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掴みどころのない風・藤井 風

彼は一体何者なのか、渦巻く疑問に答えを求めて

「藤井 風」

「何なんw」

この言葉が私のタイムラインを何度駆け抜けていっただろうか。
「何なんwって何なん…?」そう思いながらも、その時は聴く事もなく、ちょっと奇を衒ったタイトルつけた曲なんだろうなと軽く流していた。
流行りの音楽に興味が無い訳では無いけれど、その時の私は、新しく音楽の幅を拡げる余裕があまり無かったというのも理由の一つ。人々にとって、何が必要で何が不要なのか、「不要不急」の言葉が飛び交う日々の中で、まさに「不要不急」にカテゴライズされた私の仕事は、休業したり再開したり、営業時間が変動したりと、コロコロと対応が変わり、それに対応するのに精一杯だった。

そして、まだ感染対策は行いつつも、少しずつ以前の職場に戻って来た感じが、私に余白を与えたのか、またタイムラインに流れてきた「藤井 風」の言葉を見かけ、私はその風がもたらす音楽がどんなものなのか、ようやく耳を傾ける気になった。

サブスクで「藤井 風」と検索する。

その結果出てくるシングル「何なんw」と「もうええわ」のタイトルの破壊力たるや。
アルバムタイトルの「HELP EVER HURT NEVER」とのギャップが凄いな…と思いつつ、アルバムを再生する事に。

1曲目、ずっと気になっていた「何なんw」が再生される。

初っ端から開いた口が塞がらなかった。驚いて開いた口は、そこから繰り広げられるメロディーを聴き、画面に表示されるLyricを読み進めるうちに、笑みへと変わる。

何なん、これは。

私は「何なん」であったり、「もうええわ」という言葉に対しては、そこそこ耳馴染みがある地域に住んでいる。

だからこその、心からの「何なん??」である。

36年の人生の中で、これほどまでにお洒落な「何なん」や「もうええわ」を聞いた事があっただろうか。

こんなに洗練された曲に方言を乗せる。その発想、そして出来上がった音楽。全てに衝撃を受けた。
全般的に、どこか懐かしさを感じさせるメロディーを取り入れつつも、韻を踏んだ言葉遊びだったり、お洒落な曲の雰囲気、軽やかだったり色気を感じさせるような歌声と、全てが新鮮だった。
アルバムを一通り聴き終わった私は、彼の事をもっと知ってみたいと、YouTubeにも手を出した。

そして、そこでまた衝撃を受け、一瞬、私の人生は何て薄っぺらいものだったのかなんて自己嫌悪にも陥る。

というのも、まず全編において、彼は流暢な英語で喋り、日本語訳が岡山弁であるという点にも勿論驚かされたのだが、それ以上に、彼のデビューシングル「何なんw」について、藤井 風本人が、曲に込めたメッセージを丁寧に伝えており、その内容が20代前半の若い子が到達し得る領域なのだろうか?と思ってしまったからである。年齢で括ってしまうのもナンセンスであるとは十分に承知してはいるのだが、これが正直な感想だった。

「何なんw」に込められたメッセージ。
それは、誰しもが持っていると藤井 風が信じている自分の中の「ハイヤーセルフ」の存在。わかりやすく「天使やヒーローに置き換えても良い(想像しやすい)と彼自身が言うように、いつも自分を正しい方向(人道的というよりかは、「自分の内に秘められている本当の声」に近いかも知れない)に導いてくれる存在。
「ハイヤーセルフ」である「ワシ(私)」はその声の持ち主である「あんた」にただただ幸せになって欲しくて声をかけ続ける…

“…知らない方が良かったなんて言わないで居て
何があってもずっと大好きなのに
どんなときも ここにいるのに 近すぎて 見えなくて ムシされて”

このLyricに詰められているのは、ハイヤーセルフである「ワシ」の切なる願いであり、語りかけている実体である「あんた」への無償の愛だ。
“何があってもずっと大好き”だから、”聞かないフリ続けるあんた”にずっと声をかけ続ける。何故なら、ただただ幸せになって欲しいから。
そんなハイヤーセルフの存在を音楽に乗せて届ける事で、少しでも多くの人に幸せになる気づきとなれば…と、そんな事を語る動画を見てから、「何なんw」のMVを見ると、街を軽やかに歩く藤井 風のそばを離れず、これまた軽やかに踊りながら存在している人が、曲中の「ワシ」である事は明確だ。

そして、そんな深いメッセージを携えた音楽と共に、MVの、どこか現実味の無い世界で幸せそうな表情で舞う藤井 風自身が、大袈裟かも知れないが、現実世界で悩む人々の耳元で、「ハイヤーセルフの声に耳を傾けてみなよ」と囁いては吹き抜ける風であったり、人間の姿になってメッセージを伝えに来た天使かな?と思うほどに、なんだかフワフワとした浮遊感を感じさせる存在に見えた。

本当に、この世に存在する私達と同じ人間なのかな?と思うほどに。

彼の事を知ろうとすればするほど、指をすり抜けて、どこかに吹き抜けてしまう。
まさしく風だ。

彼の音楽を聴いていると、その心地良い風に吹かれて、一緒にどこかに飛んでいきたくなるような…あるいは既に少しどこかに連れて行かれているのか?
どことなく感じる浮遊感の正体を未だ掴めないでいる。
 

それでもこの、天使なのかメッセンジャーなのか、掴みどころのない彼も、やっぱり私達と同じ人間なのだ、と思えるのが、彼の投稿している、沢山のカバー曲動画だった。

デビュー以前から、カバー動画を撮り続けていたらしく、その中に映る藤井 風はMVで見せる表情とは違い、ただただ純粋に音楽を楽しむ青年だった。
特に、ただカバーするだけでなく、例えば米津玄師の「Lemon」の弾き語りでは、曲の終わりと同時にレモンを取り出して変顔で終わってみたり、椎名林檎の「歌舞伎町の女王」ではウィッグをつけ、女装をして歌ってみたりと、小道具を使った演出が多々見られる。
アニメちびまる子ちゃんの「おどるポンポコリン」をカバーする際には、動画タイトルを「アダルトちびまる子さん」として、「大人になったまる子」という設定でこれまた女装をし、アレンジを大人っぽくお洒落に変え、歌い上げたと思ったら、服の下からちびまる子ちゃんのフェイスクッションを取り出し、自分の顔の前に被せる等々、遊び心が満載なのである。

その姿から、彼は、音楽をただ純粋にこよなく愛する1人の人間なんだなという事が、よく伝わってくる。
 

アルバムを聴いてから、YouTubeチャンネルも見て、気づけば4時間近く、彼の音楽を聴き、見ていた。
曲によって、彼も音楽も、くるくる表情を変える。見ていて飽きない、不思議な時間だった。

そして、この時間を振り返り、何故彼の動画から目が離せなかったのかを考えてみた。

それは、藤井 風自身はハイヤーセルフの存在を感じていて、その声に真剣に耳を傾けて生きている人だからかも知れない。
いつの時代も、自分のやりたい事を明確にして、形にしている人は輝いて見えて魅力的だ。(勿論、その道のりにおいて苦悩はあるだろうけれど。)
それに比べて自分はどうだ。いつだって自分の本心よりも先に、他の人の目を気にして生きている、そんな気がしてならない。
しかし、だからこそ、藤井 風が眩しくて、羨ましくて、惹きつけられるのだろう。
 

何なんwって何なん?
藤井 風って何なん??

これからも沢山の人がそう思い、彼の音楽に手を伸ばすだろう。

そして、きっと気づくのだ。

そんな疑問の答えを追い求める事に意味は無い。
ただ、彼の音楽が好みであれば、どこまでもその風に吹かれていれば良いのだと。
 
 
 
 

” “内は藤井 風/何なんw より引用

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