3733 件掲載中 月間賞毎月10日発表
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

私とあなたの物語

それはエレファントカシマシとの出会いから

世の中は音楽で溢れているのに、私はその前で立ち止まることなく、音のない生活を送ってきた。
でも、それは後になって気が付いたこと。自分の生活に音がなかったなんて、そう認識することもなかった。
彼らに出会うまでは。

2020年1月、なんとなく動画サイトを検索していたら、ぱっとエレファントカシマシの映像が目に飛び込んできた。
「悲しみの果て」
あ、この人たち知ってる。この歌も知ってる。懐かしい。
なんとなく聴き始めた。
そのとたん、全身が震えるような衝撃に襲われた。
魂が揺さぶられる。そんな感覚をはっきりと感じた。
なんという熱量だ。
そして大胆で繊細なメロディ。
紡ぎ出される言葉の美しさ。
宮本浩次という人。目の奥に光る純粋さと激しさ。
その佇まいに、しっかりとした意思を感じた。

この人は何…?

止まらなくなった。
次の日もその次の日も毎日聴き続けた。
そう、私はすっかりエレファントカシマシの虜になっていた。

2012年。私は次男を出産した。
生まれた時は元気だった。ところが2歳になっても3歳になっても言葉を話さない。何かおかしいという思いで、不安の中育児をしていた。そのうち、奇声や癇癪、衝動性に悩まされるようになった。一日中何をするかわからない。走っている車に触ろうと走り出す。目が離せない。そんな日々が続いた。
幼稚園に入園するとトラブルを起こすようになった。
もうダメだ。
ついに病院で下された診断は高機能自閉症だった。

その日から小学校入学まで、私は療育に明けくれた。
毎日自宅で言葉の訓練をし、施設にも通った。
この頃の私はとても頑張っていたと思う。
と同時に、ある思いがずっとくすぶり続けた。
私は子どもを成長させたいと願っていたが、私は子どもが「変な子」だと思われないよう必死だった。
誰もが発達障害に理解があるとは限らない。
私は自分が「出来ない親」だと思われないよう必死だったのだ。

私がエレファントカシマシに惹かれたのは、ずっと心にあった重苦しい気持ちを解放してくれたからだ。
彼らの音楽はとても自由だと思う。時代によって曲調や雰囲気がずいぶん違う。裏を返せば、それは彼らが悩み歩んできた道のりだということがわかる。決して器用なバンドではないのだろう。表現することの自由さと不自由さ、その苦悩を感じるからだ。しかし、

全ては肯定なのではないか?

そう思った。全てを受け入れて前に進む。
私は子どもを肯定する。
できないことを肯定する。
あるがままを受け入れる。
でも努力し続けるのだ。
彼らの姿は私にそうに語る。

音楽のある生活を手に入れた。
目標は、彼らのコンサートに行くことだ。
子どもの手が離れるまでもう少し。
その時までに、今の世の中の状況が変わり
エレファントカシマシが再びスタートラインに立っていてくれたら、とても嬉しい。

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい