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もう一度、ローラに会いたかった

キンキーブーツから見た三浦春馬の音楽力

 圧倒的な存在感。

 役者である彼のことをここに記すのは良いのか正直迷った。けれど、彼にはミュージシャンと呼ばれる人たちに引けを取らない音楽力があった。

 遡ること4年前、2016年7月、私は東京へ向かう新幹線の中にいた。三浦春馬がドラァグクイーンを演じる、そのきらびやかな世界を見てみようか、そんなふとした気持ちでチケットを取った。日々の空虚な生活から少し抜け出してみたい気持ちがあったと思う。その時はそんなシンプルな気持ちであったのに、その後、今まで経験したことのない高揚感を得られるとは思いもしなかった。

 「キンキーブーツ」。今や三浦春馬を語るには外せないミュージカルである。容姿端麗で、芝居が上手。いやいや。三浦春馬をそんなに簡単な枠ではくくってはいけなかった。三浦春馬はステージの端から端を使い、体の先から先を使って芝居、ダンス、そして歌という3つを持って最大限に、ドラァグクイーンのローラを演じていた。中でも三浦春馬のイメージになかった歌唱力には脱帽した。ローラの持つ、情熱、夢、希望、時には繊細さ、悲哀、絶望、それを技術と持ち前の表現力で、音楽を迫力あるものへと高めていた。

 心が震えた。とにかく心が震えた。本当に感動するというのはこういうことか…。自分も学生時代に音楽を専攻し、いろんな音楽を聴いてきたつもりだが、これほどの高揚感は味わったことはなかったと言っていい。何なんだろう、三浦春馬って。

 それから、どうしてもあの高揚感が忘れられず、凱旋公演千秋楽のチケットを譲ってもらった。3列目。至近距離で見る三浦春馬はとにかく華やかだった。キラキラと光り輝いていた。スターってこういう人のことを言うのかな…そんな華やいだ雰囲気の中にも、劇場全体に思いを伝えたいという気概が見えた。

 ダイナミックな表現と技術。鼻から大きく息を吸い、腹へとおさめ、繰り出されるロングトーン。腹式呼吸を忠実に守っていることはすぐに見て取れる。厳しいボイスレッスンを受けてきたんだな、とすぐさま思った。後に私は来日版も観ることになるのだが、来日版キャストに比べて三浦春馬のダンスや歌は荒削りのない丁寧なものだったと気づいた。真面目な人なのだと思った。

 カーテンコールでの三浦春馬は達成感で一杯のようだった。こちらも嬉しくなるくらいの笑顔だった。そして、ああ、きっとこの人はこの先、音楽の分野でも活躍していくのだろうと容易に想像できた。

 その後、「Fight for your heart」(三浦春馬/Fight for your heart) で歌手デビューをした。あれから3年経っていて、少し遅い気もしたが、テレビで見て、きっとポップスを歌うための違った呼吸法も学んできたんだろうと感じた。しかも激しいダンスの上にキーの高さ。いつでも自分で高い壁を作っては乗り越え、ステップアップしているんだろうと思った。

 昨年、待望の「キンキーブーツ」の再演。またあの高揚感が得られるのか。開幕前から心躍るような毎日だった。

 大阪公演では2列目だった。「ローラの世界」(「Kinky Boots」 ORIGINAL JAPAN CAST/アミューズ)の場面で、満を持して登場した三浦春馬を、いやローラを見て私は泣いた。ローラを見ると泣けてくるのは何故だろう。ローラの繊細さ、やさしさ、思いやり、勇気、愛を、作品に対して誠実な三浦春馬を通して体感できるから泣けてくるんだろうか。

 三浦春馬の歌の表現力には磨きがかかっていた。声もしなやかで、でも太くて、鬼気迫るものもあった。自分に磨きをかけて、かけまくって、公演に臨んでいるのだと思った。

 私は三浦春馬が出てくる要所要所で泣いた。周りの人は、楽しいのに何で泣いてるの?って思っていたことだろう。私は完全に感情が高ぶっていたのだ。

 場面はローラのバラードソロの「心で抱きしめて」(「Kinky Boots」 ORIGINAL JAPAN CAST/アミューズ)に移った。悲哀の表現が群を抜いていた。案の定、私は泣いていた。歌い終わった後、「ご清聴ありがとうございました」と三浦春馬はこちらに視線を向けて言ってくれた。アーティストと目が合う、合わない、とかよくあるやつだ。でも私があんまりにも泣いてるから、こちらを向いてくれたんだと、勝手に思わせて欲しい(笑)。私は、いえいえとんでもないです、という気持ちを込めて、ローラに手を合わせてお辞儀をした。そう思いつつも、本当に本当にこんな感動を与えてくれてありがとう、と思っていた。でも今、思う。思っているだけじゃダメなんだよ。

 カーテンコールでは三浦春馬はやっぱり笑顔だった。また会いましょう、と笑顔で言った。しかし一瞬、三浦春馬は笑顔を止めて遠くを見つめた。夜公演だったこともあり、単に疲れているのかなと思った。いったい彼は遠く投げた視線の先に、何を見ていたんだろうか。

 今思い返せば三浦春馬はどの公演でもいつも全力だった。圧倒的だった。よく努力の賜物と言うが、彼の場合はそれを超越した努力の上の努力が目の前に現れる感じだ。

 三浦春馬は命を削って、やさしさ、思いやり、勇気、愛を届けてくれた。公演を見終わって、毎回、よし!明日からも頑張るか!と思わせてくれた。

 この春、「ホイッスル・ダウン・ザ・ウィンド」に行く予定だったがコロナ渦で中止になった。日本中に立ち込める自粛ムードに、頭でわかっていても何とも言えない気持ちが続いていた時に、ふとローラを思い出した。強くて、繊細で、優しくて、人想いのローラに会いたくなった。会ったらきっと元気がもらえると。そんなことを自己満足でSNSに書き込んだ。

 あの時、ローラを、三浦春馬を思い出した時に、精一杯のありがとうを届ければよかった。あなたの芝居とダンスと歌が素晴らしくて泣けてしまうと綴れば良かった。SNSという手段でなく、きちんと手紙を綴れば良かったと悔やんでいる。だからここに綴らせてください。三浦春馬というアーティストの素晴らしさを。音楽力の高さを。

 三浦春馬はこのコロナ渦の先の私の変わらぬ希望だった。今は、ただただ悲しい。でも三浦春馬がただ真っすぐに、ひたむきにこちらに授けてくれた想いや感動を、絶対に忘れてはいけないと思っている。そして彼が遺していった音楽の素晴らしさが伝わっていけばいい。来月には2ndシングル「Night Diver」(三浦春馬/Night Diver)が発売される予定だ。今からとても期待している。

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