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欅坂46は光そのものだった

重い扉が開くとき

「ねえ、これ見て。見たら絶対好きになると思う」

まだ10代だった姪っ子がyoutube画面を開いて私に向けた。

覗き込むと、黒スーツの女の子の集団がこちらをじっと見つめていた。
「何見てんの?」みたいな顔で。

「誰?」

一応聞いた私に、姪っ子は待ってましたとばかりに言った。

「欅坂46!」

何それ。乃木坂みたいなグループ?
私は興味も持てないまま、再生された動画を見た。大人の礼儀として。

「That’s the way!」
ナントカ坂の女の子たちが楽しそうに叫ぶ。

それは、公開されたばかりの「風に吹かれても」のMVだった。

それが、欅坂46とのファーストインプレッションだった。
けれど、そこでハマったのは私ではない。一緒に見ていた夫だった。

「『風に吹かれても』は名曲だ!」
そう熱く語りながら、夫はその曲を何度も繰り返し再生した。
そして、次の日も、その次の日も。

仕事から帰るなり、まずyoutubeで再生する。
毎日毎日、四六時中鳴り響く「That’s the way!」

「もういい加減飽きたよ。他の曲が聞きたい!」
そう夫に抗議した私を、今の私は別人のようにさえ感じる。

夫が毎日「風に吹かれても」を流しまくり、
ついには欅坂46の冠番組まで見るようになると、奇妙なことが起こった。

好物を食べ過ぎた子供みたいに夫が摂取し過ぎた欅坂46に飽きた頃、
その情熱をバトンタッチするみたいに、
私の目と耳は欅を求めずにいられなくなっていたのだ。

女性アイドルグループなんて興味ないし、むしろ苦手。
なのに、欅は何かが違った。
何が違うのかわからない。でも吸い寄せられる。

きっかけはたしか、「二人セゾン」だ。

キラキラしてて、エネルギーに溢れていて、なのに儚い。
一瞬一瞬のきらめきが、曲のすみずみまでを、まばゆいほどの光で埋め尽くす。
この曲には理想郷みたいな美しい世界が広がっていた。

なぜこれほどまでに欅の世界は美しいのだろう。
それは、アイドルなのに異性への媚びがないからだ。

彼女たちのきらめきは異性への媚びではなく、
ただただ、生きているだけで放出される光そのものだった。

欅は不思議なグループだ。
アイドルなのに、アイドルらしくない。
どんな曲を聴いても、その曲のメッセージを伝えることに全力を注ぐ。
だから、同性の私でも安心してその世界に身を委ねることができるのだ。

けれど、それだけではない。
彼女たちは、人が生きる上で抱えざるを得ない「葛藤」をむき出しのまま見せるのだ。

キラキラのアイドルなら、いや、アイドルでなくても、人が隠したがるもの。
それを彼女たちは隠さない。

あんなに可愛いのに「自分に自信がない」と言い、
「みんなは可愛いのに私は可愛くない」と泣く。

そんな彼女たちを見て、最初は「何の冗談?」と思った。

アイドルって、自信があるもんじゃないの? 
自信がなかったらアイドルになんてなろうと思わないんじゃないの? と。

40を過ぎてこんなことを言うのは恥ずかしいが、正直に言おう。
私はこの年になって初めて知ったのだ。

アイドルになれるほどかわいくても自信がない人がいることや、
どんなに才能がある人でも不安や葛藤を抱えていることを。

要領よく生きられない。
どうしても、線からはみ出してしまう。

そんな彼女たちの葛藤がにじみ出るパフォーマンスに、
私はすっかり魅せられていた。

コンプレックスと根拠のない自信がない混ぜになった、
ヒリヒリするような不安定さ。
周りの子みたいにうまく立ち回れないという不安と葛藤。

それは、私自身が、大人として社会とうまく折り合うために、
胸の奥の小さな箱にぎゅうぎゅうに詰め込んで隠していたものだった。

テレビで、ライブで、彼女たちのパフォーマンスを見るたびに、
まるで心臓を素手でつかまれて、身体ごと揺さぶられるような、そんな感覚。
音楽で、しかも自分より若い同性の子たちの歌でこんな気持ちになるなんて。

隠していたものを目の前にちらつかせられたら不愉快なはず。
なのに、全然不愉快じゃない。
むしろ、見たい。
いや、もっと見せてほしい。
そして、私の心臓を素手でつかんで、もっともっと揺さぶってほしい。

そんな気持ちになるのはどうしてだろう。
考えて、考えて、一つの結論にたどり着いた。

私が自分の欠点として恥じ、心の奥深くにしまい込んだものが、
欅と言うフィルターを通して見ると、
それらはすべてかけがえのないものに感じることができるからだ。

なぜか。私が切り捨て、隠し、恥じたそれらはすべて、
自分のむき出しの生命力だったからだ。

欅に出逢わなければ、私は私の嫌いな部分を嫌いなままでいただろう。
嫌いな部分の存在さえ忘れた振りをして、そのまま本気で忘れていたかもしれない。

そして、欅に出逢わなければ、
アイドルグループのライブに一人で行くことも、
新曲披露にワクワクすることも、
同じ曲のCDを何枚も買うことも、ペンライトを買うこともなかっただろう。

欅は、「大人ってこういう感じでしょ」
と分かったつもりになっていた私の背中を引っぱたき、
新しい扉の前に連れて行き、そしてその扉を開いてくれた。
その扉の向こうには、まったく新しい風景と、
懐かしい心の手触りが無限に広がっていた。

だからこそ、思うのだ。

こんなふうに凝り固まった大人の心の扉をこじ開けるほどのエネルギーを持った
欅坂46を続けていくことは簡単なことではなかったのだろうと。

それは、いちファンが思うよりずっとずっと、消耗するものだったのではないだろうか。

だがしかし。

先のことを考えるあまり、余力を残すことに慣れてしまった大人の私は、こうも思うのだ。

目の前のことに身体ごとぶつかってエネルギーを燃やし尽くす彼女たちが羨ましい、と。

一瞬一瞬で自分を燃やし尽くせる何かに出会える人はごく一握り。
そして、それがこれほどまでに美しい世界に仕上げられる人も、一握り。

コロナ禍で世界中が膠着する中、迎えた7月16日。
初めての無観客ライブで、彼女たちはやっぱり魅せてくれた。

デバイスの向こうにいるファンにエネルギーの塊をぶつけるような
熱い熱いパフォーマンス。
その直後、発表された欅坂46の歴史の終わりのこと。

いつもこうだ。欅坂46は私たちの予想を軽々と超えてしまう。

つかもうと思っても、つかめない。
彼女たちが重ねた一瞬一瞬の光の眩しさに目を細めているうちに、
彼女たちの形はどんどん変わってしまう。
追いかけても追いつかない速さで。

けれど、彼女たちの人生は幻ではない。現実だ。
これからも続いていく。むしろ、アイドルのその先の方が長い。
だからこそ、心から願う。

どうか、欅坂46の一人ひとりの未来が希望と笑顔が溢れたものでありますように。

その魂の輝きへの感謝と敬意を込めて伝えよう。
今までありがとう。これからも、よろしくね。

欅から形を変えた彼女たちから受け取るものが、
心臓を素手でつかんで揺さぶられるものでも、
そういうものでなくても。
私の中には、彼女たちへの感謝しかないのだから。

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