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2017年9月14日

にゃまこ (21歳)
85
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踊れるロックの真髄を観た

サカナクション「SAKANAQUARIUM2017」ライブレポート

 2017年2月16日、サカナクションにとっては久々になるライブハウスツアーの、ちょうど折り返しとなるこの公演。チケットはもちろんソールド、満員のZepp Nagoyaには彼らの登場を心待ちにするたくさんのファンで溢れかえっていた。もちろん、僕もその中の一人だ。
 
 会場が暗転、観客のどよめきと共にどこからか風の音が聞こえてくる。「いったい何が始まるのか」期待感と同時に嵐の前の静けさのような緊張感が会場内に立ち込めた次の瞬間、真っ赤な閃光が心臓の鼓動のような音とともにステージから壁を伝い会場後方へ駆け抜けた。何度も流れるその光は、まるで観客の興奮と呼応するかのように少しずつスピードを上げていく。そしてついにスピードが限界まで達した瞬間、満を持してサカナクションがステージに降臨、観客の盛り上がりも最高潮に達したところで『新宝島』の荘厳なイントロが響き渡る。新たな旅の始まりを告げるこの曲によってサカナクション「SAKANAQUARIUM 2017 “多分、風”」名古屋公演二日目は幕を開けた。
 
 序盤からサカナクションは観客を自らの作り出す世界にぐいぐいと引き込んでいく。EDM調のメロディーに郷愁を感じさせる歌詞が絡み合う『M』、Gt.岩寺さんによる激しいカッティングが印象的な『Klee』、そして若さゆえの瑞々しさと愚かさをむき出しにしてアップテンポなダンスチューンに昇華させた『Aoi』。曲が進むごとに会場を包む空気はどんどん深く、濃くなっていく。その中にあるのは現実を超越し、心地よい空間を浮遊するような不思議な感覚であった。どんな曲あっても彼らの作る音はどこまでも緻密であり、その細やかさが生み出すスキのない空気感に僕らはゆっくりと沈んでいく。
 
 中盤に入ると、観客とステージが薄く透明なスクリーンによって隔てられ、多様な映像が映し出される。映像とそれに重なる楽曲は互いに引き立て合い、曲に描かれる情景、感情をより深めていく。フェスが音楽カルチャーの中心になり、「盛り上がる曲」の需要が高まっている昨今、サカナクションはそのバラエティに富んだ楽曲をいかに観客に伝えるかを模索し続けてきた。その答えのひとつがこの巧みな映像演出であるかもしれない。『流線』ではオイルアートによる予測不可能な液体の流れがサイケデリックな雰囲気を生み出し、『ユリイカ』ではモノクロ映像で流れる東京の「日常」の風景が「非日常」のライブ空間と合わさり不思議な違和感を与える。曲をただ聞かせるだけではなく曲を「魅せる」演出をサカナクションは確立したのである。
 
 巧みな演出を用いながら、ディープな一面を見せたサカナクションは月に思いをはせた『moon』で再び飛び立つ。『ミュージック』『アドベンチャー』『夜の踊り子』と、彼らは勝負球を次々と投げ込んでいき、観客は時にばらばらに時に一体となって踊り曲の世界に酔いしれる。「まだ踊れる?」とくりかえし呼びかけながら自らもステップを踏むVo.山口さんとそれに声と全身を使って答える観客、言葉を越えたコミュニケーションを通し会場のボルテージはライブ終盤であるにもかかわらずどんどん上がっていく。そして『アイデンティティ』のアウトロ。ここから『ルーキー』の印象的なコーラスがかぶさる定番の流れを予想していた僕のような人も多かったであろう。しかし『ルーキー』の代わりに鳴り響いたのはこのツアーのタイトルにもなっている『多分、風。』。この瞬間、『多分、風。』がサカナクションの必殺アンセムの仲間入りを果たしたように感じた。曲中に描かれる「あの子」と「僕」の一瞬の邂逅は、僕らとサカナクションが一瞬だけ近づけるライブという空間とどこか重なっているような気がする。
 
 サカナクションの楽曲は、ただ僕らを何も考えさせずに躍らせているわけではない。彼らの曲中の主人公しばしば自分を見つめ、迷い苦悩する。

アイデンティティがない 生まれない らららら
(“アイデンティティ”)
どこへ行こう どこへ行こう ここに居ようとしてる?
(“夜の踊り子”)
 
 自分の居場所はどこなのか、自分は何のために存在しているのか。そんな、人間なら誰しもが心に秘めうる悩みを、サカナクションはロックンロールに乗せて突きつける。僕らは全身で曲を感じ踊りながらその一方で、曲として具現化した悩みと知らず知らずのうちに向き合っているのかもしれない。

“ロックンロールは、別に俺たちを苦悩から解放してもくれないし逃避させてもくれない。ただ、悩んだまま踊らせるんだ。”
 
 The Whoのギタリスト、ピート・タウンゼントの名言。僕は彼についてそれほど知識を持っているわけではないが、ふとしたきっかけで知ったこの言葉は強く印象に残っている。「悩んだまま踊らせる」これはまさにサカナクションの楽曲の核となっているのではないか。僕らは日々の生活で時に些細な、時に重大な壁にぶつかる。皆それぞれいろんな悩みを抱えながらも、ライブ全身で踊ることによってその身を非日常的な空間にゆだねるのだ。そしてそれは観客に限った話ではなく、サカナクション自身にも当てはまることである。彼らもまた表現者として、あるいは一人の人間としての悩みを抱えながら自らの作った音楽を鳴らし、それを全身で感じることでダンサーの一人となる。演奏する側も聴く側も、互いに様々な感情を持ちあわせながら「瞬間」を全力で楽しむ。踊れるロックの真髄がここにあるような気がした。

探してた答えはない 
此処には多分ないな 
だけど僕は敢えて歌うんだ 
わかるだろう?
(“グッドバイ”)

 本編最後の曲は『グッドバイ』。自らの鳴らすべき音、居るべき場所を探して迷い悩みながらそれでもサカナクションは前に進み続けるという選択をした。新たな世界を探す彼らの音と詞を巡る物語は、まだ終わらない。新たな挑戦への覚悟と決意を静かに歌い上げ、本編は幕を下ろした。

 観客の拍手が鳴りやむ事はなく、アンコールに応えてサカナクションは再度ステージへ。壮大な光の演出をバックに『Ame(B)』『ライトダンス』と懐かしいナンバーを立て続けに演奏。その後のМCで語ったのは、新たなアルバムへの手ごたえと10周年を迎えさらに突き進んでいくという確かな決意だった。音楽に対してどこまでも真摯に向き合ってきた彼らの事だ、これからも多くの困難を経験するに違いない。それでも彼らは全力でその壁に立ち向かっていくのだろう。僕らファンも全力でその姿を支え続けるつもりだ。

「最後はみんなで踊ろう!」

 山口さんのそんな呼びかけを合図に鳴り響いたのは『聴きたかったダンスミュージック、リキッドルームに』。華やかな、でもどこか憂いを帯びたダンスミュージックがフロアを揺らし、僕らを包み込んでいく。非日常と日常の境目に溶け込むこの曲によって、僕らは踊りながら少しずつ元の生活に引き戻されていく。短いながらも限りなく濃密な時間が、ゆっくりと終わりを告げる。

「まだ踊れるかい?」

 何度も山口さんが僕らに呼びかけた言葉がリフレインする。この言葉は観客だけでなく、自分自身に対する問いであったのかもしれない。

―まだ踊れるかい?俺たちは、まだいけるぜ―

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