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2017年9月15日

腥坊主 (38歳)
36
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死者と生者の距離

Pellicule / 不可思議/wonderboy

不可思議/wonderboyのPelliculeを初めて聴いたのがいつだったか。正直言って全く思い出せない。ラッパーであり、若き現代の詩人でもあった彼が不慮の死を遂げ、奇しくもそのことがきっかけとなって楽曲が再評価され、僕のような無知でミーハーなリスナーのところまで届くのだから、つくづく世の中ってやつを虚しく感じる。生前の彼を知る近しい人たちは、死後の情報の広まりに対して複雑な感情を持ってしまうだろう。でもそれと同時に、昔からやばいって知ってた、とそれこそ神門が自身のリリックで歌うように、彼のことを誇りにも感じてもいるだろう。

ともあれ、僕がこの曲、Pelliculeに出会ったとき、僕は彼がすでにこの世を去っているなんて全然知らなかった。ただただ、そこはかとないピアノのメロディとシンプルなビートのトラックの上で、市井の、”普通の若者”の日常が浮かぶリリックが揺れていて、その情景がたまらなく琴線に触れた。”普通”だった僕にとって、ゲットーから這い出して成り上がるとか、荒んだ生き様が云々と言った”マッチョ”なヒップホップよりよほどリアルに感じたヒップホップだった。いや、この曲のことをヒップホップだとも思っていなかったかもしれない。ヒップホップだとかポエトリーリーディングだとかといったジャンル的な意識もなく、ただシンプルに、彼が紡ぐ言葉から自分がかつて持っていたもの、そして失ってしまったものを追想し、後悔し、錯覚だろうが何だろうが、届いていたはずのものに届かなくなってしまったことを悲しく、寂しく、また懐かしく思うことができた。

僕には兄がいたが、東日本大震災があった2011年に死んでしまった。同じ頃、自分が心血を注いでいたバンドが動くことをやめ、自分の周りからどんどん人がいなくなり、また自分も人と距離を取った。表向きは普通に働き、たまに友人と会って酒を交わし、大声で笑い、ちょっとした愚痴を言い合い、励まし合ったりしながらも、生身の本心を晒すことは決してなかった。感情的な揺れが面倒だからほとんど音楽も聴かなくなった。これ以上傷つくのも傷つけるのも、本当に嫌だった。

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それにしてもみんないつの間にかいなくなるよな
だから別にそれがどうってわけでもないんだけど
最後に挨拶くらいしていってほしいっていうか
まあ別にそんなことどうでもいいんだけど
(Pellicule / 不可思議/wonderboy)
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ただ、この曲に出会ってしまった。彼のリリックを聴きながら、「そうなんだよ、人っていつの間にかいなくなってしまうものなんだ、いつも一緒にライブハウスへ足を運んでいた友達も、かつて同じものを目指していた仲間も、同じように生まれて育った血を分けた兄弟も、そして自分自身さえもいつの間にか自分から離れていくんだよ、それはしょうがないことだし、愚かしく思うかもしれないけど、嘘や欺きとは違うものなんだ」と、僕は心の中で言い訳がましく答えた。それは不可思議/wonderboyを通して、昔の自分に呟いていたんだと思う。

ひょっとしたら不可思議/wonderboyも亡くした誰かを想ってこの曲を作ったのかもしれないな、一度生で観てみたいな、と思うようになり、結果としてそこで僕は、彼が既にこの世を去っていることを知った。死んだと知ってからあらためて聴くと、否応無しに言葉が重くのしかかってくる。そんなつもりじゃなかったのだろうけど、曲や言葉が全て遺志のように思えてきて、だから胸に響いたのかな、とさえ思えてしまう。それは誤りだ、という意見があるのは理解できる。彼は死ぬつもりじゃなかった、勝手に死の意味を付け足すのは遺されたものの傲りだ、と。僕も始めはそう思っていた。

だが、果たしてそう言い切れるだろうか。死者に対して生者は常に謙虚であらねばならず、作品の本来の価値以上の意味を見出すことは傲りなのだろうか。
僕がそう思うようになれたのは、この曲に神門と狐火のアンサーがあったからだ。

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それにしてもみんないつのまにかいなくなるよな
だから別にそれがどうって訳でもないんだけど
最後に挨拶ぐらいしてけ
今はありがとうとかまた会おうとかありふれた事が言いたい
(Pellicule / 神門)
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生きるというより 生きろということ
どう考えたって
やっぱり生きてるやつが一番やばいに決まってる
死んでもやばいと言われてるなら
きっとそこに今も生きてる証拠
(Answer Pellicule / 狐火)
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神門のリリックで、命がもう一度別の意味を持って再生したように感じ、狐火のリリックで、死したものへの消化できない思いの痛みを感じ、そうか、命は決して一度きりじゃないんだなと思えた時、僕はなぜか、勝手に救われたように感じた。それは決して兄の死や自分の人生に対する罪悪感を拭い去ってくれたということではなく、生きるということの意味が広げてくれたということなんだと思う。

あらためて、Pelliculeという言葉の意味を知るために辞書で引いてみると、[薄い透明な布、(植物などの)薄皮]とあった。
不可思議/wonderboyがどういう意図でこのタイトルをつけたのか、僕は知らない。でも僕には、自分の傷つきやすい心を覆う、それ自体が脆くて壊れやすい壁のことに思えてならない。剥いでしまえば傷つきもするが軽くもなれる心の皮膜を、自分と他人、自分と世間、自分と自分の本心とを隔てる壁に見立て、それを壊す、壊さないではなく、それを内包する人間の現実的な生を表現した気がしてならない。なぜなら、その皮膜の厚さの分だけ人と人は離れ、自分と世界は隔てられ、生者と死者は別たれているからだ。それら紙一重の厚みが可能性と不可逆性との距離であり、それは決して裏や表といった違いではない。
そう、隔てられてはいても、僕らはいつもそばにいるのだ。

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だから今日はありもしない未来について語ろう
今日だけ、今日だけは思い描いて語ろう
こういうのってあんまり格好良くはないけど
大丈夫、俺達のことなんて誰も見ちゃいないよ
待ってた、俺達はいつまでも待ってた
来はしないとわかってながらいつまでも待ってた
俺達の知る限り時間ってやつは止まったり戻ったりはしない
ただ前に進むだけだから今日は戻らない日々を思い出して笑おう
今日だけ、今日だけは思い出して笑おう
こういうのってあんまり格好良くはないけど
初めから俺たちは格好良くなんてないしなぁ
(Pellicule / 不可思議/wonderboy)
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