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間違いなく、音楽は生きている

ACIDMANの配信ライブで抱いた不思議な感情

「ライブに行きたい」

これほど音楽に飢えた人々が発生している時代はあるだろうか。「三密」を避けなければいけない今の状況下では、汗が飛び散り、人と人が重なり合い、気持ちと気持ちがそれ以上に重なり合う体験をライブハウスでできない。

そんな中、多くのバンドがオンラインでのライブを敢行した。ぼくの大好きなACIDMANもその一つだ。

ぼくはいつもACIDMANを「大好き」と言う度にその表現が合っているのか迷う。なぜなら「好き」という感情よりも「尊敬」や「感謝」、さらには「生きがい」になっているからだ。

その生きがいであるACIDMANが当初予定していたツアーをオンラインの無観客配信ライブに変更すると聞いて、正直に言うとガッカリした。音楽ファンならこの気持ちわかってくれるだろうが、やはり「ライブが一番」という気持ちがある。同じ空間であの命の宿る音を体感したいと思うのが普通だろう。

大木さんがこの配信ライブの事についてYouTubeで「配信ならではの演出も考えている」と言っていたが、ライブが中止になった失望からか、あまり期待できていない自分がいた。

ライブは7月11日。いつもはチケット販売開始日に瞬時にチケットを購入するが、今回はなんと前日まで購入していなかった。こんなことは初めてだ。当日まで購入するか迷っている自分がいた。「まぁ、買うか」。それぐらいの気持ちで購入した。ACIDMANが嫌いになったわけではない。コロナの疲れか、なぜだろう、いつもとは違い肩を落とした自分を冷めた目でもう一人の自分が後ろから眺めていた。

気分が乗らないまま時計の針は定刻を指し、ライブの配信が始まった。
配信直後にライブが配信されないのが何ともイヤラシイ。ライブハウスで心臓の鼓動を聴きながらまだかまだかとライブ開始を待っているような気分だった。まさにしてやられたかの如く、いとも簡単にぼくの気持ちはライブモードになっていた。

そして、突然だった。ACIDMANが映ってライブが始まった瞬間に一気に画面の向こう側に吸い込まれ、ライブに参戦している気分になった。バンドと、その音楽と「同じ空間」いる気分だった。YouTubeでバンドのライブ動画はたくさん見ることができるが、「同じ空間」にいるとは思えない。それと何が違うのだろうか。確かに生配信はしているが、録画した映像を生っぽく流すこともできる。それを確認することはできないが、とにかくこの時「生」を感じたんだ。

「生」というのは、大木さんがいつも言うような「生命」や「生きている証」も含まれている。この「生」は物理的に「同じ空間」にいないと感じることができないのかと思っていた。まさか、バンドと観客のお互いが遠く離れた場所にいて、パソコンを通した環境で感じることができるなんて思ってもいなかった。

配信ライブの2時間弱もの間、ACIDMANの3人は音楽に祈りをのせて命の音を奏で続けた。それは空間を超えてそのままぼくの心臓に届いた。綺麗事や妄想を言っているのではなく、確かに届いたんだ。心が震えたんだ。

この時に気付いたんだ。
「音楽は生きている」と。
一つ一つの音には生命が宿っていて、その魂や振動、祈りは音が奏でられ、音が生まれたその瞬間に空間を超えてぼくたちの心に突き刺さるんだ。

ACIDMANは「生命」をテーマに歌っているバンドだと思っていた。
だが、そうではなく、ACIDMANは音で「生命」を創り、その「生命」を音楽にのせ奏でているバンドだった。

だから、ACIDMANの音楽を聴くと「心が洗われた」「心が救われた」という気持ちになるのだろう。

「遠く離れて気付くこともある」と言ったりするが、ライブを遠く離れた場所で体験して、音楽が持つこんな意義深い事に気付くことができるとは思ってもいなかった。

「音楽は生きている」
だから、どんな状況になってもぼくたち生命には音楽が必要なんだ。

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