3728 件掲載中 月間賞毎月10日発表
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

SUPER BEAVERが覚悟して音を奏でた日。

「繋がっている。」今を生きる。

当たり前ではあるが、過去は今に「繋がっている。」
当たり前では無かった日常が当たり前に変わっていくこの日常だ。
そして、その当たり前の大体は、ほんのちょっとの事で崩れてしまう。
 

7月11日。今日は待ちに待ったSUPER BEAVERの配信ライブの日だ。

私はこの日をすごく楽しみにしていた。
楽しみすぎて2日前から上手に眠れなかった。

なぜこんなにドキドキするのだろう。

久しぶりに大好きなSUPER BEAVERのライブが観れるから。
それもそうだろう。だが、それだけではないと思う。
 

正直に言うと、私は配信ライブがあまり好きではない。
 

音楽はすごく大好きだ。お金に困らないのであれば、ずっと音楽だけを聴いて生きていたいと切に願ってしまうほど。

しかし配信ライブは、鑑賞している最中は極上の幸せを感じる事が出来るが、配信が終わった後のあの虚しさや、寂しさが何とも言えない後味を残す。

数か月前は日常であったあの生の空間は、終演後も同じ場所で余韻に浸れたり、同じ感動を味わった仲間と一緒に語り合えたり、1日前に戻りたいと願ってみたりして、
少しずつまた、いつもの日常に戻れるように、
少しずつまた、次のライブをより楽しみにさせながら、元の日常へと戻してくれた。

ただ、配信ライブはそうはいかない。
その幾度も訪れる一瞬一瞬の感動は一人で噛みしめる事しか出来ないし、終わったその瞬間からすぐに“いつになったらあの大好きなライブにいけるのか”という先の見えない不安と、“行きたい”という満たす事が難しい強い欲望に襲われる。
 
 

SUPER BEAVERは、”様々な地域に定期的に足を運び、同じように会いに来てくれたリスナーの顔を直接見ながら、直に生の音を届ける“という事をとても大切にしてきたバンドだ。
だからこそ、直接リスナーの顔が見えない状況下での無観客ライブをする事は、彼らにとって決して簡単な選択ではなかったと思う。

しかし、何かの選択する時にはその選択をする理由が明確にあって始めて、行動に移してきたSUPER BEAVERだ。
だから、今回もはっきりとした理由があるのだろう。

私は、現場至上主義のSUPER BEAVERがなぜ無観客ライブをする事に決めたのか、知りたかった。

いつでもかっこいい姿を見せてくれたSUPER BEAVERだから。
いつでも“一緒に”楽しもうとしてくれたSUPER BEAVERだから。

どんなふうにみせてくれるのか。

あの、後味を感じる事への嫌気よりも、私はとても知りたかった。
 

迎えた19時。
配信開始まで残り1時間。
配信されるサイトを立ち上げて、配信開始を待つ。

20時。渋谷龍太(Vo)の配信ライブ後の感想から映像が始まった。

今回音を鳴らす場所は、どうやらいつものステージの上ではなく通常お客さんが入るフロアで奏でるようだ。
映像は、そのステージの設置過程を映し出している。

メンバー同士、顔を合わせて4人の音を合わせられるようにつくられた今回のステージは、“目の前にいるファンと真正面から向き合い一対一をしてきた”とてもSUPER BEAVERらしいステージだと思った。

また、その設置過程の映像は、
“人との繋がり”を大切にし、“こんなに沢山の人が協力してくれたおかげでこの配信が出来ている“その事に対して感謝をするSUPER BEAVERの意志が伝わってきた。

映像はリハーサルへと移り、本番を迎えた。
 
 

単純に、大好きなSUPER BEAVERのパフォーマンスはやっぱり物凄くかっこ良かった。
4人で音を鳴らす事自体、当たり前では無くなったこの日常で、それぞれの音を合わせる事が出来た4人の表情はすごく生き生きとしていた。
 

しかし、珍しく悩んでいるようにもみえた。
誠実すぎるが故に、正解か不正解かはっきり示す事が必ずしも良いとは言えない事が強く分かってきたこのタイミングで、どんな言葉をかけられるのか。
どんな言葉をかければ、上手く伝わるのか。
いつもの鋭く、強勢なフロントマン渋谷龍太(Vo)のMCは、いつもよりも慎重に、丁寧に一つ一つ言葉を選んで発していた。

でも、ただ一つだけ明確に分かった事、伝わってきた事。

「自分達が出来る事、4人で表せる姿勢、スタンス、この先見据えての動き、全てが“あなた”を前に転がす原動力でありますようにと思って今日、この機会を設けさせて頂きました。」
(渋谷龍太)

力になるのなら、助けになれるのなら、届けたい。観てくれている人にしっかり届く方法で。最大限のかっこ良さを最前線で。楽しみながら、楽しませたい。

そんな真っ直ぐで素直な想いがSUPER BEAVERの言葉から、姿から、伝わってきた。

“ああ 楽ではない日々の
隙間にそれが一筋でも
光になる歌であればいいな“
(嬉しい涙/SUPER BEAVER)

いつもよりも強く、力ませて、歌ってくれたこの歌詞が心に深く、くっきりと残った。
 
 

配信ライブの前日、柳沢亮太(Gt)はある一枚の写真と共に、こんな言葉を発した。

「8年前の7月11日に『未来の始めかた』を発売。メジャーを離れ、自主レーベル〈I×L×P× RECORDS〉を立ち上げて一発目の流通作品。当時23歳。

写真は発売時のタワーレコード新宿店の展開。初めて0から10まで自分たちで手掛けたから、このポップが本当に嬉しかったのを憶えている。

繋がってる。」

歌詞に真っ直ぐな言葉で素直な感情を綴る柳沢亮太は、人柄も真っ直ぐだ。
その時に残った印象、感じた事を伝えたい時に伝えたい事をストレートに伝える。

私達は今を生きている。だから、今はすごく大切だと思う。
だがその今(現在)があるのは、あの日にもう一度、自分達を信じようとした選択があったからであり、
自分の感情を押し殺してしまった弱さがあったからであり、
それでも、沢山の差し伸べてくれた手があったからである。
 

その一つ一つがあったからこそ、“今(現在)”がある。そういった柳沢亮太の想いがこの、
「繋がっている。」
に込められていると、私は思った。
私はSUPER BEAVERではないから、当時どんなに悔しかったのか。どれほど嬉しかったのか。分かる事は出来ないだろう。

だが、涙は勝手にこぼれていた。

それから私は8年前の当時、柳沢亮太がどんな事を思っていたのかが知りたくなって、当時のSNSをさかのぼってみた。
 

2012年6月20日。8年前のこの日、こんな言葉を残していた。

「なくしたもんばっかり目に入ってた。
足りないもんばっかり気になっていた。

けど、たっっっっっっくさん大切なもの人想い出気持ち過去今未来がある。」
 

いつだって過去の悔しさや哀しみと向き合いながら、それにさえも感謝しながら、自分達が楽しいと思う方へ真っ直ぐに進んできたSUPER BEAVER。
その意志は、信念は、8年前の当時も、8年後の今日も変わらない。
 

私はそんな、譲れないものは譲らずに貫き通し、譲れるようになったものは受け入れてくようにして歩んできたSUPER BEAVERに。
数年前は思いもしなかった今(現在)の、当たり前をつくってくれた大きな“光“に。
本当に出会えて良かったと心から思う。
いつも、ありがとう。
 

“生きることは面白くて
予想外の連続で
これだからさやめられないな
唯一無二の話“
(ひとりで生きていたならば/SUPER BEAVER)
 

「繋がっている。」

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい