバムでは”Children”というアコースティックな優しい一面のロジャー・チャップマンを聴く事ができる。しかし一方の”Take Your Partners”ではその声も音楽もリズムも歪に強烈にねじれるのだ。ねじってねじって切れるところの寸前で手を放したときの反動と勢いを伴った脱力感。この振り幅が音楽的な魅力でもあり、反して聴き手のある種のついてゆけなさに繋がるものではあったかもしれない。誰が評価するにせよファミリーの名作は「FEARLESS」を踏まえた上での「BANDSTAND」で間違いはないと思う。それでいても、この音楽はどの面を強調し協調したところの全面を聴き手に伝え、その後の反応でさえ拒否しているかのように不敵だ。ファミリーの音楽とは如何に、という問いはこの名作にでさえ命題として突き付けられてくる。ファミリーには詩情と伴う演劇性が重要な音楽の一部として組み込まれている。劇的な展開はそれを表しているのだろう。彼らの代表作である”Burlesque”の、言葉が意味するものは、風刺、喜劇、歌劇、パロディである。そして僕は、もう何も喋らないで”Burlesque”を聴き続ける。いびつに歪んだ珈琲茶碗を手に持ったまま足は明後日の方へ向かって不明のダンスステップを踏むのだ。
“Burlesque”を聞いていて、ある時ふとこんな言葉が浮かびそれは今や心に刻み付けられてしまった。

“ロックだけが唯一まったく下らないものばかりのなかを踏みしめてゆくように痛快”

本当にそうだった。
ロジャー・チャップマンは劇的に過激に大胆不敵である。そして”Burlesque”の、刻み打ち付けるたびに聴き手を翻弄させるドラムのリズムはROB TOWNSEND(ロブ・タウンゼント)によるものである。ロジャー・チャップマンが見せかけのブルーズロックシンガーに終わることなくここまで個性を最大発揮することが出来たのはファミリーを支えたロブ・タウンゼントのこのドラムだったのだと感じる。ファミリーは個性的一派の集まりでもあったのだと思う。それにしてもファミリーのなかでも最重要人物であるはずのチャーリー・ホイットニーの名前は、ロック史のギタリスト名鑑の欄から外され忘れ去られているのだろうか。ファミリーからストリートウォーカーズに至るまで、チャップマンとホイットニーの二人がそのコンビネーションで以て作曲面で協力共作してきたというだけではなかったところのバンドの実相はここではっきりとする。チャップマンの唄の隙間を縫って斬り込むギターの合いの手は絶妙でいて自由だ。引き摺ったような奇妙なビートを補強するようなギプスで、のたうつ悶えのリズムギターである。これを正気でやることがロックなのだ。まったく気にも留めないようなヘヴィーなベースを唸るジョン・ウェットンは、深紅の王がきたる嵐の前触れではないが、野獣が檻の手前で吼えるのを抑えているかの様に沸々と熱い。そしてシンセサイザーを操るポリ・パーマーはギターと同じくらい音楽を采配してもいる。「BANDSTAND」のアルバムが劇的に重厚感でもって編成されているのはポリ・パーマーの陰影に富む音色によるものだといってもいい。ポリ・パーマーはこのアルバムでファミリーを脱退するけれど、後のストリートウォーカーズにも時折参加しているところからみてもチャップマン、ホイットニー組の音楽に必要とされていたのだろう。

ファミリー後期の音楽に影響力をもって作用していたもう一人の音楽家はたぶんDEL NEWMAN(デル・ニューマン)かもしれない。彼はストリングスアレンジでこの時期ファミリーの音楽に関わっている。1972年「BANDSTAND」1973年「IT’S ONLY A MOVIE」1974年ファミリー解散後のチャップマン・ホイットニーのアルバム「STREETWALKERS」にその名を見ることができる。デル・ニューマンは1970年代にはキャット・スティーヴンスやエルトン・ジョン(「黄昏のレンガ路」)にポール・マッカートニーのウイングス(「バンド・オン・ザ・ラン」)のアルバムでストリングスやオーケストラアレンジを任されている。ファミリーのアルバム「IT’S ONLY A MOVIE」の音楽が、総体的にノスタルジックなアレンジでニューオーリンズジャズ風にまとめられているのはデル・ニューマンによるところも大きいかと思う。現にファミリーの”ロック”を期待してこのアルバムを聴くと何だかもやもやとしてくる。一番ロックな曲は”Check Out”だろうか。これはかっこいいぞ。「IT’S ONLY A MOVIE」の音楽に於けるからっとした空気感には、それまでのダークサイドを漂わせていたファミリーの音楽性が払拭されているような想いもする。人脈を辿るのはいつも楽しいが、ファミリー自体や関連づけられるアルバムに参加して歌っていることもあるLINDA LEWIS(リンダ・ルイス)の1972年の名作「LARK」は、デル・ニューマンによるアレンジが含まれている。リンダ・ルイスとパートナーとなるJIM CREGAN(ジム・クリーガン)はそこでも音楽に密に関わっている。そうして彼は同じ時期ファミリー「IT’S ONLY A MOVIE」ではバンドメンバーになっているということもある。ジム・クリーガンとファミリー人脈を巡ってゆくと、ファミリー初期のメンバーだったジョン・ウェイダーとジム・クリーガンが組んだグループ、STUD(スタッド)というのもある。それは別の話になる。そしてリンダ・ルイスの1977年のアルバム「WOMAN OVERBOARD」では、ファミリーの名曲”My Friend The Sun”が歌われていたりする。なんて素敵な事でしょう。余談にはきりがない。

それにしてもジム・クリーガンが参加したファミリーの「IT’S ONLY A MOVIE」は、これまでの音色と方向性を異にするため受け入れづらいものであるのは確かだ。そのなかでも例えばこのアルバムで聴くべき素晴らしい成果は”SWEET DESIREE”だとしよう。もしも”ロックンロール”の”ロール”が分からないのならこれは聴くべき最高峰のひとつだ。”ROLL”はピアノやギターが転がれば達成されるような単純なものではない。唄も声の滑らせ方もリズムもビートもグルーヴも同時に転がってゆかなくては。”SWEET DESIREE”には三者の交代制で歌が繋がれてゆく。ロジャー・チャップマンの面目躍如、そしてたぶん、新しくバンドに参加したTONY ASHTON(トニー・アシュトン)のしゃがれたヴォイスも魅力だ。もう一人の歌が誰なのか不明だが、この三者の入れ替わりが見事で、そこに転がるピアノと、リズミックな管楽器によるブラスアレンジが壮快だ。僕はこれを聞いていてザ・バンドの名曲”Life Is A Carnival”の立体的ブラスサウンドを思い出した。アラン・トゥーサンによるニューオーリンズ仕様。もしかするとファミリーが参照したのはここかもしれない。実はザ・バンドの影響力はこんなところにも、というなら面白い。ファミリー「IT’S ONLY A MOVIE」の全体に於けるニューオーリンズジャズ風アレンジはその傾向であったのだと。

いつか細野晴臣さんが雑誌の特集か何かでコメントしていたのを思い出した。はっぴいえんどの時代、アメリカでリトル・フィートの録音をスタジオで見学したとき、自分たちの音楽には立体感が足りないのだと気づいたという。例えばここでリトル・フィートの名曲”Spanish Moon”を想い起こしてみよう。このリズムの立ち上がりだ。このグルーヴなのだ。立体感とはこういうことなのだろう。もしも機会があればLITTLE FEAT”Spanish Moon”の1974年75年辺りのライブ音源を探して聴いてみれば、それはより良く感じられるかもしれない。ザ・バンドとアラン・トゥーサンとリトル・フィートなら繋げやすいが、ここにファミリーの”SWEET DESIREE”を加えてみても面白いと思う。

もうひとつファミリーのアルバムで気になるところはやはり音響と空間だ。1970年のFAMILYのアルバム「A SONG FOR ME」から「FEARLESS」「BANDSTAND」「IT’S ONLY A MOVIE」から解散後チャップマン・ホイットニーの作品「STREETWALKERS」に至るまでの4年、彼らのエンジニアを担当していたのはGEORGE CHKIANTZという人だ。この名前の発音が分からないのでどうしようもないが、CHKIANTZはローリング・ストーンズからレッド・ツェッペリンからキング・クリムゾン、ブラインド・フェイス、ソフト・マシーンら、栄光の英国ロックサウンドに関わってきた一人のスタジオエンジニアだ。彼が在籍していたのはOlympic Studioだったらしく、そこで録音されてきた数々のアルバム名盤にその名が残っている。ツェッペリンなら「Ⅱ」「Ⅳ」「聖なる館」「フィジカル・グラフィティ」で、クリムゾンなら「Starless And Bible Black」と「Red」だ。ファミリーで言えば、「FEARLESS」「BANDSTAND」の2作には共同プロデュースにも当たっている。
だからといってツェッペリンやクリムゾンとに比べて音響が、音色が、似ている、通じているというものではないかもしれない。伝えたいのは英国ロックならではのこだわりの音響と空間である。そしてファミリーに英国ロック人脈の強者が参画して出来た1974年のCHAPMAN・WHITNEY(チャップマン・ホイットニー)による「STREETWALKERS」は謎にみちた聞き応えある作品だ。例えばこれはファミリーの「BANDSTAND」と「IT’S ONLY A MOVIE」の音楽性を混ぜ合わせ、音色と音響をダークサイドに引き戻した感がある。まず参加者を見れば、キング・クリムゾンのメンバーから、ジョン・ウェットン、メル・コリンズ、ボズ・バレル、ドラムにはイアン・ウォーラス、加えてマイケル・ジャイルスである。ジェフ・ベック・グループのキーボード奏者マックス・ミドルトン、英国ロックのキーボード裏番長ティム・ヒンクリーに、かつてのファミリーメンバー、ポリ・パーマーからリック・グレッチ、ジム・クリーガンにリンダ・ルイスなど、どうしてここまでのゲスト参加があったのだろうという想像力も刺激される。音楽を聴けば、派手さはないが物足りないというところまで落ちないふくよかな豊かさの深い音響が広がる。ここにはメンバーの出自から期待するような超絶グルーヴというものはないのかもしれない。そこは問題ではない。ロジャー・チャップマンの多彩な歌唱と伴う黄昏の詩情が絶妙なアレンジで展開されてゆくのが何度も聴いていて飽きないのだ。ファミリー時代の音楽からチャップマン・ホイットニーによる「STREETWALKERS」まで聴いて解る、彼らの音楽に重く沈んでいるのはやはり演劇性だということなのだろうか。英国ロックのある特色はドラマティックに重厚というところがポイントだ。そこが難しいところで、ファミリーが当時アメリカで成功できなかったのは分かりにくい劇性と英国趣味が原因だったのかもしれない。

そうしてここでタイトルとしたSTREETWALKERSは、この後その名のバンドとして活動を始める。ようやく本題のストリートウォーカーズである。このグループの音楽は如何にファミリーから転じて明確にロックを指針とした事だろう。1975年「DOWNTOWN FLYERS」から76年「RED CARD」「VICIOUS BUT FAIR」77年の最終作「LIVE」まで、シンプルに徹頭徹尾ブルーズを効かせ、ファンクにグルーヴィーにごつごつの骨太ロックをサウンドにも歌唱にも表してゆく。ドラマティックで幻想的な曲想はあるにせよ、基本はハードなロックスタイルである。彼らが目指していたのはいわゆるハードロックではないのだろう。ストリートウォーカーズには、かつてのジェフ・ベック・グループ第2期のヴォーカルだったBOB TENCH(ボブ・テンチ)が加わっているところからみて、時代に合ったファンキーなものを求めていたに違いない。しかしボブ・テンチはバンドでリードヴォーカルを強く取るでもなくロジャー・チャップマンの超個性の前で目立ちにくい役割をしているように思える。ストリートウォーカーズのライブ映像を見てみると、実際にはボブ・テンチがギターソロを鋭くキメて、ワイルドにロジャー・チャップマンと掛け合う歌を見ることができる。決してボブ・テンチが活躍していなかったのでないという面は確認できるのだが、スタジオで録音された音源だけでは分かりづらいのも確かだった。掻き消されてしまうのだろう。ロジャー・チャップマンの声が凄かったのがこういうところでも判る。
そもそもボブ・テンチがこのグループに参加した意図は何だったのか。同じ時期、彼はジェフ・ベック・グループの第2期のメンバーから続くHUMMINGBIRD(ハミングバード)というグループで主だって唄っていたのだった。ストリートウォーカーズとハミングバードを聴き比べるなら、ファンキーというものがどういうことなのか、如何にハミングバードがファンキーでありストリートウォーカーズが目指していたところのファンキーが異質であったかが分かる。ストリートウォーカーズはロックだったのだ。ボブ・テンチはロックをやりたかったのかもしれない。

ストリートウォーカーズの第1作「DOWNTOWN FLYERS」には強いブルーズ感がある。しかし次の「RED CARD」ではそのブルーズが洗練されたモダンロックの感触に転化されている。音も硬質に、メリハリは更に強調されているようだ。引き締まったドラムサウンドが硬派でかっこいい。ストリートウォーカーズのスタジオアルバムはロンドンのScorpio Sound Studioで録音されている。このスタジオ音響の特質がもしかするとストリートウォーカーズの音の感触に表れているのかもしれない。1976年のアルバム「RED CARD」で最も気になる曲は”Daddy Rolling Stone”だ。元は1950年代のオーティス・ブラックウェルのリズム&ブルースの名作だというが、これをロック史のなかで有名にしたのはザ・フーによる1965年のカバーなのだろうか。そういうこともあるのか、この曲はモッズの系統、ガレージロックのバンドによるカバーが多くあるらしい。日本のバンドでは、THE MODSやザ・コレクターズ、THE BAWDIESがカバーしているようだ。ストリートウォーカーズ「レッド・カード」のアルバムジャケットをよく見てみると彼らによるこのカバーは、わざわざモノラルでミックスしているらしい。モノラルには音が塊になって迫力が増すという特性がある。1960年代半ばまで音楽の録音やミックスはモノラルが主流だった。彼らが現したい音感はやはりロックの原初性のワイルド感だったのか。この時代にモノラルでわざわざ録音した1975年のDr.FEELGOOD(ドクター・フィールグッド)「Down By The Jetty」を想い起こさずにいられない。ストリートウォーカーズ「レッド・カード」はその翌年である。やはり彼らはロックを自らの矜持として持っていたのだろう。新時代を告げるドクター・フィールグッドのソリッドなロックにも負けないという気概だ。僕はそう思った。
“Shotgun Messiah”を聴いてみよう。めっちゃかっこいいぞ。

ここでさらに気になるところが見つかる。1977年のストリートウォーカーズ最終作に当たるライブアルバム「LIVE」である。ライブ盤に収録されているのは、以前3作のアルバムからライブに合いそうなロックらしい曲が選曲されているようだ。そしてプラス、前身バンド、ファミリーの2大名曲、”Burlesque”に”My Friend The Sun”だ。ストリートウォーカーズのライブはスタジオ録音とはかなり違う感触だと思う。このライブは音が籠り気味のように聞こえるが、1970年代ロックならではの空気がここに現れているのは間違いない。ざっくりとざらつくグルーヴ感、噛み付くような声と吐き捨てるような唄、リアルな軋轢、一体となって放射されるエネルギー、細部が全体を侵食し、ふてぶてしいはずの地団駄のロックはノイズの海へと還ってゆく。

ストリートウォーカーズ「LIVE」の録音を担当しているエンジニアは、ザ・フーのライブ録音のミックスを1960年代から現代2000年代にまで渡って任されているBOB PRIDDEN(ボブ・プリデン)だった。

最後にもう一度、ファミリーに戻って決定的ロックを書き記したい。1970年の傑作”A Song For Me”
これはマジのやつだぞ。世界に溢れる、おままごとロックを、ママの時代遅れの厚底ブーツでもって踏み蹴散らしてゆく痛快さ。楽器から放たれる個々の音像は壊れたもののすべてを地から這い上がらせ壁をよじ登らせ行く手に厳然と立ちはだかり同時にアツレキまくっている。晴れ晴れしいギターリフ、暴れ太鼓、ロックヴォーカルの極み、反骨と大胆不敵さの最抽出、
ロジャー・チャップマンのその立ち姿が伝えるもののリズム感は、ロックの歌がどのように唄われるのかという見本の如く、立体的につき、たゆまず弾みと力みのバランスを臨場感をもって伝えてくる。

ゾクゾクする。

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